臨床室への心構え

 

二木 清文

 

 

   要素としては一つ、「応用をする」こと。

 「臨床あれこれ」の依頼を受けて何を喋ろうかと考えたのですが、ここ最近は研修会の方々が頻繁にしかも繰り返し研修で臨床室を訪れてくれますので、研修会で学んだものが臨床室でもっとうまく反映されるようにと、アドバイスが出来ればと考えました。この話題は以前からまとめて話ができればと思っていたものですから、この機会にできる限りまとめてみたいと思います。

 私が話をしたり文章を書く時には「結論はこうです」と先に答えを提示してしまうことが多いのですけど、今回の結論は『応用をすること』の一言です。テレビで探偵ものドラマに「古畑任三郎」というのがあったのですけど、最初に物語の結末を見せてくれるんですね。もちろん全てではなくある程度なのですが、結論が分かりながら物語を見せるという手法は理解度が深まりますから結論がハッキリしているものは先に喋ってしまう癖があるんですね。今回は『応用をする』ことが結論なので、常に頭の中で待避させながら聞いていただければ話の中身がより分かっていただけるのではないかと思います。

 

 

  1.研修会と臨床室の違い

 それではですね、誰もがつまずいた箇所であり完全な臨床投入ができない人には今でもつまずいているだろう部分から入ります。

 「研修会で習ったからやってみたがうまくいかなかった」とか、「臨床室との条件が合わないので研修会での勉強になってしまう」などのことを何度も聞きます。自分のことを思いだしてみると幸いというのか強引というのか、学生時代に事情もあって外来臨床へ経絡治療を投入してしまったことからあまり矛盾は感じませんでしたし、古木先生や川元先生の助けをすぐに求めることもできたのでラッキーだったのですけど研修会と臨床現場では確かに差があり、それを埋めるのではなく応用をしていくということが大切なんですね。

 

  @まず、レベルが違う

 まずレベルが違います。何のレベルが違うかといえば研修会ではあくまでも「モデル患者」なんですよね。モデルになって治療を体験するということはとても大切なことですし、研修会内部の人でないといじり回せないような実験も時には必要ですし、第一外部から本物の患者さんを引っ張り込んでくるわけには行きません。昔にまだ金曜研究会と呼んでいた時に車いすの友人がどうしても時間的に合わないので呼び寄せたことはあったのですけど、やはり車いすの患者さん自身も後で嫌がられましたしこちらとしても充分な研修とはなりませんでした。ですから、あくまでも「モデル患者」であることを前提にしてください。

 時には本当に症状の強いものを持ち込まれることがあります。最近でいえば川元先生と外村先生がそうなんですけど、このお二人を研修者が交代に刺鍼したのでは絶対に壊れてしまいますから診察段階ではある程度研修させてもらうにしても治療は一人が行い、その結果をまた診察させてもらうということで、最近の水曜研究会では研修用と治療用ベッドを分けて設置しています。例会の時には通常研修の後に開かれる指導者研修会で、そのようなベッド配置をすることがあります。

 そして、本物といえば何かおかしな気分ですが臨床室を訪れる患者さんは確かにモデル患者とはレベルが違います。今でも血の気が多いですが学生時代にはもっと血の気が多かったので(笑い)、先輩たちがいじり回してある上に料金の安さだけを目的に盲学校の外来質に通っている患者さんなんて何をやっても動かなかったですね。また三年生の夏休みに北大阪の宮脇先生の治療室を見学させてもらい、そこで身につけたノウハウで近畿青年洋上大学では緊急スクランブルを何度もこなすというアクロバットを演じたのですが、きっと天狗になっていたこともありその後には何をやっても病体を動かすことができないという時期がありましたね。

 教科書に出てくるものはあくまでも教科書的であり、実際の患者さんにはあり得ない症状の混在があることは日常茶飯事なのです。それをこなしていくのが臨床であり、コツとしては「今日はどの症状に集中してやろうか」と目的を素早く絞ること、逆の言い方をすれば「今日はこの症状は無視して大丈夫だから」と悪い場所・あら探しをするのではなくプラスポイントから突破口を見つけだして行かねばならないと思うのです。

 それでも末期の癌患者などもう手の施しようがなかったり、精神面から来る婦長でありながら心を閉ざしてしまってどうにも突破口が開けなかったりなど、本当に臨床は大変です。難しいですがやりがいがあるものなのです。

