2006.2.19

 

「漢方鍼医基礎講座」 その9

 

二木 清文

 

 

 十回シリーズの「漢方鍼医基礎講座」も第九回ということで第四コーナーとなり、ここを過ぎると一気にバックストレートということで全体が締まるかどうかは今回に掛かっているのでかなり緊張して予習はしてきたのですけど、うまく喋れるかどうかですね(苦笑)。

 

 それでまた前振りから入る訳なのですけど、「耳学問の奨め」ということを皆さんに話したいと思います。私ね、学生時代にはずるい性格だったんですよ(笑い)。試験勉強なのですけど、小学校を経て中学まではこれは試験に慣らさせるという意味があるでしょう。だから学校の先生が「ここがヤマだぞ」と大抵教えてくれますし、そのようにほとんど出るでしょう。ヤマが中学生の段階で大外れするということは、あり得ない話です。試験の前になるとある程度復習などもしてくれますから、特に試験勉強というものをしなくても受けようと思えば受けられるものなんですよね。ところが、高校以上になってくるとそうはいかない。量が多いですからね。この頃の子供は「ゆとり教育」ということで十年ほど前からずっと授業数を削るようになって、いつの間にか土曜日も休みになっていて、ハッピーマンデーって学校の三連休が一年間に何回あるねん?これで今年などは冬休みからの学校開始日が土曜日と重なり、プラスしてハッピーマンデーが来るものですから一月十日くらいにしか開始にならないのです。しかも、一月十日は始業式で、式で校長先生の話を聞いておしまいという何とも休みすぎで学力低下が叫ばれています。だから余計詰め込み教育へとなっていきますので、これは全部を勉強するわけには行かないので「ヤマかけ」とか、広範囲に一応やっておいてある程度の点数で我慢するかになってきます。

 私の場合は、夜にはそんなに勉強が出来なかったです。ラジオばかり聞いてしまって(笑い)。勉強の合間にラジオを聞くのではなく、ラジオを聞く間に勉強をしていたのです。だから当然それほど勉強はしないですし。集中力がとても不得意というか出来ないというか、一日の講演などになると引きつけてくれる講師ならいいのですけど淡々とした講師なら五分と持たないのです。次のことをやり始めてしまい、頭の中で色々と考えてしまうのです。とにかく笑いがないといけない(笑い)。それでどうするかといえば、朝の四時や遅くても五時か五時半に起きて時間がないですからヤマのところだけを勉強するのです。このような話だと皆さんおわかりになって頂けるでしょうが、集中して頭に入ります。それで普段は朝食が遅いのですけど早く食べて、学校へ行って何をするかといえば「いかにも自分は勉強をしてます」と眠いながらも勉強をする振りをしています。そこにクラスの中には絶対いるんですよね、「お前ここ勉強したか」「問題出してみろ」というのが。「これこれは・・・」「答えは・・・」「違うがな・・・」とやっている奴です。その問題と答え合わせをずっと聞くのです。これは集中していますし、今入ってきたことですから覚えられるのです。それで乗り切ってきたという、ずるい奴だったのですけど(笑い)。

 ところが、これが不思議なことに未だに頭から離れないのです。まぁ朝から勉強した分も、もちろん離れませんけど。それなのに夜に勉強した分は、頭に残っていないのです。だから朝の挨拶にも喋りましたけど私が総理大臣の立場だったら、日本人を賢くしようと思うならテレビの電波を半分くらいにして思い切って放送時間帯ももっと短くすればいいのではないかなぁと考えます。それでもっとラジオを充実させるのです。

 何故この耳学問がうまくいくかということですけど、実践に根ざした知識だからだと思うのです。「自分が勉強してきてこのように理解した知識だから」ということだと思うのです。

 これを今我々がやっている鍼灸の研修会に当てはめてみると、先程の木村先生の話は「私の治療室から」が「私の治療の悩み室」になっていましたけど、これも一つそうだと思うのです。これはこれでいいと思うのです、正直な話をしてもらってみんなが知識を得たのですから。アドバイスする側も、実際に根ざした知識を出してきています。だからすごくインパクトがありますし、みんな眠たくないのです。寝ていた人がいた?(大笑い)。私がここで話をしていることもそうですし、特に実技中に出てくるポットした話、これが実践に根ざしたものですから生々しいのです。このような話はなかなか頭から離れないものですし、それから家なり学校へ持って帰って実行してみるとかなりの確率で成功をするのです。

 対して論文のことを批判するわけではないのですけど、論文上で発表したものというのはそれが好きな人もいるのですけど、案外細かい・いいたいことが見落とされていたりするものです。特にテキストを発行してから、よく分かったことなのです。「ここの部分はどう理解するのですか?」という質問を受けるのですが、「テキストのここに書いてあるから読んできて」というと次には「本当に書いてありました」です。私たちもきっと他人のテキストを見ると、同じことだろうとは思うのですけどね。書き手側というのは一杯色々なことを書いているのですけど、そして資料として残るのだからこれは非常に大切なことなのですけど実際の力に即座になるものは何かといえば、やっぱり言葉の力というものは大きいですしそれから耳から入ってくる学問も大きいと思います。

 だからここの場に来ていない鍼灸学校の学生は、非常に損をしていると思うのです。実際の臨床をやっている先輩の話を、みすみす逃しているのです。ここに来て話を聞いていたなら、学校の成績などいくら伸びるだろうと思うのですけどね。私は期末試験の時でも何でも来ていました。検定試験の二週間前でも来ていました。さすがに一週間前に来ていると研修会場が当時は盲学校でしたから、今のように警備保障ではなかったので他の先生も生徒もうろうろしていたので怒られたかも知れませんが、でも二週間前でも来ていました。その方が絶対に勉強になって、学校の成績自体もよくなるのです。

