下肢冷感への治療

 ── 伝統鍼灸術から ──

  (滋賀)  二木 清文

1.「帯脈流注治療」の追試

筆者は本誌19985月号において「帯脈を応用した治療」を展開しました。諸先生方からの反響を待ちたいところだったのですが、原稿執筆後も臨床追試を繰り返し効果に間違いがないことを検証する中でタイムリー性を逸したくない次なる発見がありましたので次稿を執筆いたしました(反論や追試結果に関しては改めて回答出来ればと願っています)。

 【理論背景】発見したきっかけは解剖学的には該当をしない下肢の激痛に苦しむ患者を治療したことでした。坐骨神経痛だと診断を受けていたので最初から鵜呑みにしていましたが、もし診断が誤っていたらと腰部を触診し直すと腸骨陵の上下が非常に堅くなっていたので素早く緩めると痛みは緩解したのでした。同じ様な経験を繰り返すうちに「これは帯脈の流注上に刺鍼をすることになっているのではないだろうか」と発想し追試をしました。すると腰部の処置の最初に帯脈流注上への刺鍼をすることでより効果が得られ、特に苦労をしていた椎間板ヘルニアなどでの脊柱背際へは筋肉の緊張が既に解けているので刺鍼が容易になり(しかも刺鍼も極めて浅く済むようになりました)治療回数も相当に減少しています。

理論的としては、(前回は書き落としましたが)西洋医学的には腸骨陵の上側には腰腹神経が走行しているので下腹部へ響くことも想像され、また腸骨陵は腰方形筋の起止となっているので腰部全体が緩むことにも効果が期待できます(但し神経や筋肉の性質からそれほど重大な働きに携わっているのかどうかが疑問ですが)。東洋医学的には経絡は蛇行はしながらも人体に対して全て縦方向に走っています。ところが帯脈だけは唯一横方向に走っているのです。その流注を考察すると内経をも含めると総ての経絡と帯脈は交会していることになるのです。するといずれかの経絡に不調が発生すると帯脈にも影響が及び重症になると渋滞するようになり流注に当たる腸骨陵の上下堅くなります。逆に腸骨陵の上下を緩めてやることにより渋滞が解消され原因となった経絡だけでなく他の経絡の流れも間接的ながら改善することが出来るようです。

これにより帯脈流注上の硬結を緩めることで腰部の緊張が効果的に緩解し、下肢に対しても帯脈の主治穴は臨泣であることから胆経付近を下降しているはずなので解剖学的に説明のつかない(経絡的にもハッキリしない)疼痛が取れると推測され臨床効果も著明です。

また、筆者自らの身体に施術してもらった感想としては、刺鍼されている腸骨陵付近だけでなく腰部全体が緩んでいるのが実感できるだけでなく腹腔内や下肢・上肢へも複数の経絡が同時に響いていることを確認しています。

        目で経絡が見える事が可能であれば鍼灸だけでなく世界の医療体系は大きく変貌することでしょう。古典には一部の経絡に限局した重得な病症の場合や過敏な人たちでは経絡が著明に触察出来るだけでなく時によっては目で見えることさえあるとあります。

         ところで、帯脈流注治療を追試中に流注上で著明感覚を触れることはしばしばで、視覚障害のある筆者でさえ「これくらい著明なら色が変わっていてもおかしくはないだろう」と助手に確認をしてもらうと軽い病症では周りと少し違う茶色程度から重い病症では黒ずむように程度によって暗くなるように色が変化していました。これを「経絡が見えた!」と断言したいのですが実際には鬱血状態と言うところでしょうか。

         しかしながら、この付近に横方向に走る大きな静脈はなく毛細血管の鬱血だとしても男性ならベルトの位置でも女性は腸骨陵よりも上で衣服を固定するケースが圧倒的に多く腰痛による補助具だとしても幅が広いはずなので圧迫によるものでもなさそうです。やはり病症が重いために経絡流注上(この場合には帯脈)に反応が現れたと考えたいのですが...

