1. タイトル

 十二指腸潰瘍から来ていた首の痛み

 

2. 結果について

 三回の治療のみで綺麗に回復。

 

3. 診察について

  3.1 初診時について

 患者は四十歳、男性、初めての鍼灸治療だが奥様が長年苦しんでいた橋本病を劇的に回復しており、子供を連れてきたこともあって来院すること自体には抵抗感はなかった。

 

  3.2 主訴

 二十代後半に交通事故でむち打ちになってしまい、それまでは全く肩こりを知らなかったのに慢性の首の痛みをごまかしながら過ごしてきたのだが、この二ヶ月は首の痛みが急に強くなってしまっている。また同時に上半身全体が不調であり、腹痛もしている。

 

  3.4 四診法

 望診ではやつれた感じが目立ち、最初の会話では症状をあまりにばらばらに伝えてくるので年齢の割に生気が非常に薄くなっていることを直感しました。顔色そのものは見えませんが、青白いのではなく黄色の疲れた表情をしていることが視線から読み取れます。

 問診では前述のように症状を思いつくままばらばらに表現されるので、こちら側から時間軸に沿ってどれから発生してきているものなのかを尋ね治しています。まず一番つらいのは首の痛みであり、二ヶ月前から急に強くなってきているのだが二週間前からは自発痛がひどくて眠れなくなってきている。また首の痛みのためだと本人は訴えていたのだが、上半身全部が表現のしようのない不愉快さで覆われている。そして腹痛も二週間以上持続しているということで、これは症状ごとに対処するのではなく一連のものとして捉えて大元の原因を探るのが大切だということがわかります。

 臨床現場では時間短縮もあって四診法を同時進行で進めていますから、脈診しながら問診をしていたのであり、全体的にいやな渋っている状態から首の痛みに執着するのは賢くない選択だとここもすぐわかりました。そして腹痛がしているということで右関上の脾の部位ではネギを上から触ったような方の孔脈が触れます。柔らかな緩脈と見極めるのに最初経験が必要ですが、一度覚えてしまうと潰瘍が存在しているのだと不問診ができる脈状です。やや数でやや沈は、上半身全体の不愉快さからしてもいい状態ではない現れになっていました。

 そして腹診は潰瘍が存在していることほぼ確実ですから、やや強めに押さえて部位の特定をまず行いました。正中線より確実に右側で堅いものが触れ、十二指腸の形が半分触れることから、この時点で「病気は十二指腸潰瘍です、首の痛みも上半身の不愉快さもすべてこれが原因です」と断言しています。脾の部位全体の力のなさも確認しています。

 

4. 考察と診断

  4.1 西洋医学や一般的医療からの情報

 西洋医学的には粘膜の自己融解であり、粘膜が薄くなっているために胃や十二指腸への負担が大きく疼痛が発生し、出血を併発してくる。X線や内視鏡で確実に画像診察でき、症状からでも診断は本来容易である。

 しかし、最近の医者の診察傾向として胃カメラまではするので胃潰瘍は発見されている確率が高いものの、十二指腸にまでは種類が異なるのでカメラを入れないらしく見落とされていたものをいくつも経験しています。CTMRIよりカメラの方が確実だからなのでしょうか。ひどいケースは何度も胃カメラを飲んでピロリ菌の除去までしているのに、隣のものに気づいていませんでした。

 

  4.2 漢方はり治療としての考察

 西洋医学の病名が先に確定してしまいましたけど、脈診も腹診も脾の変動が大きいことは認められ消化器を中心に病理考察すればすべての症状とつなげられることは直感的にわかりました。春から仕事内容が変わって負担であり、思いを過ごすことによって脾を破ってしまい気血津液の製造元である脾の統血作用が低下することから慈雨半身全体の不暢と手足の温まらない状態となり、そして物理的損傷が首の痛みをもたらしているものと考えられます。痛みを中心に考えれば邪論という選択肢もあるでしょうが、十二指腸潰瘍が明白なのですから気血津液を中心に考察して治療した方が遙かに効率的で、脾虚陽虚証と決定しました。

 

5. 治療経過

  5.1 初診時の治療

 本治法は脾虚陽虚証とし、男性でもあり経穴の反応も確かめて太白へ衛気の手法を行いました。ほぼすべてが菽法の高さに収まったので、側警部へ邪専用ていしんで細かな邪を払い前半を終了としました。腹部の十二指腸潰瘍を押さえるともう痛みが半減しているのには驚かれましたが、治療があっさりしすぎているという表情なので「後半までに手足が温かくなっていたなら私の断言したことが正解だという証拠です」と、後半まで半時間程度休んでもらいました。

 後半に戻ってくると手足が温かくなっており、予言通りになっているので首に対して特に痛み止めのようなことはしないが大丈夫だと背部へ少なめの散鍼とゾーン処置・ローラー鍼・円鍼を行い、仰臥位でナソ・ムノを行ってから腹部の散鍼をして、菽法の高さが崩れていないことを確認して終了としました。首はすっかり回るようになっていましたが、痛みは三分の二程度というところでした。

 

  5.2 患者への説明

 診察を始めて1分経過しない間に「これは十二指腸潰瘍です」と断言していますから、理解しがたいだろうが潰瘍から様々な症状へ波及していて首の痛みもその一つなので、下手に首は触らない方がいいと何度も説明をしました。さらに数回ですべての症状が回復できるとまで予言したので、「ほんまかいな」という表情はされていましたが、奥様や子供の結果があるのでとりあえず信用しようというのが読み取れました。

 

  5.3 継続治療の状況

 二度目は一週間後、首の痛みからすれば不安そうにされていたのですけどある程度時間をおいた方が効率的だからとこちらが日程は指示していました。初回の治療後から三日目までは逆に上半身がだるくて心配したものの、そこを過ぎたなら急に首の痛みだけでなく上半身の不快感から腹痛まで軽くなり、今は首を大きく回したときだけ痛みを感じる程度で不思議とのこと。しかし、腹部を押さえると痛みはありました。治療は同様に行いました。

 三度目はさらに一週間後、すっかり自覚症状は回復していて、わずかに腹部を強く押さえたときに奥の方で痛みを感じるだけとなっていました。治療は同様に行っています。

 

6. 結語

  6.1 結果

 経過良好なので三回目で治癒としています。肩こりが非常に楽になり全身気持ちいいので、奥様と同じく月に一度のメンテナンスを申し込まれました。

 

  6.2感想

 主訴をあれこれ訴えられる場合には、「この根本は何なのか」と病理考察で突き止める姿勢が大切だと思います。刺激治療であればそれぞれの症状に対して刺鍼していかねばならないわけですけど、今回であればまず首にはそれなりの本数が必要であり手足が温まるようにと末端へも刺鍼していたなら、腹痛に対する処置をする前に患者の方が疲れてしまうほどの数になってしまうので本体へ届かないことになってしまいます。病理考察で本体が突き止められれば手を出さなくてもいい症状もわかるのであり、わずかの鍼で様々な主訴を取り除けてしまうというのは臨床の醍醐味であり患者からの信頼も厚くなります。

 臨床経験の浅い人たちにはそれぞれの症状に対して何らかの処置をしておかないと不安に感じることはあるでしょうけど、治療の良否は80%が選経・選穴からの本治法であり手法は20%に過ぎないのですから、まずは本治法の実力をもっと信じることです。巧みな手法はさらに治療効果を押し上げるのですけど、適切な数はありますし「やらない」という選択肢も大切だと思われます。

 




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