 そのようなことで、雑談の中にはいくら宝石があるのかなぁとは思いますけど、自分が悩んでいることとか知りたいこととか聞いてみる価値がありますし、それ以外にもハッと自分の欲しかった情報があることもよくありますので、耳学問というのも大切にして欲しいと思います。

 

 それでは今回もかなり量がありますので、前回の続きで病症と病理についてを肺虚証のところから読んでもらいます。

 

 

第三項 肺虚証(陽実証、陽虚証、肝実証、肝虚肺燥証)

(病理)

 肺は気を主っているので、気が不足することによって病症を現す。表のZ理が閉じて熱が発散されずに表および肺に充満停滞している肺虚陽実証、表のZ理が開きっぱなしになり、陽気が不足して冷える肺虚陽虚証、後述する肺虚肝実証がある。また肺は津液が少なく乾燥した臓であるため陰虚証はないが、肝虚陰虚証の虚熱が肺に波及してさらに乾燥することがある、これを肝虚肺燥証という。治療は肝虚陰虚証に準じて行う。

 

(鑑別のポイント)

肺を病んだ場合は咳やくしゃみ、鼻や気管などの呼吸器系の症状が多く出る。代表的なのが初期のカゼである。長引いたカゼはほかの証に変わっている。肝実証では肺の病症はあまり現さず、肝の病症が多いため後述の肝実証の項を参照してほしい。

陽虚証と陽実証の鑑別は寒傾向か熱傾向にあるかである。脈は陽虚証であっても肺虚陽虚証の場合は、表陽部に病邪があれば脈は浮いている。陽虚証はZ理が開いて冷たくジトッとした汗をかき、脈の表面が緩んだ緩脈になる。陽実証はZ理が閉じて汗はなく堅く跳ねたような弦脈や緊脈、熱が高い場合は大きく力強い大脈や洪脈となる。腹診点は陽虚証、陽実証の場合は上腹診点のみか上腹診点+右腹診点に現れる。肺虚肝実証の場合は上腹診点+左腹診点に現れる。

 

(肺虚証特有の症状)

  カゼ症状(発熱、悪寒・悪風、筋肉痛、関節痛、頭痛、項の凝り、咳、発汗、無汗)

 

(その他の病症)

【咽喉痛、目の充血、痛み】

咽喉、目は陽明経の流注が流れており、陽明経に熱がある場合はこれらの症状が現れる。

【鼻の病症(くしゃみ、鼻水、鼻づまり、鼻たけなど)】

肺は鼻をつかさどっているため、気を巡らす作用が衰えると症状が現れる。また鼻も陽明経の流注が流れている。鼻たけは陽明経の熱によってできる。

【湿疹】

肺は皮膚をつかさどっているため、気を巡らす作用が衰え、Z理の調節ができずに皮下に熱が停滞すると起こる。

 

 

 肺虚肝実証は後ほどということで、肺虚証です。昔ですが東洋はり医学会に在籍していた時には、圧倒的に肺虚証だったのです。まぁ最近でも七十五難型の肺虚肝実証ということで五割を超えているでしょうか?やはり「気の調整」ですからね。

 東洋はり医学会の話を批判になってしまいますから本当は何度も持ち出したくはなかったのですけど、その当時に六部定位の脉診をする時に指を一度に落としていたのです。すると寸関尺を同じように押さえているように見えても、拇指と示指の関係それから解剖的な特徴からどうしても寸口の方が強く押さえられてしまいます。難経では菽法脉診で診なさいとあり、寸関尺は上焦・中焦・下焦に該当しているのですから当然寸口は軽く触って当たり前、尺中は深く沈めて脉診して当たり前なのですけど寸口の方が逆に深く沈めている状態だったのです。さらに肺は三菽の高さで打っていれば順なのですが、パッと診てそれも三菽の位置を遥かに過ぎたところで診るものですから「肺の脉がない・これは肺虚証だ」としていたのです。実際に現代人はストレス社会で気を病んでいる人が多い、「気の治療」だと言っているのですから肺を中心とした病が多いと主張していること自体に間違いはないのです。実際にそうだと思いますね、殺伐とした特に殺人事件がこの頃凶悪化しているのですけど昔なら考えられない人が考えられない方法でやっているのですけど、これも気が狂っているのでしょうね。その人の精神状態が崩壊していると表現しているのではなくて、社会全体の気が狂っているのでしょう。そのような意味でこの肺虚証は注目していかなければならないものなのでしょう。

 話を戻しまして、一気に指を沈めてしまった肺経の箇所に脉を出したいということで太淵や経渠・尺沢に鍼をするのですけど、「その部位の脉を出したい」という鍼を我々はやってしまうのです。だから当時は毫鍼だったということもあるのですけど、本治法としては結構深かっただろうと思われます。それはそれで当時非常に効果があったことですし、今現在もそのような方法をされているかも知れません。他の会の批判になりかねませんからこれ以上は喋りませんけど、とにかく当時はそれだけの効果がありました。私の大師匠になる先生は、一回だけ日本経絡学会へ参加した時に私の師匠である丸尾先生を運転手で連れて行かれていたのですけど、帰りの自動車の中で「わしはどうも気の調整というのは嫌いなんじゃ」のようなことをボソっと言われたことがあるらしいのです。血を直接動かすような治療をされていたみたいですし、脉診も深かったようです。当然血に関することですから肝が主体で、肝虚証が八割だったと聞いていますけど・・・。一度だけその流儀の鍼を見せてもらったことがあるのですけど、鍼管で曲泉・陰谷にコンコンと叩き込むのです。センチでいうと1センチまでは行かなかったでしょうけど、確実に5ミリは刺さっていましたね。でも、脉は整いますし症状も取れるのです。「このやり方は久しぶりだったから慣れない部分があった」といわれていましたから、慣れておられたならもっとよくなっていたのかそれくらいだったのか分からないところですけど。

