末期の大腸癌治療と伝統鍼灸術からの考察

                  (滋賀県)二木 清文

 

        序文

 この原稿は筆者が勉強会(漢方鍼医会)に於いて発表を既に終えているものでありますが、患者が命がけで与えてくれた体験はあまりにも貴重かつ心を打ち続けている出来事だったので、より多くの医療に携わる人たちにも知っていただきたいと再編集をしたものです。編集の要点は読みやすいように用語を一般的なものに改め、なおかつ伝統鍼灸術の表現でなければならないものには簡単な解説を挿入しました。従って本文そのものの変更はありません。

 文章は二重構造になっており、解説すべき用語にはアンダーラインを引き解説文には網掛けをしてあります。一読して主旨を理解された方や伝統鍼灸術に精通されている方は解説の網掛け部分を飛ばしてお読み頂けるとまた違った印象を持たれると思います。

 例えば、「筆者の臨床実践は伝統鍼灸術《いわゆる経絡治療で、病変は総て経絡の変動と捉え五行穴・五要穴を運用する本治法ほんちほうと脉診みゃくしんを特徴とする、日本独自の発展を表現するために伝統鍼灸術と名称を改めた》を基本としますので癌という病名にこだわる必要はなかったのですが、臨床家は患者を救うという使命に於いては西洋と東洋の垣根など存在しないのです」という形式になっております。

 

   1.はじめに

医療に携わる立場になるといくつかの避けては通れない壁に立ちはだかられます。『死』 と言う問題は、自分を含めて人間が必ず一度は通る関門でありながら誕生とは違って非常な悲しみを伴う大問題でもあります。今回は伝統鍼灸術による末期の大腸癌への取り組みだけでなく、どのように素晴らしい最期を迎えられるのかへの筆者なりの取り組みを報告致します。

 

   2.初診時の様子

  初診  平成九年五月

  患者  三十歳、女性、二児の母親、当院へは腰痛と不妊で来院してからの付き合い。従って七年近くを診察しており、様々な病症を持ち込まれて来ましたがいつも漢方医療への信頼は厚く、逆に言えば現代医療システムの不合理性をわきまえて自己の選択を押し通していたかも知れません。

数年前に患者の叔母を診察し、既に手の施しようのない胃癌である事を診断して大病院へ送り二ヶ月ともたなかった経験があります。

  主訴   腹痛と腰臀部痛。

  望診ぼうしん《望んで知る、即ち視診》   一年前までは太り気味で困っていたはずなのに、極端にやせて顔色は真っ青。

  聞診ぶんしん《聞いて知る、五臭・五音・五声だけでなく五味の好みを問う事が重要である》   弱々しく小さな絞り出すような声。

  問診もんしん   あまりの便秘に耐えられず下剤を使用した所排便はなく激しい腹痛に耐えられないと助手から報告を聞きました。しかし、患者の様子がおかしいのと脉状《脉診は橈骨形状突起に中指を当て示指と薬指を添えて橈骨動脈上を寸関尺の三部に分けて診察する六部定位脉診を指すが、脉差診ではなく脉状診を行うことが主流になりつつあるので脉診=脉状診を表現するケースが多くなりつつある》の異常さから、詳細は後述しますが問診と同時に脉を見たこの時点で筆者はガンを診断しました。他の医療機関の受診状況を尋ねると既に三週間前に検査入院を終えていると言います。口ごもっているので勇気を出して“ガンの脉に診える”と告げると、“ファイバースコープでも一カ所発見されているが便に邪魔されてあと何カ所あるのか見当がつかない”と癌を告知されていました。

思い返せば約一年前の夏に腹痛と持続的な下血で患者は来院をして来ました。腹痛は簡単に治まったのですがそれにしては脉の騒がしいのが治まらないのと持続的な下血は気になるので検査データを取って来るように指示をしたのですが病院へは行かずにとりあえずの苦痛が取れたので勝手に放置をされてしまいました。この時にもっと強制的にでも原因追求をすればあるいは大腸癌は進行を止められたかも知れないと、治療中に何度もお互いに繰り返す事になりました。

  切診せっしん   切経せっけい《経絡流注上を直接触診し診察すること》では脾経と胃経がハッキリと触れるのですが異常感覚で当然虚していました。腹診ふくしんでは便が詰まって硬く触れる大腸だけでなく古いホースのように蛇行している小腸までがハッキリ触れビックリしました。

 脉診ですが過去の経験から人工透析を行っている患者の脉のように指がしびれるような感覚を思い出していただけると近いと思うのですが、まるで脉の中に虫がはい回っているようなとても嫌な感じは癌の脉と診ています。このケースでは触った瞬間に顔が青ざめてしまうほどハッキリ癌を確信し同時にこちらが気を失いそうになりました。従って初回はそれ以上の脉状を覚えていません。