 

  A継続状態が違う

 さて少し話を進めまして、もう一つ研修会と大きく違うのはほとんどの患者さんは継続治療をしているということです。治療というものは継続をしなければ本当の回復がないことは皆さんご存じのことです。ですから何度も通って頂くための料金設定なども必要なのですが、継続をしてもらうことで脉状も変化してきます。それから継続だから省略できる診察段階があったり家庭事情を話してくれての心理的アドバイスなども研修会とは異なってきます。

 特に注意して頂きたいのが「慣れ」から来る油断です。いつものようにいつもの症状で来院されたから、いつもの治療でうまくいくことがほとんどでしょうがそのために悪性腫瘍が成長していることを見逃してはいけないのです。鍼灸のおかれている社会事情から責任問題になったということを聞いたことがありませんし、癌が全身に転移していても何も症状を表さないだけでなく末期状態なのにモルヒネを全く必要としなかった例がいくつもありますので、「健康的に死を迎える」という点では脉診流鍼灸術ほど優れているものはないと思うのですけど、やはり慣れによって診察をいい加減にしては絶対にいけません。毎回が真剣勝負です。

 

  B言葉が違う

 言葉が違うというのは、モデル患者といっても専門家の集まりですから提供できる範囲の情報はモデル患者自らが喋ってくれますが、素人の場合にはそうはいきません。よく繰り返していることですが、患者の言葉は信用してあげなければならないものの、完全に信用してはいけないのです。例えば腹診をしていて完全に便秘だというものを発見した時に、「これは便秘がありますね」と問診した時に「はい、そうです」という答えが返ってくるとは限りません。「いいえ、普通ですよ」と答える人がいて「何日に一回ですか」と聞けば「五日に一回です」と平気で答えが返ってきたりします。五日に一回では完全に便秘ですよね。しかし、冷え性の人では大便が外に出ることで体温が下がってしまい身体がしんどくなるので便秘の方が楽であり、その人の常識では本当に五日が正常だと思っているのです。「私の常識・あなたの非常識」なんですね(笑い)。

 それから逆に患者だからこそ自ら喋ってくれるものがあります。例えばご婦人の生理がそうですね。研修会でも生理の状態は尋ねるものの、やはり若い女性に面と向かっては質問しにくいものですし答える側も恥ずかしい。しかし、本当に悩んでいる患者では恥ずかしいも何もなく中学生であっても自ら詳細に説明してくれるものです。昔に事務のアルバイトできていた女性が交通事故に出会い、どうにも具合が悪いので診察して欲しいと会社を早退してきた時にはこちらが恥ずかしいから止めろというのに、スカートを自分でめくって痛い箇所を触って欲しいというのですね。

 ということで、問診では必要なことを効率よく引き出すことが大切であり、情報というものは整理をすればいいのですから、証決定につながる病理が引き出せるように漢方医学の立場から患者を乗せるように問診してあげてください。これは誘導をするのではなく、情報の整理です。

 

  C施術量が違う

 もちろん研修会と全く同じ鍼数で全ての患者が治療できればそれは理想なのですが、残念ながら先程も喋ったようにレベルが違います。また高いお金を支払ってわざわざ来院してくれるのですから、満足度というのも治療の大切な要素となります。それで必然的に治療量は研修会の時よりも多くなります。ただし、何でもかんでも多くすればいいというものではなく、その人のその日の100%にしなければならないというのが大原則です。

 また継続が長期になるとどうしても治療量も多くなりがちですが、これは回復をしていたなら逆に少なくするようにしなければなりません。毫鍼を使用していた時期には便利なので置鍼もしていたのですが、どうしても置鍼はドーゼが高くなりますよね。ちなみに置鍼することで毫鍼がその周囲に気を集め、気が集まることによって血が動いてくるということから「置鍼をすると血を動かせる」といわれるのです。置鍼を楽しみに来院されている患者さんも多いことから、これを脱却するのはかなり大変でした。どのように脱却していったかといえば「ちょっと研究成果がまとまったので」といいながら置鍼を止めても文句を言わなかった人にはその勢いで(話だけでは詐欺のように聞こえるでしょうけど誠実に説明をしてですよ、笑い)、置鍼がないと物足りないという人には風邪ひきや体調の急激な変化を待つのです(計画的行動で詐欺じゃないですよ、笑い)。そして「今回は今までのようなやり方では治療しにくいから」との了解を得て瑚I治療としてしまい、治療効果さえ出れば文句はでませんから次から何気なく切り替えてしまうというやり方でした。これは経絡治療に全面的に切り替えたいけど営業的に踏み切れない先生方、是非このようにしてみてください。決して詐欺行為をしているのではなく、患者さんにとって最も有利な治療法を提供しようというのですから。