 その当時はもっと跳ねっ返りでしたから、色々な方法があるということをあまり受け入れていなかったのです。信仰宗教「東洋はり医学会」にどっぷり浸かっていましたから、「刺激治療などは鍼灸とは認めない!」などと叫んでいました。刺激治療のうまい人は知らない間に全身調整をしているのであって、局所しかやっていない人は確かにうまくはないだろう、うまい刺激治療をする人は全身にやっているからそれはそれで脉も整うんだよと教えてもらってでもです。それで実際に刺激治療を全身にダッダッダという感じでやってもらったところ、脉が整っていたのでビックリしました。その時に肺の脉がものすごく整っていたことを覚えています。

 そのようなことで話があちこちしましたけど、肺虚証は六十九難で行うものを現在ではあまり見かけないようにも思えますけど、軽視せず常に気にしておいて欲しい証です。肺虚陽実証と肺虚陽虚証は、ともに太淵・太白もしくは経渠・商丘あるいは魚際・泰斗などを使い陽経の大腸経や胃経を衛気の手法を行うのか営気の手法を行うのかの違いになってきます。

 肺虚陽実証で心に残る症例というのが、やはり子供の治療ですね。双子の女の子なのですけど、あまりに唇が真っ赤なのでおかしいなぁということで熱も下がらないし「どう思われますか?とにかくこの風邪を治してください」と、独身時代からお母さんは来院されていましたから迷わずに子供を連れてこられたのです。「あまりに唇が真っ赤というのは川崎病しかないなぁ」とその病名を聞いた途端にビックリしてしまって、近くの病院へ走ってまたこれが「可能性がある」ということで大騒ぎになり、福島弘道先生が川崎病を治したことがあると話されていたものですから「東京でも行く」と言い出しますから、「お前は俺のことを全然信用してへんのか、何やったんや今までは」という話をしたのですけど(笑い)。結局は川崎病に詳しい医者さんが滋賀県内にいて、診察してもらったら「川崎病もどき」。訳が分かりませんね。川崎病とは診断しきれないけれども、川崎病として追跡しておく必要があるでしょうとのことらしいです。

 その子が熱を出していた時には、脈拍数は二百を超えていましたね。脈診した途端に、こっちの方が緊張してドキドキしてしまいました。もう片方の女の子も、普段なら片方がしんどそうにしていても「こいつしんどそうにしとるわ」なんて蹴飛ばしていそうなものなのですけどその時はさすがに目がうつろになって焦点が合っていませんでしたから、心配そうに覗き込んでいました。「とにかくやることはやったし、水かきの解熱処置もやったので明日も連れてきてください、もしもだったら夜に電話してもらっても構いませんし」と告げておいたのですが、夜には電話もなく明くる日に来院したのです。何のことはない「おはようー!」ってドアを蹴り飛ばしてベッドへ乗ってくるのです。一発で治っていたのです。午前中はまだしんどそうにしていたらしいのですが、明くる日にはこの調子だったのです。これは子供でしたけど、小児鍼については次回にも話をしますが普通は陽経の処置をしてお腹と背中を処置して最後に陰経を衛気の手法で補います。しかし、この時には瑚Iではありましたけど陽経の大腸経と胃経に営気の手法を、当時でしたから九鍼十二原篇の瀉法で処置もしています。

 肺虚陽虚証なのですけど、これこそ忘れられません。これは私の話です。専門課程の二年生から東洋医学概論は始まっていたのですけど、二学期の期末試験期間中でした。一応ですが、基本的な理論は終えていました。最終日でペーパーテスト一科目とお灸の実技だったのですが、ひどい風邪をひいていて発熱はしている鼻水も出る咳も出るという、どうしようもない状態でした。ペーパーテストは何とか終えたのですけど、実技の順番をくじ引きで決めたのはいいのですがかなり遅くに当たりました。「お前はあまりにしんどそうだから順番を少し上げてやろう」ということになりました。順番を待っている時間に「風邪ひきは肺虚だから」と、当時はそれくらいにしか発想しなかったところへ「身熱すは火穴だから」と「それじゃ魚際に鍼をすれば治るかなぁ」と、恐ろしい発想ですね(笑い)。その頃は治療側など全然分からなかったので右利きなので左手が押し手になりますから、左手で鍼を持って右の魚際へ施術したのです。魚際に鍼を当てたなら、ピーンと響いたのです。「これは何だろう?」「やっぱり身熱するから響くのだろうか?」、ところが試験を受けている最中から状態がよくなってきますし試験が終わってから10分もすればほとんど風邪が治っていたのです。