  病理考察びょうりこうさつ《漢方鍼医会では蔵府経絡の生理を考えいかにして病に陥ってしまったかを追究する=病理の追究により真の漢方医学実践を目指しています》  内臓全体の不調和は脾胃の不調和であり、そこに起因するC血に身体は汚れ切っています。さらに脾胃が働かない為に腎に貯蔵すべき津液も不足をしています。ところがC血と言っても血全体が不足をしているのでまず腎を補って脾胃を働かせ全身を活性化させる事も考えましたが、津液を作る能力すらないのですからこれは無理です。C血は相当に頑固そうなので肝実に対して七十五難《生理からC血は程度に差はあっても確実に肝実を引き起こします、すると難経七十五難型は一般に言われる過去の遺物ではなく漢方鍼医会では頻繁に臨床実践している治療法則です》を用いる事も考えましたが、七十五難では脾は平となっていなければならないので《七十五難の脉型は肺(虚)・腎(虚)・肝(実)・心(実)・脾(平)です》このC血処置も無理です。従って脾虚証はゆずれないものとなります。問題はどのようにC血(肝実)を処理するかですが、やはり営気に対する手技を用いたいと考えました。すると胃経に営気に対する手法を行えば六十四難で腎を救う事にもなり、あらかじめ心(心包)を補っておけば腎が救われる事によって肝実も血の流れによって救われます。従ってこれはC血に対する脾虚肝実証《本来なら気血津液の製造元である脾が虚しているのに実はあり得ないのですが陽経から進入した熱が胆に達して隣接する肝をも温め肝実の状態になる、あるいは中絶や出産などに代表されるC血の発生が先で脾虚になってしまうケースがあり脾虚肝実証と表現すべき六十九難で治療すべき証が存在してしまいます,つまり真の意味での陰実証は肺虚肝実のみで七十五難のみが全く別の治療法則であることはむしろ自然だと思われます》の病理と完全に一致をします。

  治療  治療側《経穴は両側を使用するのではなく優先側を判定して片方刺しの臨床をしています》は右で心包経の大綾を補い、続いて右胃経の三里に営気に対する手法《血を直接動かすための手法で、慣れないうちはリユウズをやや堅めに持ち刺鍼時間は当然長くなりますので疲れにより鍼が揺れ始めるのを待っている事で十分だと思われ慣れれば経絡の流れに対して鍼を立てたり寝かせたりする手技を行うと営気に対する手法となるようです》を行います。続いて右小腸の支正を瀉しました。初回でもあり背部は散鍼と腸骨陵の上下特に臀部側を丁寧に緩めて終わりました。患者にはとにかく希望を捨てずにお互い真剣勝負で共に闘う事を誓って初回を終えました。

 

    3.経過

初期は一日おきで治療を行いました。驚いた事に初回の治療後には「こんなにお腹に溜まるものなのか」と驚くほど二時間おきに大量の排便があり、すっかり体調も胃腸も改善したかのようにも思えました。ただ夜間になると臀部から下肢にかけて自発痛があると言います。その痛みは次第に増悪し本治法は同じながら臀部を中心に処置をすると快調になるのですが長続きしません。自発痛がひどいので「骨盤転移ではないのか」と尋ねられましたが放散痛の範囲は狭く動いているとましなので大きな転移もなければ癌直接の痛みではないと推測される旨を伝えておきました。

 患者とは初回からの約束で「もしどうしても痛みが止まらなくなった時には痛み止めの薬が必要だし、検査をする事は有意義だから病院もケンカをせずに引き続き受信する」事を約束していました。痛みを理由に病院を予定外に受診をすると入院を言い渡されてしまいました。

「やっぱりどうしようもなかったのかなあ」と半分内心ではホッとした所へ、夫君から「嫁さんは病気だからとそんなに簡単にあきらめられません。鍼に行くととても楽になると言いますからもし退院が可能であるなら又診察をしてもらえるでしょうか」と涙声での電話があり、「自分は治療家ですから出来る限り全ての力を治療を希望される患者全てに投入しているので拒否をする理由は一切ありません。治療を希望していただけるのならどんな事があっても最後まで出来る事を尽くさせていただきます」とこちらも涙をこらえながら答えていました。

そして、臀部痛は腸が激しく動いた為の一時的な腸閉塞によるものであり、点滴のみで処置が終わり退院後再び通院が始まりました。便がなくなり腸全体の検査結果は、手術がもともと困難な位置であり患者の体力も考えると仮に手術をしてもとても取り切れないとのことです。化学療法は本人が絶対に拒否をしていました。生命延長に最も効果的なのは人工肛門を腹壁に開ける事ですが醜い姿になることと癌の進行自体にはささやかな抵抗であり、つまり西洋医学では限りなく『0』に近いアプローチしかなく唯一『1』の出せる可能性を残しているのは鍼灸治療しか考えられないと週二回の治療に三人四脚で取り組む事となりました。