          

 【治験例】患者は五十五才の盲学校理療科教員(予約の電話は冗談ではないかと疑ってしまった)。三日前に腹腔内の激痛で動けなくなり救急で診察を受けると腎臓結石らしいが、連休前で立て込んでいるので精密検査は連休明けと言われ痛み止めをもらったが効果がない。初診時は非常に苦しそうに仰臥し足は伸ばせなかった。脉診すると左尺中(腎)だけが他よりも早く突き上がってくるのが明瞭に触れ、脾虚肝実証で治療し置鍼(腎兪・大腸兪・志室・腰眼・膀胱兪)の後に散鍼もしたのですが緩み方が足りない。そこで帯脈流注上の硬結に刺鍼すると見事に腰部全体が緩んで生気が戻った感じ   ちなみに右腎蔵に溜まっていたので志室付近の深部の硬結へはステンレス寸三を押し手いっぱい近くまで刺鍼し響かせました。

経過は初回で身体をひねれるようになり明くる日の二回目で自由に動けるようになりその晩に石が排出されました。病院を急遽替えて検査を受けると鍼灸治療の二回目直後には5mm1.5mmの石が写っていましたが、次回(鍼灸治療の三回目と併せて検査を受けている)には1.5mmだけが写っているだけで、排出された石は5mmのものであり残りの石も部位が下がっているので特別な処置は必要ないだろうとのことでした。

脉状も最初は痛みと内臓不調和から古いゴムホースのように蛇行し硬かったものが治療後は柔らくなった落差の大きさは普段脉診をしていない患者をも驚嘆させていました。合計七回で完治。帯脈流注上への刺鍼は毎回で、患者自身も腰部だけでなく腹部全体が一鍼ごとに楽に実感されることを伝えてくれました。

この治験は帯脈流注治療を応用しなければこれほどスムーズに進まなかったと自他共に認識しています。

 

 【手技の注意点】前回も書きましたが流注にはある程度の幅と深さが存在するようです。帯脈流注治療を活用するには流注を突き破ってしまう(硬結を通り過ごしてしまう)ような刺鍼ではあまり効果は期待できず抵抗のある部分で丁寧に硬結を緩めることだと思われます。

筆者の素直な感想としては患者はいかなる方法でも治ればいいのであり鍼の深さなど問題ではないはずです。それより我々は鍼灸を用いているのですから鍼灸独自の理論を持って治療の出来る体制を確立することが最も重要ではないかと強調します。「鍼を刺していくら」という感覚は鍼灸家の自己満足と寒気さえ覚えます。

 

 

2.下肢の冷感に対する治療

 【帯脈流注治療からの延長】腰部や下肢への治療を積極的にと書けば表現はよいのですが半分得意になりながら臨床をしているとすぐに壁はやってきました。

患者は三十八才の男性で職業は僧侶。座ることが仕事であり腰痛で来院した経験があります。今回は腰痛と右下肢の冷感で既にMRIで右下肢の血流量が少なくなっているので入院し場合によっては手術をしなければならないと告げられていました。

老人性痴呆の母親の病状も末期でありこれ以上病人が増えては大変と奥様から強制的に来院させられ、脾虚肝実証で治療し帯脈流注治療はもちろん使用して腰痛は数回で治まったのですが下肢の冷感が取れません。骨盤矯正も試みましたが手応えは大して感じませんでした。

治療直後は下肢は温まっているのですが患者の報告では「しばらくは良いが時々足をストーブで温めないとちぎれてしまいそうになる」のですからMRIを信じていなかった訳ではないのですが血流量が不足していることは間違いなさそうです。今まで『冷え症』と言えば西洋医学的には血管運動神経の失調であり東洋医学的には逆気あるいは陽虚証として本治法を中心とする全身調整で苦労するケースでも十回未満で改善していたのですが、確かに効果を上げきれずに治療中断となってしまったケースも少なくありませんでした。ところが、素人の言葉で「足に血液が通っていない」状態が本当に存在すると認めざるを得ないのです。

では、どうやって下肢の血流量を増やすように治療すればよいのでしょうか。

結論から書くと臀部も異常に緊張していることに気付き、帯脈流注治療を先に行うことによって特に経穴の該当しない秩辺の下方に著明な反応を発見することが出来ました。その部分に刺鍼することであたかも斜角筋症候群が改善されるように血流量が増すような感覚を患者が報告してくれました。

この症例が劇的に改善しただけでなく、後述する治験例の下肢の冷感を訴えていた患者にも追試をすると同じ結果が得られました。

 