 これは熱も咳も鼻水も出ていて、かなり激しい陽虚状態で熱が出たり引いたりしていたのだろうと思われます。汗は確かに熱い汗ではありませんでしたから冷や汗ですね。ということで陽気が飛んでしまっていて、たまたまその時は右の治療側になっていたのだろうと想像されます。毫鍼をプチュッと刺したので、これは営気の手法で身体が温まらないのが温まる方向へうまく作用してくれたのだろうと思います。わずか10分で、一本の鍼で風邪が治った。あの時の鍼で、風邪が治ることに自信がついたのです。「鍼というものは風邪が治る」と。だから三年生の時には、患者さんが「風邪をひいたので治療を延期してください」と連絡があっても「「いや大丈夫ですから来てください」と、風邪の治療を経絡治療で行っていました。

 それから肝虚肺燥証です。これは池田先生に出会ってから知った証です。肺は中空器官ですから津液を貯めることは出来ないのですが肺にもわずかに津液はある、そのわずかに持っている津液が肝から出てくる熱によって炙られ干からびてしまい、温まってきた頃から咳が出る。ですから夜に就寝するまではそう大したことないのですけど、よく熟睡して身体が温まってきた頃から咳が出て目が覚めてしまうというのが特徴的症状です。「夜に咳が出ます」「喘息があります」という人の時には、「就寝する前から出るのか就寝後に出てくるのか」を聞くことがポイントになります。肝虚肺燥証がひどくなっている人は、昼寝をしただけでも熟睡になると咳が出てきます。脉の特徴としては、肺が沈んで硬い。ちょっと脉診の出来る人なら「うわっこんなに硬くなるんだ」というくらいに硬くなるので、すぐ分かります。

 肝虚肺燥証の一番心に残る治験例は、漢方鍼医会本部で最初に行われた実技公開です。花粉症があるというモデル患者で、問診すると見事に夜中になると咳が出るということで肝虚肺燥証でした。あの時にご一緒していたのは、大阪の森本先生と高橋祐二先生です。パッパッと脉診をして、どう診ても肝虚証だろうということですし肺の脉が硬いことも認められていました。けれど、一人の先生は脾虚証だと主張されました。私ともう一人の先生は曲泉・陰谷と触って「これでいい」というのですが、もう一人の先生が「曲泉・陰谷では硬い」といわれるのです。「おかしいな?こんなにいい脉になるのに、自画自賛するくらいにいいのに」と思っていたら、これはツボを触った後に逆方向の軽擦をして戻しておくのを忘れていたからだったのです。それで逆方向の軽擦をしてから触診してもらうと、「あぁこの脉はいいですよ納得しました」ということになりました。その時に何度か話していますけど、「花粉症の治療に何か効果的な標治法はないか」ということで上焦と中・下焦の交流を改善してやればということで膈兪を提案し、それを行ってみればよかったということなのです。頭の中ではある程度出来ていた理論なのですけど、実技はぶっつけ本番で出任せではなかったのですけど「ひょうたんから駒」よりも将棋でも王将の駒が飛び出してきたような経験でした。

 それでは、次へ進めます。

 

 

第四項 腎虚証(陰虚証、陽虚証)

(病理)

腎には陰気として働く津液と、陽気として働く命門の火がある。

腎の津液が不足し虚熱症状が現れたものを腎虚陰虚証といい、命門の火が不足して身体を温めることができないものを腎虚陽虚証という。

 

(鑑別のポイント)

腎を病んだ場合は泌尿器系、腰下肢の症状が多くでる。腰痛は脊椎および脊際に原因があるものが多い。

陰虚証と陽虚証の鑑別は熱傾向か寒傾向にあるかである。陰虚証では虚熱が発生しその熱は上に昇る性質があるので、下が冷えて上が熱する冷えのぼせの状態になり、脈は浮いている。陽虚証では命門の火は全身を温める陽気の元であるため、手足ともに全身冷え、脈は沈んでいる。腹診点は右腹診点+左腹診点に現れる。

 

(腎虚証特有の症状)

 奔豚気(腹部から胸、のどに何か突き上げてくる感じ)、腰の冷え痛み、腹痛のない下痢

 

(その他の病症)

【頭重、痴呆(健忘など)】

脳は髄海といわれ腎が主っている髄の集まりである。そのため腎の津液は脳も滋養しているので、腎の働きが衰えると起こる。

【耳鳴り、難聴】

腎は耳に開竅しており、腎の働きが衰えると起こる。

【咽痛】

腎の流注は咽喉部を巡っているため、ここに熱が停滞すれば起こる。

【肩こり、寝付きはよいが早く目覚める】

陰虚によって発生した虚熱は上昇性をもつ。そのため頭頸部、肩部に熱が停滞しこれらの症状が起こる。

【動悸、息切れ】

心は陽気を腎に送り、腎は心に陰気を送って互いに交流している。そのため腎の働きが衰え陰気を心に送れなくなると、心に熱が多くなりこれらの症状が起こる。

 

 

 津液を蓄えておく場所の腎が虚した場合、もしくは余分な水分まで貯まりすぎている状態です。腎虚陽虚証の場合には、ほとんどが太谿・太淵という選穴になってきます。然谷・魚際という選択肢もあるかも知れません。腎虚陰虚証の場合だと、復溜・経渠もしくは陰谷・尺沢というような選穴になってくるかと思われます。