六月に入ると外出時には何ともないものの、家にいると常に自覚的には便とも水とも区別のつかない腸液が出てトイレに頻繁に通わなくてはならないと言います。しかし、短時間であれば買い物にも出かけたり食欲も出て非常に喜んでいました。驚いた事に癌そのものが消失した訳ではないのに腫瘍マーカーの数値がマイナスになるなど医者をも驚かせていました。しかし、腸閉塞の時に「鍼灸のような民間療法で何ができる!」と怒ったわりにファイバースコープでも判らなかった部分まで診断をしていた事から、逆に医者の機嫌を内心では悪くさせていたようでした。

七月に入ると「どうしても残便感が気になる」と訴えられていた所へ、腸の流れを良くする点滴が施され下痢が全く止まらなくなってしまいました。小腸の蛇行がよりハッキリと触れるようになり患者もだるさを訴えます。病理考察は変わらないものの触診により違うアプローチも検討しましたが思うような感触が得られず、「薬により無理に内臓の動きをコントロールしているのだから鍼はあくまでも自然治癒力を重視するので独自ペースを維持する」と治療は全く同じ形で続行しました。下痢は体力を奪うので痛みや発熱はないものの患者は次第に衰弱し腫瘍マーカーも再びプラスの数値を示すようになってしまいました。

 脉状もかなり改善していたのに虫がはいまわるような感じが再び強くなったものの、むしろ下痢により平べったく脈動を感じるのがやっとという日もありました。

 

    4.死に至る五段階

ここで本論とは少しそれますが、患者とよく話していたエリザベス・キューブラー・ロスの死に至る五段階について話しておきたいと思います。ロス女史は『死と死を見つめるセミナー』として死を目前にした患者に対して「私たちの教師になって下さい」と頼むと、大反対をした弁護士や医者の予測に反してほぼ全ての患者が喜んで話をさせて欲しいと申し出るのです。自分が生きた証を少しでも残せたらと思うのと素直な人間の気持ちの現れだからです。

まず単純な事ですが病気の始まりには衝撃が走ります。

 【第一段階】否定 「自分は癌じゃない」とか「診断ミスに違いない」と病気からの逃避をします。

 【第二段階】怒り 次に怒りを覚えます。これには二通りあり「どうしてこんなに真面目にしていた自分が癌にならなくてはならないのか」と自分に怒るケースと、「周りはどうして注意をしてくれなかったのだ」と他人に責任転化をするケースです。

 【第三段階】取り引き 「神様、私はこの病気の原因がハッキリわかりましたので改心しますから救って下さい」とか、ある朝に目覚めると担当医がそこに笑いながら立っていて「これは新薬なのだが君の体質に合う事がわかったからきっと治るよ」と声を掛けてくれるなど、それこそあるはずのない取り引きを望みます。

 【第四段階】憂鬱 病気は否定のしようがなくなり、憂鬱の段階となります。

 【第五段階】受容 解脱と言うのか悟りの段階になって死は単なる終わりではない事に気がつきます。『死と成長、このおかしなパートナー』とロス女史も言うように、死は人間の成長の最終ステージとなります。

ただ、悟りに達する事のできる患者はむしろ少数で否定や怒りの段階のまま死に至るのは悲しい事です。

 

   5.救急車を呼ぶ

八月に入ると今度は下痢を止める点滴が施されました。すると腸液は垂れ流しのまま便が全く出なくなってしまいました。

運命の八月十三日は前日に病院を予定外に受信したものの閉塞はしていないと何もしてもらえず、どうしても初診時のように便を出して欲しいと言います。下痢の時に様々なアプローチを試みてもおもわしくなかったので「鍼は独自ペースを守りたい」と進言したのですが、「夏期休暇もある事だからアプローチを替えて欲しい」と言われました。ざんざん迷いながら脾虚陰虚証《脾が製造する津液が不足する状態で虚熱が発生し五蔵は熱症状を呈するようになる、但し生理からすれば頻繁には存在しない》で陰陵泉・曲沢と委陽を補い、そのまま休ませて他のベッドで処置を始めて間もなく悲鳴が聞こえてきました。S状結腸に停滞していた便が直腸へ向かって動いてはいるのですが患者は痛みで悲鳴をあげ続けます。ムノ治療や本治法など数分格闘をしましたが患者の苦しみ方から救急車を呼ぶしかありませんでした。