 

 

   2.どのように両立させるか

 さて、研修会と臨床室では根本的な違いはないものの、あらゆる面でレベルが異なっていることはおわかり頂けたでしょう。多様な基準線を絡み合わせて「治療」を統合して行かねばならないのです。

 でも話だけでは仰々しくとても難しそうな印象を受けられるでしょうが、今回の結論「応用をする」だけなのですから四角四面に考えずその場その場で調整をしていけばいいだけなのです。

 

  @本治法はどこまで行うか

 本治法は経絡治療の生命線ですから、完璧に仕上げられればそれに越したことはありません。しかし、昨年の夏に滋賀でも初めて行った「お任せ治療」で検脉を担当された川元先生と外村先生からともに「この状態でいいのか」「いつもの仕上がりより甘い」のような評価を受ける脉しか私は作りませんでした。

 あの時はモデル患者が夏風邪で、脉位としてはかなり高かったのですが打ち方が下向きだったので沈脉と診断し肝虚陽虚証で治療しました。そして左関上・肝の脉がまだ治まりきっていないという指摘だったのです。しかし、難経の勉強を水曜研究会でやった時にもでてきたことですが経絡は一日で五十回体内を回るとあり、時間にすれば二十九分で一周することになっています。臨床現場では二十九分の間に脉が落ち着けばいいのです。言い方を変えればスポンジに水を含ませるとたちまち全体へ染みこみますが、本当に隅々まで染みこむには多少の時間が必要で無理矢理ではなく自然に染みこませていくことが大切なのです。

 ですからもう一台のベッドで別の患者を並行して治療し、その後で標治法へ移る前に再度の検脉をしてもらうと時間経過とともに脉は落ち着いていました。落ち着いててくれてほっとしました(笑い)。煮炊きものが上手な人は火を切ってから蓋を閉めての余熱を活用されるらしいですね。トータルでどのように仕上げるかということを計算しているのです。何でも目の前で強引に加工するばかりが能ではありませんよ。強引に加工しているのは西洋医学であり刺激治療ですね。

 

  A標治法の量は

 標治法については「研修会なんだから各自で工夫すればいい」という意見が過去にはあったものの、やはりトータルで治療なのだからということで滋賀では早くから必ず取り入れるようにしてきました。ベテランが行う標治法を見学することによりこれからの人はノウハウを蓄え、実践に移そうという人はアドバイスの場として活用していますね。

 それで臨床室で行うものは、やはり研修会よりも量が多くなってしまうことは避けられないようです。先程も喋ったように患者の病気レベルがまず違いますし、遠方をはるばる来院されてお金も支払っているのですから「満足感」を与えるという点も大切です。我々は本治法で80%と思っていますしそのようでなければ困るのですけど、素人である患者にとっては本治法は単なる儀式のようなもので標治法が治療の中心と疑わないでしょう。私も素人の患者だったらそのようにしか思えないですしね。だから手で触ってあげる「満足感」も大切なわけです。

 しかし、満足感を与えるためだけにどんどん鍼数を増やしていいというのではありません。「ニセ鍼」というのか鍼をやっている振りも含めて、上手に満足してもらうことですね(笑い)。どの症状に対して今回はアプローチしこっちは手を付けないでも大丈夫と素早く割り切り、必要なもので満足感を与えるようにすることです。まさに応用の世界です。

 

  B救急法はどうするか

 もちろん適切に用います。かつて名古屋に池田政一先生が来られた時に、「陽虚証の風邪で冷や汗を沢山かいているので経絡の停滞を取り除くために井穴刺絡をしたのだけれど、と質問をしたところ、「そんな恐ろしいことを」といわれましたが数年後の池田先生の講演では「陽虚証の風邪には井穴刺絡はよく効くのだ」といわれていたので、あれれと思ったことがあります(笑い)。