          ここで本文からは少し離れるのですが一言断っておきたいことがあります。「骨盤矯正を試みた」と書きましたが筆者は無秩序にいかなる手でも駆使したのではなく、経絡の調整が基本であるなら治療体系に様々な方法も組み込めることが伝統鍼灸術の強みであり、「骨盤矯正」も本治法を行った後に物理的に経絡の流れを阻害する因子を除去すると捉えれば立派な伝統鍼灸術の補助療法となり、さらにカイロプラクティックがいきなりの手技で筋肉の反作用も促したちまち元に戻ってしまうのに対して全身調整の後に補助的に加えるのですから、矯正される角度に関節を動かすだけで力も要らず反作用も発生しないのでより効果的と自負しています。

            

 【西洋医学的理論と考察】血流量が減少して発生した下肢の冷感が自覚的にも「血液が流れてきた」のですから刺鍼で特に気を配ったのは臀部だけであり、臀部において圧迫されていた動脈が解放されたと推測することが出来ます。下肢に注ぐ大きな動脈としては大腿動脈が有名ですが臀部でも下臀動脈があり、下臀動脈はちょうど臀部の膀胱経の経路下にあり秩辺の下方は大臀筋と梨状筋の重なり目にもなります。動脈の圧迫が解放されると言う推測にさほどの矛盾はないようです。

         解剖所見を詳しく調べると、胞肓・秩辺の部分には大臀筋の他に仙結節靭帯が存在し仙腸関節の維持に携わっています。俗に「骨盤がずれる」と表現される仙腸関節の異常は仙結節靭帯を緊張させ下臀動脈の圧迫も引き起す可能性は否定できません。しかし、仙結節靭帯は大臀筋の起止する部分でもあり大臀筋の緊張につながるので胞肓・秩辺の部分では動脈への圧迫は大したことがないはずです。むしろ今回注目している秩辺の下方(いちいちの説明は煩雑なので安直ですが下秩辺と以下は呼称します)は大臀筋と梨状筋が重なり、梨状筋上溝にも該当すると思われ仙腸関節の異常だけでなく疲労などによる筋緊張でも下臀動脈への圧迫は深刻な影響を及ぼすと思われます

        取り方ですが仙腸関節の外方(胞肓・秩辺)を強く押圧し硬く触れるのが仙結節靭帯です。その硬結に沿って下方(やや内下方気味)を探ると指がはまり込んでしまう部分が下秩辺です。仙結節靭帯を押圧されると痛みを感じますが下秩辺では心地よい響きが臀部や下肢へ伝わるはずです。

          

 【東洋医学的理論と考察】膀胱経は背部では一行線と二行線があり膝下で合流するとありますから下秩辺は膀胱経の阿是穴とも捉えられるかも知れません。しかし、帯脈流注治療によって反応が著明となり発見できたものであり、単独で反応が現れることもありますがさほど著明ではないのですから帯脈と何らかの関係があると推測できます。後述する検証実験により帯脈が下肢へ巡る起止となっているのではないかと考えられます。

あるいは下合穴と関連するとも考えています。下合穴とは府は総て腹腔内に位置しているのに大腸・小腸・三焦の経絡は手に分布しているので下焦に病がある場合には不都合が生じます。そこで古典には三里(胃)・陽陵泉(胆)・委中(膀胱)の各経絡独自の合穴に加えて上巨虚(大腸)・下巨虚(小腸)・委陽(三焦)の下合穴が記載されているのです。大腸と小腸は胃腸としてのつながりがあるので胃経上に存在することに異論はないと思われます。三焦は命門の火(心の陽気が腎へ降りて交流する働きを三焦が主る)が膀胱経を用いて伝わっているからだと思われ、膀胱経と胆経の間に「足の三焦経」が巡っているという記載もありますから膀胱経二行線は三焦を代弁して委陽に至っているのではないかと推測しています。

すると下肢の冷感が膀胱経二行線を用いることで改善できたのは三焦の陽気を下肢へ伝えたからだとも説明できます。

 

        検証実験を幾種類か試みました。❶下秩辺にまず刺鍼する → 帯脈流注は著明に緩み腰部も緩むが、その後に帯脈流注に刺鍼するとさらに緩む。❷仙結節靭帯にまず刺鍼する → 全体的な影響はほとんどない。❸帯脈流注上にまず刺鍼する → 当然ながら全体的に著明に緩み下秩辺の反応が触れやすくなり、その後に下秩辺に刺鍼するとさらに著明に全体が緩む。そこで❹帯脈流注にまず刺鍼し続いて仙結節靭帯にも刺鍼してみるのですが結果は❸よりも緩み方が浅く、❹下秩辺を指で押圧すると帯脈流注がリアルタイムで緩み下肢への響きが確認されたものの鈍感であり、帯脈流注に刺鍼してから下秩辺を押圧すると同じ結果ながら鋭敏に反応しました。