 筆者も夫君の自動車に同乗して運ばれた病院へ付いて行きました。救急隊員も看護婦も好意的で、医者も事情をすぐ察知して責められる事はなく注射により痛みは間もなく鎮静し、掛かり付けの病院へそのまま転送され、筆者はすぐ近くだったので空しく歩いて帰るしかありませんでした。

明くる日に見舞いに行くと外科術は行わずに便は排除され意識もハッキリしてはいましたが、交わす言葉が見つかりません。

 

   6.考察

患者の死を聞いたのは夏期休暇が明けてすぐでして、すぐにもお悔やみを申し上げたかったのですが余りに筆者の治療からの経過が目まぐるしいので忌明けの後と決めました。しかし、親戚が来院した時に「鍼に行くと具合が良いと喜んでいたのに最後は自分で命を取ってしまうなんて」と言う言葉を聞きました。詳しく聞くと入院三日目(運ばれて筆者が見舞ったのが二日目で、その次の日)に、夕方実母から夫君へ付き添いが変わった直後「ジュースが飲みたい」と頼まれて買い物に出たわずか十分間の間に、七階の病室からの投身自殺だったという事です。筆者は見舞いに行った時に病室の窓枠は1m以上の高い所に作られていた事を覚えていました。例え踏み台を使ったにせよ、点滴のチューブを引き抜き踏み台を持って来るか自力で窓枠によじ登っての投身であり、逆に言えば患者はそれだけ動ける体力を持っていた事になります。この事実を聞いて筆者は仏前に近づけなくなってしまいました。

治療経過をもう一度整理すると、一貫してC血に対する脾虚肝実証で行い結果的に最終回となった時のみが脾虚陰虚証でした。医者の余命宣告からは二ヶ月も長生きであり腸の閉塞時には点滴を受けたものの最も心配をしていた痛み止めは一度も使わずに済みました。一度は腫瘍マーカーもマイナスとなり家族の時間も戻り、身の回りの事は最後まで自分で出来たのに誰も殺そうとした訳ではないので責める事は出来ないものの、無理矢理コントロールを試みる点滴により振り回され鍼治療もとばっちりを受けた事になります。

筆者は死を迎えること自体は誰もが 一度は体験をする事ですから、関西弁で言う「しゃあない」と思っています。それよりも問題にしたいのは患者に尊厳ある納得した状態で死を迎えてもらえたのか、悟りに達成出来たのかと言う事です。投身自殺と言う最期は筆者に大変な内傷を起こさせ、しばらく立ち直れませんでした。

 「死んでも良いから鍼を続けたい」と言われたのは初めてでした。名誉な事とは思いつつも、正直にはその期間はとても苦しくて身が縮まる思いでした。しかし、結果的に患者は亡くなったのですが 医者をも驚かせる成果を上げたのは伝統鍼灸術の目指すところであったと思います。要するに日本の社会の中でどのように「死」というものが捉えられるかによって、我々の手の内で亡くなられる患者はこれから増えてくることでしょう。その日の為にも死に対する概念や思想、そして伝統鍼灸術の腕を益々磨いて行かねばならないと、そして後進の為にも今我々が頑張らなくてはならないと決意を新たにしています。

  最後に、この患者の最高の供養は治験として発表をする事だと信じましたので、冥福を一緒に祈っていただきたいと思います。

 

   後書き

 患者は必死に生き続けようとしていたことを断言できます。そうでなければ現代の常識では考えられない最終段階までを総て鍼灸師に預けるという行動を家族や親戚に自らが説得し、その結果としての夫君の協力を得られた事実が証明しているからです。

 患者は西洋医学を嫌っていたとも書けますが脉診が伝統鍼灸術が好きでした。鍼灸師“二木”を信頼していただきましたが、それ以上に伝統鍼灸術という治療法への信頼が前提だったと感じます。

 伝統鍼灸術とは完成されたものなのか、あるいは筆者の技術は十分なものなのかと問われれば答えることは出来ません。ただ、言えることは最期まで自分自身で身の回りの世話をして痛み止めも使わないという初期の目的は達成できたという事であり、これは脉診による伝統鍼灸術が患者の信頼に応えられる力を発揮しうる鍼灸術であるという事です。筆者はこの体験により人間的な悲しみと苦しみに体調の優れない日々を過ごしましたが、それを救ってくれたのも伝統鍼灸術の優れた治療成績でした。

 筆者は「伝統鍼灸術以外は鍼灸ではない」と批評しているのではありません。しかし、経験年数のある伝統鍼灸術の臨床家であれば多かれ少なかれ予後不良と診断された後の患者を扱った経験を必ず聞くことから、鍼灸独自の(本来の)姿での治療体系の構築をすることが肝要ではないかという事です。

〒522-0201 滋賀県彦根市高宮町日の出1406




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