 腎虚陽虚証での心に残る治験例なのですが、要するに水っぽい身体の人であまりに水が多くなってくると滑舌が悪くなりもごもごした喋り方になってきます。臭いについても、水槽の水が少し腐敗しているような臭いになってくる人が多いようです。何年前だったか除雪作業をしていてそれで腰痛が発生し、これが強烈な腰痛で、しかもすごく太っているおばちゃんでした。週に二回ないし三回の治療をし、やればやるほど回復しました。それとともに、まず臭いがなくなっていきました。口がもごもごしていたのも、よくなりました。ところが地球の引力に引かれているといえば表現が大げさですけど、このような人は水分代謝が悪いことをあまり自覚されていないか自覚していても水分を取らないとおられずガバガバ飲んで、「女なのにトイレが近くて恥ずかしい」などといいながらも飲み続けてひどい時には水筒を持参して待合室で飲まれていたりもします。太っていましたから、多少糖尿病もあったのでしょうね。この人が大体よくなった頃に「用事があるから」ということで突然来院されなくなって、一ヶ月ほど経過した時に市役所から「高額医療の証明をして欲しいと来られているのですけどそんなになっていますか?」「そんな二十回程度来院されただけでそれほどにはなりませんよ、歯医者さんで入れ歯を入れた方がよほど高くなります」「そう思うんですけどね、どのような鍼灸院かと思いまして・・・」「医療控除の証明は出来るのでそのように説明してください」「もごもご言うだけで説明を聞かれないのですよ、この人」なんて電話もありました。

 腎虚陰虚証ですが、これは「のぼせ」につながってきます。「冷え」が残っている場合もあります。「冷えのぼせ」として一括して扱ってきた場合が多いのですけど、これは「のぼせ」は「のぼせ」としてまず診断してください。昔「逆気」と「上気」は違うと聞いたことがあります。逆気というのは冷えていてのぼせがあることと記憶しているのですが、とにかく顔がのぼせていること。上気というのは、手のひらなども熱くのぼせていることだと教えてもらったのですが、その時によく思い出してみると「冷え」とのセットはいわれていなかったように思います。どうしても「のぼせ」てくると下が冷えてくるので「冷えのぼせ」としてひとくくりにしてしまいますけど、まず「のぼせ」があるかどうかに注目してください。どうしても逆気と上気を分けたいのであれば、手のひらが冷えているか温かいかに着目してください。

 一番代表的なものが奔豚気です。腎の津液が不足してカット熱が出て、熱というものは上へ上がる性質がありますから心臓に当たり、心臓がアチチということで踊るように突然動悸がしてくるという病気です。腎の津液が適当に戻ってくると虚熱が減りますから、アチチと心臓が踊る必要もなくなるので「さっきのあれは一体何だったのだろう」というように動悸が治まってしまいます。これは心電図を撮ってもどうしようもないので、西洋医学的には証明が出来ないでしょう。ところが、言葉は悪いですけど金儲けのうまい先生なら「狭心症の可能性があったら怖いしなぁ」なんて言うと、お年寄りはビックリして毎日通院するようになってしまいます。「検査の結果では何もなかったから、これは違うところでも診てもらったら」とか「鍼灸にも行ったら」とか「もう少しだけ様子を見ましょう」などと言ってくれればいいのですが、このあたりが人間の心理の捕まえ方というのか言葉の「あや」でしょう。

 四十代後半の女性だったと思いますけど、とにかく奔豚気がひどくて汗をだらだらかいて来院されるのです。「心臓がいつ止まるかと思うと不安で不安で、この一ヶ月はほとんど眠れていない」と訴えられていました。本治法と標治法ではどのように瑚Iを使い分けたらいいのかと考えている時期で、全面的に瑚Iへ移行している最中でした。それで「この奔豚気には鍼を刺すと絶対に失敗するな」と直感しました。最初は週に三回から二回へ一回へと回数を減らし、見事に七回くらいで完治しました。毫鍼を全く使わずによかったなぁということでも覚えている症例です。

 それでは急ぎますが、次へ進みます。

 

 

第五項 肝実証(脾虚肝実証、肺虚肝実証)

(病理)

肝実証は肝に血あるいは熱が充満停滞した証である。

脾虚肝実証は、脾が虚して熱が肝胆に波及した証であり、肝熱タイプとC血タイプの二つのタイプがある。肝熱タイプは肝にC血は溜まっていないが熱が停滞している状態で、この状態が長く続くと血が干からびてC血タイプに移行する。C血タイプは肝にC血が溜まっているタイプである。

肺虚肝実証は、肺が虚して気の巡りが悪くなり、肝に血が停滞する証である。

 

(鑑別のポイント)

どちらの肝実証も肝の病症が主となる。肝実証の典型的な症状は更年期障害である。急に熱くなったり冷えたりするホットフラッシュや鬱状態、肩凝り、頭痛、便秘といった不定愁訴を訴える。特に多いのは肩凝り、腰痛などの筋肉症状で肩凝りは肩甲骨の内側から首筋にかけて凝り、腰痛は帯脈上に反応が出るのが特徴である。脾虚肝実証肝熱タイプの場合は胆経が流れている部分の病症が多い。

脈はC血が多く血の流れが悪い場合は沈んで、トを帯びる。C血がさほどでもなく陰気が不足した状態のときは陰虚の脈に似て浮いてくる。脈で一番の特徴はどんな場合でも左関上の脈を按圧していくと脈の中に干からびたような細い筋が深く圧してもあることである。

腹診点は、脾虚肝実証は右腹診点+中腹診点、肺虚肝実証は左腹診点+上腹診点に現れる。

 

(病症)

