【鍼灸東京大会】(ビデオ台本)

  肝実証によるC血治療に衛気と営気に対する手法からのアプローチ

── 難経七十五難型の肺虚肝実を中心に ──

 

二木 清文

 

それでは、さっそくフリップを示しながらビデオの説明を進めていきます。

  【現代生活とC血】

現代の加工食品全盛や交通地獄・劣悪な住宅環境、あるいは薬の乱用状況等々でC血が発生をしていないはずがありません。

  【C血と七十五難】

「C血」とはやまいだれに於いて、あるいは悪い血と書くように充満停滞し古くなって働きを阻害するようになってしまった血のことです。C血を湯液では盛んに叫ぶのに鍼灸で聞かれないのは、鍼灸が病理というものを組み入れてこなかったからに他ありません。我々が推し進める“漢方はり治療”では、生理と病理の考察により正しい証を導き出すことを主眼としています。

C血は血を蔵する肝のみで発生をします。つまり、肝実とはC血のことであります。従って、難経七十五難の肺虚肝実証とは病理を考察するなら頻繁に存在すべき証であり実際に臨床活用しています。それでは、肺虚肝実証の病理を考えてみたいと思います。

  【急性症の病理】

肺は「相傳の官」と言いますが、これは心の非常に旺盛な血を巡らせる助けをするという意味です。つまり、肺の力が落ちることによって血が充満停滞をしてしまいます。あるいは肺気と腎気の巡りが悪くなったときに脾虚にはならずに肺虚のままで進む場合が考えられます。

代表的な病症としては内熱を伴う発熱や激症の筋肉痛(この場合には肝の症状のみが目立つ)などがあります。

  【慢性症の病理】

何らかの原因により発生したC血による血熱で、腎の津液が乾かされてしまった状態です。脉差ではまさに腎虚で肝実であります。しかし、肺が正常であれば金剋木の関係が働き肝実は発生をしないはずなので病理的にはあくまでも肺虚肝実証と呼ぶべきと考えています。

代表的な病症としては慢性の筋肉症状、あるいはこれがC血の症状と呼ぶべきでしょうが内熱を伴う不定愁訴があります。

  【脉の改善】

これより臨床に入って行きたいと思いますが、その前に脉の改善についてお断りしておきたいと思います。古典鍼灸術では脉診を重要視するあまり「脉が改善されれば患者は治る」などの乱暴な表現により誤解を受けてる事があります。しかし、これは補瀉による病理状態が改善された結果脉も改善しているのであります。ビデオに脉を映すことは出来ませんが後で行う実験で腹部が緩むのは病理が改善された結果であり、同時に脉も改善しているのです。

  【肺虚肝実証の脉型と治効機序】 → 図1

図は脉差を中心に示したものです。脉差で表現するなら肝・心が実、脾が平、肺・腎が虚です。脉状では、肝実でありますから素問に「むすぼれるが如し」とあるように上から下まで途切れることなく触れます。対して肺は菽法でも大して離れた位置にあるわけではなく虚した感じも受けません。これに対して腎は肝実との絡みなのでしょうが抜けたような脉と表現をしていますが菽法さえ表現しにくい脉です。

治効機序について考えてみたいと思います。初めて七十五難に遭遇した時に、復溜に手を当ててから肝実が落ち着くまでに脉の変化が緩慢なことに気が付きました。「肝実」ですから血に対する手技が必要ではないかと推測されます。条文では『南方を瀉し北方を補い』とありますから治療は腎経から始まります。腎経を補うことによって水剋火が働き心が落ちます。心が落ちることによって火剋金の関係が解消され肺が救われます。肺が救われると本来の金剋木の関係により肝実を抑えに行こうとします。肝はたまらずに病を木剋土で脾に渡そうとするのですが、この場合の脾は平なので病を跳ね返し肺からとの挟み撃ちによって肝実がとうとう落ちます。従って、相剋を伝わっての経過のために脉の変化が緩慢であり血を直接動かす手法が必要であります。相剋を伝わる七十五難は肺虚肝実証の為だけに用意された難だと推測されます。