 その他にもテキストに掲載されているとおりなので参考にしてください。刺絡だけでなく子午は有名ですし、奇経治療を活用されている先生も多いでしょう。その中でも首藤傳明先生の治療室に見識もないのに押し掛けて治療だけでなく見学もさせてもらった上に、奥の部屋に招いてもらってお話しさせてもらった時に斜角筋症候群は頸椎ヘルニアとイコールであるという話で話題が一致したことを覚えています。首藤先生の「超浅刺」の話も復讐されてください。

 また最近本部研修で福島先生とも意見交換したように、鼠径部の施術というのはとても大切ですね。ここは標治法が背部で気を上から下へと引き下ろしたので、陰経の作用で腹空内に気を招き入れて標治法でも一周させるという役目を果たします。

 

  C口で治す(特に老人)

 これはよく言われていることですが、ベッド上の患者に対して我々は絶対的指導者なのです。それだけに言動は注意してください。治療だけでなく社会的にもベッド上の患者には絶対の存在なので、本当に白のものを黒といっても黒になってしまいます。

 二木の師匠がまだ東洋はり医学会に入会して間もなくの頃、既に別流派の経絡治療はやっていたのですが先輩から「これは胃潰瘍の脉に見える、胃は痛くないか」と問われて「全く大丈夫である」と応えたものの、「そんなはずないけどなぁ今は自覚症状がないだけかも」と聞いてから段々と本当に胃が痛み始め、どうにも我慢できなくて検査を受けたところ何も変動がないと聞いて一度にスッキリしたことがあるという話を聞きました。我々は口で病気を作ってしまうことが可能なのですから、よほど注意されてください。

 それで老人についてなのですが、とっておきの殺し文句があるので覚えておいてください(笑い)。老人に共通の悩みは寝たきりにならないか地方にならないかということでありますから、「そんなことしてたら寝たきりやボケ老人になるで、ボケたくなかったらいうことききや」と、これが殺し文句なんですね。ほとんど脅迫ですけど、実によく効きます(笑い)。お産以外では寝たことのなかったおばあちゃんなのですけどぎっくり腰で連れてこられ、その時に手が震えているのでパーキンソン病になっていることを発見したのです。おばあちゃんは「年寄りは手が震えるもんや」と聞き入れなかったのですが、どういう巡り合わせなのか食中毒になって救急車で運ばれてしまったのです。病院で同時に受けた検査でパーキンソンが発見され、すっかり意気消沈してしまったおばあちゃんは一日中リビングのソファーに座り込むようになってしまい、身動きの取れなくなったお嫁さんからヘルプが舞い込む始末になりました。幸いというのかまたぎっくり腰を起こして来院した時に、「寝たきりになりたいか・ボケ老人になりたいか」と殺し文句で半分脅迫したところ、「それだけはなりたくない」というので「だったらいうこと聞きや」とまた以前と同じように家事をすることを諭して一件落着というケースがいくつもあるものです。綺麗なお姉ちゃんを落とせる殺し文句も欲しいものですねぇ(笑い)。

 

   3.具体的なこと

 さらに具体的な話としていきましょう。ここからは現在治療室に通ってこられている先生方を見ての事項にもなります。

 

 まずは証決定」を迅速に行うことですね。何が何でも正しい証で治療を進めるためには、知識を総動員しながらも素早く行うことが必要となります。

 この春から小坂先生が見学に来ているのですけど、なかなか厳しい職場環境ながらも経絡治療を主体にしたいとのことで頑張っています。そこでネックになるのが限られた時間内で指示された治療法と経絡治療の両方を行わねばならないということです。やはり務めている限りは指示されたことだけは守らなければなりません。けれど患者さんのためにも自分のためにも本治法を行うと格段に治療効果がいいとのことなので、どこがキーポイントなのかを一緒に考えてみると証決定に思い切りが足らないのではという結論になったのです。