         この検証実験から刺鍼には順番があり下肢にも症状が存在するときに下秩辺を用いると効果が著明に上がり、逆に下肢に症状がない場合には無理に刺鍼しなくとも良いようです。

・手法についてですが、帯脈流注治療と同じく通常は鍼管を用いて刺鍼していますが深瀉浅補(伝統鍼灸術の手法で深い部分では瀉法を行い抜鍼時には補法として鍼口を閉じる)で行います。伝統鍼灸術の臨床をされていない先生方でも材質にはこだわらず管鍼で施術して頂ければ十分効果を上げることが可能ですが、流注を突き破らないように注意します。鍼の響きも起こさせない方が好成績を得られるようです。

 

3.活用法

 【まとめ】筆者の臨床では伝統鍼灸術によるいわゆる「本治法」が行われていることが前提ですが、帯脈流注治療に下秩辺を組み合わせることで下肢の冷感に対して好成績が得られます。これは単なる「冷え症」に止まらず斜角筋症候群のように血管圧迫で血流量が不足しているとMRIで診断された冷感に対しても効果が期待できます。

下秩辺は検証実験より帯脈の下肢への起止となっているようで、帯脈流注治療の後に用いるのがベストであり単独での使用はあまり適してはいません。また下肢に症状がない場合には併用出来ません。蛇足ですが胞肓・秩辺は仙結節靭帯にも当たるので仙腸関節の異常時に刺鍼すると効果を期待できるでしょう。

 【治験例】症例1:患者は五十才の女性で小脳変成の難病があり進行防止のために数年来院中。主訴自体は安定しているが真夏でも靴下がなくては辛く冬では「鉄よりも冷たい」との表現がピッタリの強烈な下肢の冷感があります。通常の如く脾虚肝実証で治療の後に帯脈流注治療に下秩辺を組み合わせてみました。するとあれほど頑固だった下肢の冷感が時には火照るくらいに改善し頻繁だった小便の回数も少なくなりました。治療継続中。

症例2:患者は四十才の男性。主訴は普段は何ともないもののランニングをしていると足底が痺れて足が前に出ない。肝虚陽虚証で治療し筋肉の突っ張り感などはすぐに回復したものの主訴がなかなか改善しないので、筋疲労により血管が圧迫されて酸欠状態から足が前に出なくなっているのではないかと推理し「足が前に出なくなる頃には冷感も感じませんか」と問診すると、多分そう思うとの答えなので帯脈流注治療に下秩辺を加えると見事二回で完治しました。

症例3:患者は六十六才の男性。主訴は腰椎椎間板ヘルニアによる腰痛と下肢の疼痛。一年前に来院して経過良好にも関わらず中断から周囲に諭されて再来院の今回は前回よりも腰痛は激しく、右下肢が歩行時に地面を擦っている状態で階段の昇降は特に困難。初期は難経七十五難型の肺虚肝実証で治療し激痛が回復した後は脾虚肝実証に変えました。ところが、帯脈応用治療も用いてはいたのですが回復が止まってしまい試行錯誤で疼痛は何とか取れたものの下肢の感覚鈍麻が改善せず、歩行時に気をつけていないとちょっとした敷居にも引っかかってしまいます。医者は首ではないかというのですが検査をしてみると何ともありませんでした。長期戦になり奥様と来院したときに「主人も冷え症で」という話から右下肢を調べてみると左に比べて冷たい!さっそく下秩辺も併用すると治療毎に徐々に下肢は暖かくなり回復しつつあります。治療継続中。

 

滋賀で組織している伝統鍼灸の研究会の仲間にも追試をしてもらっていますが好成績を収めています。諸先生方のご意見・アドバイスを是非お願い致します。

  

二木 清文

 〒522-0201  滋賀県彦根市高宮町日の出1406




論文の閲覧ページへ   資料の閲覧とダウンロードの説明ページへ   『にき鍼灸院』のトップページへ戻る