【頭痛、耳鳴り、めまい】

肝の流注は頭頂まで続いておりC血により経絡の流れが阻害されると、頭頂部痛、めまいが起こる。胆経の流れが阻害されると、偏頭痛や耳鳴りが起こる。

【不眠、多夢、動悸、息切れ、喘息、便秘】

陰気が不足して、上焦に熱が多くなると起こる。またC血により気血の巡りが悪くなると起こる。

【腰痛、関節痛】

肝は筋を主っているので、働きが衰えると十分に筋を養うことができずに痛みが出る。

【月経不順、月経痛】

子宮も肝の主る筋からできており、経血は肝血の蓄積したものである。そのため肝の働きが衰えると月経に異常がでる。C血がある場合、経血は黒っぽく固まりになりやすい。

【往来寒熱】

少陽経に熱が停滞していると起こる。

 

 

 はい、各病理と病症の最後は肝実証(陰実証)です。陰実証というのは、肝実証しかあり得ません。肺・心というのは陽臓ですから陰実にはなり得ません、脾というものは熱が充満・停滞してしまうと即死亡してしまうのでこれもあり得ません、腎には津液が貯蔵されていますけど津液が増えても熱の充満・停滞にはなりませんのでこれも陰実にはなり得ません。肝は血を貯蔵しているので血が充満・停滞すると熱になりますから、陰実の条件を唯一満たします。

 ですから、肝実=陰実そしてC血です。しかし、C血=肝実ではありません。肝実証であるなら、「この人にはC血がある」と判断していいでしょう。ところが、C血は元々持っているのですが病理というのはその時その時の状態のことをいいますから、特に新しい病気が出てきた時にはそれまでのことを考慮しつつも一度リセットし新たに考えるというのが定石ですから、C血があっても必ず肝実証とはなりません。いかにも「この人は肝実だろう」という場合でも、例えばお腹をひどく壊したとか風邪をひいたとか、あるいは津液が急激に不足するような事故が発生した状態になってくると肝実証以外の証にしなくてはならないかも知れません。

 肝実の話をしている途中なのですが、この間から来院されている薬剤師の方が二十三歳まで先天性股関節脱臼を知らなかったとのことだったのです。右側の股関節のはまりがあまりに悪いということなので、腸骨を削って自家移植の手術をされています。左は手術していないとのことです。その患者さん曰く腎臓の裏、経穴なら志室の辺りが子供の頃からずっと冷たかったとのことです。そこが温かい人がいて、ビックリしたとのことです。普通服を着ていたなら、暖かいですよね。しかし、お風呂に入っても冷たかったらしいのです。もう中年ですからここ数年で急激に太ったといわれていますが、いかにもC血体質です。薬剤師ですから分かる話なのですけど、抗C血剤なども飲まれています。「そんなにC血がありますか?」と質問されるので、「あるでしょう自家移植による手術の影響もあると思いますし」と答えました。症状としては股関節の痛みだけでなく腰痛や特に偏頭痛があり、その他にも肩こりなど不定愁訴の固まりです。そのC血の話をしていたなら、ちょうど初回が生理中だったのですけど当日は大丈夫だったのですが明くる日から二日間はうずくまらなければならないほどの腹痛が何度も発生し、その度に血塊がドバッドバッと出たとのことでした。「それでスッとした?」と聞いたのですが、「スッとしたかどうかは分からないがとにかく楽にはなった」とのことです。逆に「鍼でこのようにC血が出るのですか?」と質問されるので、「私もあまり経験はないのだけれど」とその時は口を濁しておいたのですがその後に思い出したのです。

 女性ホルモンを注射して非常に具合が悪くなったというおばさんの患者さんがおられたのです。五十歳代だったのですが、何をお医者さんが診断したのかまでは忘れましたけどとにかく「女性ホルモンを注射しなさい」となり、通院していたなら全身が痛くて痛くて痛くてたまらなくなったのです。その家は和式トイレだったのですけど、一度しゃがんでしまうと自力では立てないので上から紐をぶら下げてもらいその紐にすがって立っているという話でした。朝などはなかなか起きあがれず、とにかく全身の関節が痛むのです。その患者さんを治療している期間中、生理に血塊が沢山混ざると話されていたのを思い出したのです。

 なかなか聞き難いことかも知れませんが、あまりにC血がひどい人には「そのようなことがあったら教えて」と話しておくといいでしょう。七十歳の人にはなかなかないことでしょうけど(笑い)、男性もなかなかないかもですね(笑い)。男性にはC血がたまりにくいことにもなっています。主にC血がたまるのは女性ですから、このようなことも考えておいてください。

 

 話を戻しまして、難経七十五難型の肺虚肝実証なのですけど漢方鍼医会に入って病理というものを勉強し始め、病理というものは色々あって難経は大切だということになると「昔の遺物だ」と七十五難型のことをずっと教えられていたのですが、「これはおかしいぞ」と思い始めてもいました。

 脉型を頭の中で思い浮かべてください。「西方虚し東方実せずんば即ち北方を補い南方を瀉し」と記されています。これで肺は虚で、肝は実だということが分かります。「北方を補い」ということなので腎が虚だということですから、つまり腎虚証のような形をしているということです。肺・腎と虚、肝が実、当然心は実、脾が平になっています。通常の六十九難の腎虚証なら肺・腎と続いて虚であれば肝が平、心・脾が実と五行的にもなってくるのです。これは水克火という肝経がありますから火が実になってこなければならないということなどを考慮していただければ、分かることだろうと思います。つまり「平」の位置が七十五難型の肺虚肝実証と六十九難型の腎虚証では違っているのだと捉えれば分かりやすいでしょう。