 証決定はこの治療法のポイント中のポイントですから雰囲気で決定されては困るものの、脈を診たり経穴を探りながら「あぁでもないこうでもない」と首をひねっているばかりの治療家では患者は恐怖を感じてしまいます。ちょっと話が反れますけど、本部研修では私もその一人ですけど地方組織からの参加者も多くどうしても意見交換の時間が長くなりがちです。このようにいえばいかにも技術開発をしているように聞こえますけど、実体は机上の空論に走りがちなので無駄が多く、個人的にはもっと基本練習の時間をしっかり確保し課題設定を具体的にして数をこなし、正しい証決定をしてから相違点の洗い出しをした方がいいと感じています。関西人にとってはあのリズムは、かなりイライラしています(笑い)。本部の学術部に入ってやろうかなとも思っています(笑い、笑い話ではなく本当に学術部員になりました)。

 話を戻しまして、証決定を素早く行うにはやはり思い切りでしょう。滋賀では腹診点の活用もしていますし、脉診だけでなく腹診と肩上部の緩み方の「三点セット」なども早くから唱えているので、過去の経験と合わせて思い切りよく決断します。直感だけではダメで「このケースならこの証のはず」という決めつけもダメですが、思い切りよくというのはとても大切なことです。

 

 それで今回の話をしようというきっかけになっている治療室見学についてですが、チャンスがあればどんな先生のところへでも積極的に出かけるべきです。昨年の十一月には伝統鍼灸学会が迫っているというのに耳を悪くしてしまい、自己治療だけでは追いつかないということで開業してから初めてお金を払って治療を受けに出かけました。あの時は川元先生に大変お世話になりました。川元先生の治療室は学生時代に一度学校から訪問させてもらっているのですけど、十五年ぶりに行かせてもらって、自分の治療室との違い特に雰囲気の違いはとても勉強になりました。また四年前になりますが治療室を大改装した時に、当時滋賀に在籍していた若手と一緒に九州の首藤傳明先生と四国の池田政一先生の治療室を一気に見学させてもらい、それを元に「医道の日本」へ一本原稿を書いたこともあります。ただでは転ばない奴ですね(笑い)。

 ということで、私もまだ毎年のように東京の新井先生の治療室を繰り返し訪問させてもらっていますし、これからもチャンスはつかんでいきたいと願っています。皆さんもチャンスは自分でつかまないと向こうからはやってきてはくれません。「にき鍼灸院」は事前の連絡さえあればいつでもフリー開放なので、ここでよかったらいつでもお越しください。

 

 そして「治療に足し算は簡単だが引き算は難しい」ことを頭に入れておくことが大切です。これも何度も繰り返しているので、耳にたこができてしまったかも知れませんね(笑い)。しかし、先程の証決定を思い切りよくやるという点でも決定したなら直ちに実行し、もし間違っていたならすぐに訂正をするということが大切なのです。「一度決定したのだから」と標治法の最後までやってしまい、その後で「どうもおかしいぞ」というのではドーゼ過多を起こしてしまいます。修正をするには我々は鍼灸を施す以外に手がないのですから、やりすぎは絶対にダメなんです。

 コの癖はいいものか悪いものかは別として、どうしても本治法の一本目を80%程度で止めてしまうようにいつの間にかなっていました。一本目の手技をパワー全開で行っただけで誤治反応を発生させてしまったことがあり、それからこのような癖になりました。「治療では足し算は簡単でも引き算は難しい」のですから、一本目は足し算で確認するように私はしています。でも正直な話、ベテランにならなければ一本目での誤治反応はあり得ないので、経験値を積んでいる最中の方はパワー全開で行うようにしてください。

 

 「証決定」にはスピードも大切ということ。患者の信頼感を得るという意味でも、力を付けるという意味でも自分の」もの」にするまではとても大切な項目です。これは先程「証決定は思い切りよく」で既にほとんど喋ってしまいましたが、例えば証決定は三分以内で必ず行うなどの目標値を設けておくことが大切だと思います。それから証決定に一生懸命なあまり黙りがちになる人がいます。「黙って脉さえ差し出せばピタリと当たる」くらいに不問診ができればいいのですが、それはあり得ない話ですし不問診のできる人なら次々と質問と確認を繰り返すはずで、黙ったまま診察を続けられるのは患者にとっては恐怖そのものです。スピーディーに行きましょう。

 

 

 

   4.学生時代に学ぶ

 東洋はり医学会の滋賀支部発足当初から参加されていた川元先生に私と小林先生は誘われ、治療体験の強烈な印象から勉強会参加を心に決めていたところへ、当時は盲学校を使用していたことから学生聴講は無料というおまけも付いて研修会に通うこととなりました。その無料というのが大きな利子になって未だに返済を続けている羽目になっていますけどね(笑い)。

