ニューサイエンスの考察(1)

ニューサイェンスが開いてくれた経絡治療の新たな側面

                           滋賀支部二木清文

 

 子供の頃は誰もが空想の世界で一人遊をしたように、私も魔術士のようにツボを使って患者を治してあげる治療師を空想していたのですが、実際の理療科教育では経穴は単なる刺激点に過ぎず、途中で大学進学も考えました。しかし、一度学始めたものなんだから、もう一度だけアホになり切って勉強してみようと思い、誘われて滋賀支部の例会に出席したのです。やってることはさっぱり分からなかったが、とにかく鍼専門家が実在することに大きなショックを受けたものです。

 そして、具体的に経絡治療にのめり込んだきっかけは、個人的理由で夏休みの研修に裂く日数が極端に少なかった為、パスを覚悟のヤケクソで憧れの鍼専門家への見学を申し込んだのです。ところが、北大阪支部長の宮脇和登先生が快く引き受けて下さったので、さあ大変。経絡治療の“け”くらいは知っておかないとと、必死の勉強が始まったのですが、いざ見学期間が始まっても奇経の組み合わせも知らなけれ背中への標治法の意味を質問しているという始末で、さぞ迷惑だったことでしょう。唯一証の決定だけは間に合ってたので、脉診の結果を質問されると正解率が高かったらしく誉めてもらえたのが嬉しくて有頂天になり、直後に参加した「近畿青年洋上大学」では、知らぬが仏というか、もちろん年齢が若く一過性の症状だったからであろうが船酔いから強制送還寸前の発熱まで、覚え立ての経絡治療が好成績を上げました。2学期からは相当な教員の圧迫を受けながらも鍼専門に切り替えてしまい、良導絡実習で反応を起こしたクラスメートを経絡治療で調整すると言った、派手なデモンストレーションさえ行うようになっていました。

 今から脉診を禁止されたら一体どこへ鍼をしていいのか分からないくらい自分のライフワークになった経絡治療なのに、いざ院長になってみると、患者の全体像が把握できない事に重苦しい不安を感じるのです。この不安感は、例え自主的な治療が許されている人でも院長という立場に立たないと分からない事だと思います。

 思いもよらぬ伏兵に苦戦を強いられてた時に、30周年記念でのカプラ先生の講演を聞くことができました。「システム」という言葉は、その時忘れ掛けていた“人体は十二経絡によって統制された小天地である”という意味を再確認させてくれました。カプラ先生の講演以来、遅蒔きながらニューサイエンスにも取り組み、大きな感銘を受けています。その中から、心を解き放ってくれた言葉の一つ「ホロン」を紹介します。

 

  「ホロン」とはアーサー・ケストラーが編み出した言葉で、それが下位に向けた顔は自立的な全体を表し上位に向けた顔は従属的な部分を表す、という意味です。ケストラーはギリシャ神話の二面神「ヤヌス」にも例えています。ここで言う部分とは全体を構成する要素の一つであり、全体とはそれだけで説明が不要な分解不可能なものを言います。

 具体的に人体で説明すると、最小構成単位である細胞はそれだけで十分な特徴を表し自立的に仕事をしているので、分解不可能な亜全体(サブ・ホール)と捉えることができます。ところで、ここから上位に顔を向けてみると、先ほどまで自立的で亜全体だった細胞が、組織を器官を構成する従属的な部分になってしまいます。器官における自立的全体性は、臓器移植によってよく知られているところであります。これらの部分が集まって人体という全体が完成します。ここで話が終わった訳ではありません。先ほどまで全体であった一人の人間は、家族を構成する部分になり、家族は地域を国家を地球を構成する部分になり、地球は太陽系の銀河の銀河築団の部分となります。再細胞に戻って今度は下位のレベル眺めると、細胞小器官があり分子・原子から陽子・電子はたまたクウォークヘと果てしなく続いています。つまり、どこの段階から眺めても上も下も果てしなく広がった(末端部の開いた)世界であり、「絶対的な意味での部分も全体も存在しない」ことを教えてくれます。

この「ホロン」という言葉だけでも世界はバラバラな部品から成る機械ではなく、相互に関連し合ったダイナミックなパターンとプロセスから成る織物であることが証明されます。これを「一般システム論」と呼のです。

 

 話を経絡治療に戻しますと、「絶対的な全体」は分からないのですから、自分で枠が設定できるということになります。つまり、素粒子物理学においても、物質の性格は観測者の心のパターンを反映した答えを返してくれることがハッキリしてきたように、治療家の心のパターン(取り組み方)によって患者が返してくれる答えそのものを「現時点での全体」と見て間違いないと分かったのです。

 「ホロン」はあらゆる物質や社会構造にも適応できますから、我々が大きく取り組め大きな全体を見せてくれるし小さな取り組みでは小さな全体を見せてくれることから、病症以外の観測が多彩に行えるようになりました。

 また、人体はシステムであるのですからカプラ先生が言うように「健康的死を迎えるという概念を忘れてしまった、死は決して敗北ではない」という意味も飲み込めました。 子供の頃に描いていた魔術士は、やや生活感に迫られていますが着実に自己実現させています。このような素晴らしい世界を開いてくださった全国の先生方に感謝し、今年も一層の努力を積み重ねる決心を新たにしています。(以下省略)

 

参考文献  アーサー・ケストラー著「ホロン革命」

フリッチョフ・カプラ著「タオ自然学」「ターニング・ポイント」(いずれも工作舎)

 




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