花粉症の治療

伝統鍼灸の病理考察から

滋賀県  二木 清文

 

1.花粉症と鍼灸治療

花粉症と言えば今や「国民的行事」と書けば語弊があるかも知れませんが、それだけいつの間にか蔓延してしまった病気であります。それだけでなく生命に別状がないので軽視されがちですが治療法が確立していないことも有名です。奇しくも生命に別状のない奇怪な病というのは(自分で表現するのも情けないというか奇怪と言うのか)鍼灸治療で劇的に回復できないものだろうかと患者の期待を集めています。古典にはもちろん「花粉症」という言葉は出てきませんが、病理を推測すれば実に著効の上がる手法が導けましたので、ここに報告します(最盛期のタイムリー性を外してとお叱りを受けそうですが年中行事であるために最新データを収集していると原稿執筆はこれでも急いだつもりなのです)。

その前に断っておきたいことがあります。筆者は伝統鍼灸術=古典鍼灸術=脉診流=経絡治療と言われる分野(具体的には漢方鍼医会の提唱する“漢方はり治療”)に属し、俗に本治法と呼ばれる五行穴・五要穴を用いて六部定位を整える段階を経てから行うことを前提としています。しかし、手技の項目を熟読していただき丁寧な施術を行っていただければ、この文章で紹介する背部の施術だけでも相当の効果を発揮できます。

 【花粉症の現状と問題点】ある週刊誌などでは日本人の十人に一人は花粉症だと言われています。確かに花粉症は年々増加し症状も悪化の一途をたどっていますから当事者にとっては外出もしたくないし憂鬱な春先の陽気です。あるいは稲穂や松など年中行事へと変わりつつもあります。

問題点としては花粉症自体はかなり昔(記録によると第二次世界大戦以前から)存在していたようでしたが、何故近年になって爆発的に増加したかという事です。子どもの頃には杉花粉の真っ直中で遊んで何もなかった人たちが現在は都会で微量の花粉に悩まされているのです。人類の体質が弱体化していると考えるのが妥当でしょう。社会生活・ストレス・運動不足などが考えられますが、特に食生活の変化と抗生物質の安易な投与は一時的現象では劇的であっても大局的には健康を維持したいという期待を意外な形で裏切ってしまったのかも知れません。。

 【花粉症の発生機序】西洋医学的な花粉症の発生機序は、アレルギー体質の人に花粉が飛来して鼻粘膜の肥満細胞に付着すると抗原抗体反応が起こり抗ヒスタミン物質が排出され鼻水が大量に出たりくしゃみや目のかゆみの原因となります。

しかし、ここでこだわりたいのは「花粉が飛んで来るから悪い」と発想をする人たちが多いと言うことです。確かに花粉がなければ花粉症は発生しないのかも知れませんが放射能のように浴びるだけで人類全体に重大な被害が及ぶものではなく、特定の人にしか発生しないということは別に花粉でなくとも赤痢菌やインフルエンザなど何でも良いのであって「常に細菌は大量に存在しているのに花粉がかすめただけで反応を起こすような弱い身体にしてしまったのは誰や」という論が抜けていると思うのです(親の責任というのも確かにありますけど基本的にはそれを改善しない受け入れて逆利用をしない自分の責任ですよ、やっぱり)。

つまり、病気とはどんなものでも他力本願で治るものではありませんが、花粉症は確実に自分の行いの結果発生してしまった病気なのですから単純に施術するだけでなく『自分で治さなくてはならない』と認識させることが肝要と考えます。

 

2.花粉症に対する漢方治療

では、鍼灸治療による花粉症の治療はどうすればいいのでしょうか。通常はアレルギー体質を改善するということになるのでしょうが即効は期待できません。即効を期待できない以上は鍼灸のみによる花粉症の治療を求めてくる患者も皆無に等しいでしょう。

鍼灸で即効を期待するには漢方独自の病理(どこで・何が・何故・どうなった)かを把握し、その病理状態を的確に改善する以外にはなく、それが可能なのは脉診を中心とする経絡治療(伝統鍼灸術)というのが筆者の答えなのですが、読者の先生方はいかがでしょうか?

 【病理】外部から摂取された五味は脾胃で腐熟され津液と蒼白(カス)に分けられ、さらに津液は衛気や血(これは広義の血で営気や津液や狭義の血もここには含まれる)や宗気など各種の働きに応じたものに変化します。宗気とは呼吸の原動力となる気のことです。胸に送られた気が心の作用により送り出される血と合し宗気も手伝って全身を巡るようになり、再び脾胃で津液を製造する準備に役立ちます。つまり、花粉症とは宗気の力が衰弱した結果であり、宗気を活性化させるには上焦と中・下焦の交流を改善してやればいいと推測できます。

 【治療目標】上焦と中・下焦の交流点となるのは隔愈です。患者の身体で検証していただければ一目瞭然なのですが、くしゃみなどで肩上部や肩胛間部も凝ってはいますが隔愈には著名な反応があるはずです。何故ならここは上焦と中・下焦が交流するはずなのに不都合が生じているからです。ですから、病理の立場からは隔愈の硬結を緩めてやれば上焦と中・下焦の交流が回復し花粉症も回復すると予測できます。