 そのように「特別に書いてあるのであれば、どこかにあるはずだ」と思っていたのです。ある時ですが、前回の治療で帰宅時にはものすごく調子がいいといわれていたのに今日はたまたまここで仕事をしてくれといわれて、そこがクーラーがすごく利いていてクーラーがずっと腰に当たっていて昼頃から耐えられないほどの腰痛になり、立てなくなってということで急患で来られた方があったのです。その方の脉診をすると、腎の部位が触れないのです。肝の部位はゴンゴンという感じて打っていたのです。「おかしいなぁ?」と思いつつ腎経へ鍼をすると脉全体はよくなるのです。ところが肺経へ鍼を入れると脉が悪くなり、また肝経が強く打ち始めてしまうのです。二回ほど繰り返して、ハッと「これが難経七十五難型の肺虚肝実証ではないのか」と思ったのです。その時点では慢性のものではなく急性劇症だと聞いていたので、確かに急性劇症の腰痛ですから腎経を長く補ったのです。どこかで復溜を補うとは聞いていたのです。こうしてみると肝経の脉が見事に治まったのです。そして、次は陽池をこれも長く補いました。ここは神のお告げなのか私のひらめきなのかどこかで聞いていたのか、そんなことは夢中ですから分かりません。これですごくいい脉になりました。

 「これは事実として七十五難というものがあるのだなぁ」ということで、その夏は猛暑でしたから急性劇症で来院される患者さんが多く段々慣れてくると肝実という脉が診られるようになり、あるいは腎経と肝経の脉差が診られるようになり、これを何とかうまく判定する方法はないものかということで腹診点の原型がこの時期に出てきたのです。「左の脇腹が硬いぞ・鳩尾が硬いぞ」ということは、すぐに発見が出来ました。「これだとやってみる価値があるな」という手応えもありました。これを竹馬の友である小林久志先生に発見から二週間で確信がありましたから話をしてみると、「そんなことあるかい」という反応だったものを延々としつこく何度も電話をして、一ヶ月後にたまたま先輩の祝賀会が昼間からあって横に座られた方が七十五難型にピッタリの不定愁訴を訴えられていて「復溜を触っていれば脉がこのように変化をするから」と説明しながら取穴をすると、やっと納得をしてもらえたのでした。それから滋賀の研修会で定着するまでに二年くらいは色々とあり、やっと定着しました。

 主には肝の症状になります。実際にそうですよね、肝が支配する筋肉症状を訴える患者さんが多いのですけど肝虚証になるかといえば、これではうまく行かないケースがかなりあります。そのような時に肺虚肝実証、あるいは脾虚肝実証が登場してくるわけです。

 脾虚肝実証の場合、これは真の意味での陰実証ではありません。気血津液の製造元である脾が虚しているのに、実というのはあり得ないからです。これは胆と肝が密着している臓腑なので、熱が太陽・陽明・少陽と侵入してきて最後は胆に達し、さらに陰経から臓の方へと侵入しようとするのですが臓に熱が及ぶと即座に死亡してしまうので、「陽の方へ熱を跳ね返す性質がある」とか「跳ね返す癖がある」と池田先生は表現されていますが要するに防衛反応として熱を弾き返すようになっています。それで腑の中では一番深い胆にどうしても熱が貯まることになり、胆は肝にはまり込む形になっていますので肝が一緒に温まって脾虚肝実という状態に結局なるのです。ですから、治療としては脾を補って胆に営気の手法を加えるということになるのです。これを最初は脾経・心包経と定型的に補いそこから胆経へ手を加えていたのですけど、どうもこれではうまくいかないので色々と調べていくと熱を増加させようとする心の働きを助けていたのでは胆の熱は効果的には取れないということで、脾経に衛気の手法を行ったなら直ちに胆経へ営気の手法を行うのがいいと集団研修の中で確認してきました。

 

 肺虚肝実証で一番心に残る治験例は、やはり今お話した発見をした時のことですね。最初は復溜と陽池だけを用いていたのです。これだけではあまりにバリエーションがないということで色々と調べると、C血が軽いものは太谿・中程度のものが復溜・重いものは陰谷、これで大体は使い分けられるだろうという感じがしています。急性病は軽いはずではありますけど太谿が使いやすいです。陽池はどの場合でも「先天の元気を補う」ということなので、これは変わりません。そこへとても敏感な高校生が、胸に熱がたまるということだったのですけど鍼を一本するごとに熱の変化がよく分かったのです。この半年前からは来院されていませんが、最近の二年間またこの患者さんは通院されていました。最近の来院時でも胸に熱が貯まって、そうなると頭が割れそうに痛くなると訴えていましたが当時も胸に熱が貯まって頭痛がするということで、胸の熱を直接触診してもどうしてももう少しが取れないということから色々と探ると小腸経を用いるのがいいと判明してきたのです。支正を用いたと記憶しています。「南方を瀉し」ということですが、まず腎経へ営気の手法を行うと相克の伝変から心と心包は動いていますし三焦も使っていますし、南方ということで火の性質を持つところは小腸であることからうまく条文とも合致することになります。その後に小腸経の方も、陽谷・養老・支正とバリエーションが広がり営気の手法を行っています。

 脾虚肝実証の場合には、概ね太白・商丘を用いて衛気の手法を施し胆経へ営気の手法を行っています。胆経の場合には絶骨(懸鐘)を用いるのが概ねいいだろうと思われますが、熱量が多い場合には光明を用いることもあります。外丘を用いることもあるのですが、急性劇症の場合には外丘がいいと思います。