 とにかく学生時代に臨床家の研修会に参加する意義はとても大きいです。あまり腰が入っていない状態を推奨はしませんけど、それでも出席をまじめにしているだけでも結果は相当に違ってきます。知人や仲間の学生は、一人でも多く参加するように・幸せを私事することなく鍼灸の世界のために広く呼び掛けてください。大げさかな?大げさじゃないですよね。

 

  @まずは素直に入る

 学生時代には「お金」に左右される実践というものがほとんどありませんから、何でも素直に入ります。経験が浅いと日進月歩どころではなく、治療を一つ終えるごとに少しの自信と課題と反省の山に埋もれるものです。そんな時代に臨床家の中で話を聞けることは、何でも素直に入りますから鍼灸師として一生の宝となるでしょう。

 

  A国家試験にも圧倒的に有利

 今はペーパー試験のみの資格認定ですが、やはり丸覚えよりも実践的に覚えたものの方が圧倒的に忘れませんし、応用も利くものです。

 

  B様々な実験ができる

 学生が「忙しくて」というものは学生レベルでは確かに忙しいのかも知れませんけど、社会人の「忙しい」とは明らかに違います。いくら忙しくても色々と実験する時間はあるものです。脉診を身につける時に何度も紹介している尿意を感じ始めたら脉を診て、我慢の限界までどのように変化するのかを観察し、とうとう駆け込んでスッキリした後の脉も診るという実験はかなりの時間を要するのですが、私も実際にやったことがあります。また基本刺鍼を腹部で練習するようにいわれて、それも陰経の流注上ではやってはいけないといわれていたのに腎経上でおもしろがってやっていたら、本当に「舌下に散るがごとく終わる」んですね、腎経というのは(笑い)。それから三日間どうしても下痢が止まらなくなったのですけど、全く同じ日に小林先生も同じことをやって二人で仲良くトイレ友達をしていたことを思い出します(笑い)。色々な実験を自分の体を使って、やってみてください。

 

  5.まとめ

 池田政一先生ではありませんが「それは研修会用の実技ですか」とか「それはデモンストレーション用で臨床室では毫鍼も用いているのでは」、という質問を実際に受けたことがあります。もちろん「そんな研修会用の実技なんてあるか」と一括ですけど、そんなに器用に使い分けられないというのが現状だったりして(笑い)。

 確かに時間的な余裕であるとかサポートをしてくれる指導者も横にいないので、研修会で学んだことをそのまま生かすには時間が必要かも知れません。でもでも、ここに「応用をする」というスパイスというのか落差をつなぐ潤滑剤というのか、一人の経絡治療臨床家として成り立つための乗り越えるべき壁を突破して欲しいのです。敢えて『壁』という表現をしておきましょう。私の場合には先程も喋った近畿青年洋上大学での「背水の陣」による強烈な体験が、いきなり壁を乗り越えさせてくれたというのか乗り越えざるを得なかったことがその後につながっています。乗り越えてしまえば簡単なことなのですけど、乗り越えられないから壁なんですよね。

 私のホームページで既に掲載していますが、森山周一郎氏が来院した時に編集者が盛んに「院長は何人もの人に感謝されているでしょう」と繰り返すんですね。「そんなことは分からない」「沢山感謝されているでしょう」「こちらからは分からない」の押し問答のようになり、「感謝というのはしてくれる人の心がそのように感じてくれるものであって、押しつけるものではない」といいました。感謝して欲しいなんてこちらが考えても向こうが感じてくれなければ何にもなりませんし、嬉しい・楽しいと感じさせようとすればするほど相手は逃げてしまうものです。鍼灸という職業を選んだ理由はそれぞれでしょうが、患者さんにこちらの考え方を押しつけたのではいい治療にはなりませんね。物珍しさの聴講生がいる時もありますけど研修会では参加者の意図が一致し、目標もしっかりしているのですが臨床室ではそうではないので、どのようにその人へ「応用」していくかですね。

 

 今までの話で今一歩臨床現場で踏み切れなかったり学生諸君でのめり込めなかった人たちに、少しでも参考になる材料が含まれていたなら幸いです。私の治療室は事前連絡さえあればいつでも開放していますので、お手伝いもさせて頂きます。

 




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