 

3.臨床実践の現場から

筆者は前述の病理考察に基づいて治療を進めておりますので、本治法に隔愈を緩める以外には(背部の散鍼などは当然行っています)特に何も行っていません。鍼灸治療を修得する段階で「治療量を少なくする」と口を酸っぱくされて習ったはずなのに不安感と自己満足からなかなか少なく出来ませんが、治療量は足し算は出来ても引き算はできないのですから患者はオモチャではないことを肝に銘じ「足りなければ足せばいい」と少ない段階で確認をして決断を下す姿勢が必要ではないでしょうか。

 【治療上の注意点】前述のように不必要なことは一切しないと言うことです。鼻の周囲に施術をするとか体質改善のために肩上部や腰部などの硬結を取り除くとかパルスを併用するなど考えたいところですが、本稿の提唱する漢方病理に基づく治療によれば本治法で全身バランスが整えられていれば隔愈を緩めれば症状は軽減することが予測できるのです。

脉診流の漢方治療の最も強いところは(アクシデントがないとして)完全に症状が予言できてしまうことだと筆者は実感しています。脉状が読める実力が着けば時間的なことまで予言できますし、その段階に至らなくとも病理が把握できれば患者に対して病状の進行を予言できて尊敬を浴びること間違いなしでしょう。その勉強は一筋縄ではないかも知れませんが....

 【具体的な手技について】花粉症の患者の隔愈は外虚内実(軽く触れると気持ちいいが押すと痛む所見)になっているはずなので、深瀉浅補(やや深い部分では硬結を緩めるために鍼をひねる気持ちの瀉的手技を行い   本当にひねるのではなくあくまでも気持ち的に若干の鍼先操作です   抜鍼時には鍼口を閉じる補的手技を行うこと)で対処します。筆者は俗に呼ばれる本治法の後に行う標治法で背部の散鍼の最初に捻鍼(流派により違いはあるでしょうが伝統鍼灸術のほとんどは捻鍼できめ細かな手技を指導しています)で丁寧に緩めております。ちなみに今回は用いませんが外実内虚(軽く触れると痛むが押すと気持ちが良い)には前述とは反対の手技を用いることになります。

管鍼で隔愈を緩めることは可能だと推測されますが、筆者は行ったことがありません(というよりは本治法で大半が緩んでいなければならないと考えていることと深いと言っても鍼管で叩き込めば突き破ってしまうような深さなのです)。しかし、本治法を行わない状態の隔愈はかなり固く、的確に施術すれば相当の治療効果は期待できると思われます。

 【治験例】❶患者は55歳の女性で春先にはマスクとサングラスなど完全武装しても鼻水・目のかゆみ・くしゃみ・それに伴う強烈な肩こりの花粉症に20年以上苦しんでいる。この時期になると食欲は落ち疲労も重なり年輩の母親の世話の気苦労も重なっているので脾虚肝実証で治療。敏感そうだが頑固な花粉症なので隔愈には知熱灸をすえてから丁寧に緩め背部は散鍼のみに留めました。経過は初回で症状が激減したものの付き合いで京都見物をして症状が再発しました。しかし、同様の治療を2回行うと完全ではないものの症状は安定し外出にも恐怖を覚えなくなりました。治療継続中。

❷患者は60歳の男性で❶のご主人。元々はこの男性が重度の糖尿病で来院し経過良好なので奥様を引き連れてきたのですが花粉症も若干あり隣に伝染したように症状が出てきました。内蔵全体のバランスが悪く視野も中心脱落がありC血体質から脾虚肝実証で治療するのに加えて隔愈を丁寧に緩めてやると花粉症の症状は一度で消失。

❸患者は45歳の女性でこれも頑固な花粉症に20年近く苦しんでいる。会社で喘息が鍼灸治療で改善した話を聞き来院。初診時にはベッド上でもティッシュが必要な状況だったがこの様なときこそ治療量のオーバーが失敗の原因になりやすいので本治法の他には隔愈を緩める以外のことはせず根気よく継続することを勧める。ところが、本人曰く「初回で90パーセント回復した」らしく春先には勤務に外出するのさえためらう状態が全く苦痛にならないと言います。その後は花粉量に応じて多少の変化がありますが概ね良好。治療継続中。

❹患者は25歳の女性で当院の助手。勉強のために行った自己治療があまりうまく行かず逆に体調を崩して元々の鼻炎に加えて花粉症も現れてしまいました。難経七十五難の肺虚肝実証で治療し隔愈を十分に緩めると呼吸が深くなり、治療直後から花粉症は消失しました。

 

この様に《隔愈を緩める》アプローチで現在は2・3回の治療でほとんどの患者に著効が得られています。先生方の御追試をお願いします。

滋賀県彦根市高宮町日の出1406

0749-26-4500  二木 清文




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