しかし、これだけでは臨床には投入できません。脈を診ていれば判るのですが、腎は確かに出るのですがさほど補われた感じを受けません。そこで腎陽、これを「命門の火」と解釈して三焦の陽池(同側で補う場合が多いようです)に再び血を補います。残るは『南方を瀉す』なのですが、心・心包は肝実を落とす過程で既に働いていますし三焦も使ってしまいました。残るは小腸のみです。そこで反応を確かめながら軽く瀉してやると実に良い脉になるので臨床追試中であります。

  【気の手法・血の手法】

手法について考えていきます。衛気とは陽気のことであり、現在六十九難を中心に臨床応用されている手法のことであります。これを以下「気の手法」と呼びます。

営気のへの手法とは血の陽気を動かすことであります。難経では営気を補うことは瀉法であるという記載がありますが、肝実を落としたように結果的には瀉の働きをするものかも知れません。これも以下「血の手法」と呼びます。

  【自然体】 

気の手法・血の手法のどちらでもまずは自然体で立てることが重要であります。自然体で立つにはいくつかポイントがあり、頭を下げない・肩幅で立つ・そして真の意味では平行で立つことが重要であります。それでは実技により説明をしていきます。

 

(フリップから実技映像に変わります)

「自然体」で立つポイントにはまず頭を下げないと言うことが挙げられます。頭を下げてしまうと姿勢を悪くし肩に力が入ってしまいます。あるいは、押し手・差し手も曲がって痛い鍼の原因となります。次に肩幅で立つという事ですが、足を付けたままではどこにも力が入らず肩にばかり力が入り疲れる原因ともなります。反対に足を開いてしまうと足のみに力が入り、上体が反ってしまうあるいは前に倒れると言うことになります。これも痛い鍼の原因となります。良い姿勢で鍼を討つという事はしゃがんで施術する場合も同様で背筋を伸ばす必要があります。患者に寄り掛かるようでは押し手も差し手も曲がってしまい痛い鍼の原因となります。痛い鍼というものは効果以前の問題でありますから、是非とも良い姿勢を心がけたいものです。

次に、自然体で立つことで最も重要な爪先を真の意味での平行にして立つという事があります。自覚的に平行だと思っている状態はこれであります【写真1】。しかし、診て頂ければ判るように若干開いています。真の意味での平行とは(爪先を内側に向けて)この様な状態であります【写真2】。自覚的にはかなり内股であります。真の意味の平行を自覚するためには臍下丹田に力点が来ていることが判りますので常に気を付けていることです。

爪先を真の意味での平行にするための練習ですが、最初は足を閉じた状態から足幅を開くと言うことを行っている方がおられるようですが股関節の形状から自然に若干爪先は開いてしまいます。ですから、足を開いてから内股気味を意識すると言うことで練習すべきでしょう。それでは、実際に指導をしてみましょう《編集者より:動画でないと判りづらい場面なので、この部分は括弧により注釈を加えます》。

まず自覚的に平行の状態で立ってもらいます。この時の肩上部の硬さはこの様で深呼吸による動きもご覧の通りです。この時に爪先を蹴って平行を作ると覚えやすい様です《注釈:モデルの後ろに立ち角度を確認しながら爪先を蹴って調整している》。それでは、どう変化をしたかというと肩上部はこの様に柔らかくなり呼吸も深くなっているのが時間が長くなっていることから判ると思います《注釈:肩上部を押さえた指は深く沈み筋肉が緩んでいることが見える》。自覚的な平行状態に戻してもらいます。肩上部は固くなり呼吸も浅くなっていることが判ります。再び真の平行状態にしてもらいます。明らかに肩上部が緩んでいることが判り呼吸も深くなっています《注釈:肩上部を押さえた指は再び深く沈み深呼吸も手の動きが大きく長くなっていることで判定できる》。つまり、自然体で立つと言うことが一番力が抜けて気を出すにはこの立ち方が最も楽だとも言えます。

 