 

 第四回の漢方鍼医会夏季研で足三里を用いるのが非常にいいという発表がなされて、その当時は皆が夢中ですから指導者リハーサルで足三里の効果を見せつけられると衝撃を受けてしまい本番まで二週間ほどしか間がありませんでしたから「足三里でやった」「足三里でやった」のオンパレードになってしまい、私もまだ受講生側だったものの一緒に参加してもらった人たちから文句を言われたことを覚えています。私の班ではたまたま出会わなかったのですけど足三里がそれほどいいなら追試してみようということで、これは脾虚肝実証の時にうまく反応するのではないか・脾虚肝実証の脉がうまく改善することが一週間程度で判明してきました。心包経を衛気の手法から足三里を営気の手法という治療法で長期間追試していたのですけど、心包経から鍼を入れるということは証の名称を決定する原則にも反していますし脉診・腹診・肩上部の緩みの「三点セット」で確認すると、脾経を衛気の手法から足三里を営気の手法としていく治療法がよりいいと判明しました。最初の間違いは、残念ながら脉だけを診ていたために起こしたものでした。脉の変化だけでいうなら、心包経を触れた方がパッと良くなるのです。お腹も診ていたはずで心包経から触れた方が良かったのでしょうけど、肩上部の緩み方が全くダメだったのです。三点ともにうまく整うのは、やはり脾経から入って足三里へと進めることだと今は追試しています。

 この足三里を用いるC血タイプの脾虚肝実証で心に残る症例としては、『医道の日本』にも発表したものですが末期癌の患者さん、大腸癌の患者さんだったのですが最後はどうしてもこのやり方でないと治療が成立しなかったのです。内臓の機能がほとんど停止していますから気血津液を作る能力がありませんし、少しでも気血津液を作る作用を助けてやるためにC血を処理しながらということでC血タイプの脾虚肝実証になってくるのだろうと思われます。

 

 

 まとめになります。第九回はここで終わりになり、残りは補助療法と「いかに経絡治療家へとなっていくか」で締めになります。

 これもこの間来院された患者さんなのですけど、他の鍼灸院で取穴してもらった奇経治療の経穴をマジックで付け直して大切に残しておいたのだが、うっかりしていて消えてしまったので私に取穴し直して欲しいというのです。奇経の組み合わせとしては、大体分かるのです。しかし、その鍼灸院の先生は太衝と通里の組み合わせの他に太衝と内関の組み合わせで取穴されることもあるのでこれが分からないのが一点目、その当時と現在とでは状況が違うのが二点目、これで取穴することをお断りしたのですが鍼灸全体ではもちろんそうですし、経絡治療でも何故差が出てくるのかを説明していたのです。

 例えば東京と大阪の間を移動するとして、大阪から東京へ行くと仮定するだけでも色々な方法があります。寝台列車・バス・飛行機・新幹線と方法があります。そのうちでリスクが少なく・時間が早く・料金も見合っているという選択肢の違いなのです。神戸空港が開港したのですけど、神戸から伊丹へ飛行機で移動するバカはいませんよね。鉄道あるいはバスで移動するのがいいのです。これは分かりますよね?それで空港の近くに住んでいる人であれば、早割チケットを使って飛行機で東京へ行けばいいのです。ところが空港に遠い吹田や堺に住んでいたなら、空港まで乗り換えが大変になってしまうので新幹線で行く方がいいことになります。もしくは前日からバスで行けばいいのです。少し例えを変えて、大阪から京都を経由して彦根まで帰るとします。どうしても時間がない場合にはお金は高くなっても新幹線に乗車し、米原まで行ってタクシーで帰ってくる。身体のために最初から座れる方がいいというのであれば、快速から普通電車になるものを選べばいい。もしくは途中まで立たなければならないリスクは考慮しながらも、新快速から普通電車に乗り換える。最後の彦根まで立つことを覚悟しながら、新快速で帰ってくる。「さぁどれにする?」それはその時の状況ですし、電車の混み具合にも左右され真っ昼間であれば新快速でも座れるでしょうしラッシュ時であれば絶対に座れないでしょうし、そのようなことを考慮して「あなたには時間的・金額的・リスク的にこれが最適ですよ」という選択をするのです。治療法が異なってくることに話を戻しまして、その治療家の選択の仕方が治療法の違いとなってくるのです。明らかに「これは違うだろう」ということはありますけど、私は人の治療法に対してとやかくはいいません。それに対して後は患者さんが納得されるかどうかなのです。

 でも、雑な情報では困るのです。「京都駅から電車に乗りなさい」といわれたのですけど、それだけでは私は判断が全く出来ません。新幹線で大阪方面へ行くのか東京方面へ行くのか、奈良線なのかそれとも近鉄で奈良方面へ行くのか、山陰線なのか北陸方面への特急もありますし同じ駅からでも出ている方向出ている電車がいっぱいあります。鍼灸というものは、それくらい選択肢があるのです。その中で「どの方向に導いてあげて」「どれが一番リスクが少なくて」「見合う金額で」と考えてあげられるのがいい治療家であって、私たちの腕という評価につながってくるのではないかという説明をしていました。

 

 次回で補助療法を簡単に、そしてまとめということでこのシリーズを終了していきたいと思います。




講義録の閲覧ページへ戻ります。   資料の閲覧とダウンロードの説明ページへジャンプします   『にき鍼灸院』のトップページへ