それでは自然体では自然体で立つと言うことを前提に、臨床追試中の気の手法・血の手法を解説してみます。

気の手法では、自然体で立ち軽く結所に押し手を軽く構えて鍼を当てて静かに待つことで十分だと思われます。血の手法に対しては、自然体で立ち結所に押し手を構え鍼を当てて慣れないうちはリユウズを若干堅めに持ち疲れによって鍼が揺れ始めるのを待つ程度で十分だと思います。慣れれば経絡を揺さぶる気持ちで鍼を立てたり寝かしたりを繰り返すことによって血の手法となるようです。(豪鍼による手法の実写は省略)

 

それでは、先ほど理論の中で七十五難に於いては血の手法が必要であることを説明いたしましたが本当に血の手法が必要なのか、あるいは気の手法ではダメなことを実験により証明いたします。何度か繰り返しましたが脉の改善とは病理状態の改善に追随する現象です。そこで、今回は脉はビデオに写せませんので腹部が実際に緩むことで代用したいと思います。実験方法は二台のベットの片方に寝た患者の腹部に検者の手がどれくらい入るかで検証しようと思うのですが、客観性のためもう一台のベッドに支点を置いた長い棒の先端も腹部に当てどのように緩むかで検証します。(棒の先端荷重は0.5kg)

 

私が臨床追試中の腹診について説明します。押さえ方は三本くらいの指(示指・中指・薬指)の遠位指節間間関節に力点が来るようにし難経流の腹診にヒントを得ているのでかなり強く押します。【写真3】

左悸肋部で腹直筋の外縁を左腹診点、右悸肋部で腹直筋の外縁を右腹診点、中央で鳩尾付近を上腹診点、中カン・上カンあたりを中腹診点、臍下陰交付近を中腹診点と呼んでいます。この腹診は「反応が現れる」という表現をしますが抵抗があるかないかの単純な基準を用います(それぞれに証判定や注意点は『漢方鍼医』六号を参照下さい)。今回の場合は腎虚証に於いては左腹診点と右腹診点が同時に現れ、七十五難の肺虚肝実証に於いては左腹診点と上腹診点が同時に現れます。

これから二つの実験を行いますが、一例目は肺虚肝実証で二例目は腎虚陽虚証のモデルですから左腹診点が共通しますのでこの腹診点の緩み方によって検証をします。

 

  《実験1》

まず一例目は七十五難型の肺虚肝実証のモデルを治療します。肺虚肝実証では「肝に血が停滞している」と言うことですから血の手法が必要です。

それでは治療前の腹部の硬さをご覧下さい【写真省略】。まず腎経を軽擦し腎気を流してみます。これでも若干腹部は緩みます【写真省略】。次にこの患者は復溜が適応であることを予診してありますので復溜に気の手法を行います【写真4】。ところが、気の手法では逆軽擦をすると緩んでいた腹部はあっと言う間に元の硬さに戻ってしまいます【写真5】。次に血の手法を行います。復溜を取穴し鍼を経絡を揺さぶる気持ちで立てたり寝かせたりします。血の手法ですから若干時間が掛かります。先ほどよりかなり腹部が緩んだことが判ると思います【写真6】。先ほどと同じように逆軽擦をしてみます。今度は腹部の硬さは戻りません【写真7】。

つまり、七十五難型の肺虚肝実証に於いては血の手法が必要であるという事です。

 

  《実験2》

二番目の実験は腎虚陽虚証に対して気血それぞれの手法を行ってみます。腎虚陽虚証とは、腎の貯蔵する津液が過多となり冷えを表している状態です。ここに血の手法を行うと津液をさらに溜めることとなり病理状態を後退させることになってしまいます。血の手法を行えば最初のうち腹部は緩みますがまもなく検者の手が押し返されてくることに注目して下さい《注釈:動画でなければ判りづらいので検証を掲載します》

手技を行う前の腹部はこの様です【写真8】。この患者は大渓が適応であることを予診してありますので、まず血の手法を行います。血の手法で腹部は最初は緩むものの、やがて深部から検者の手が跳ね返される様子がご覧になれると思います。検証をしてみると手技を行う前とあまり変わっていません【写真9】。ところが、逆軽擦をすると腹部は血の手法を行う以前より緩んでしまいます【写真10】。それでは、気の手法を行ってみます。自然体で立ち静かに鍼を当てます。腹部がかなり緩んだことがご覧になれると思います【写真11】。これも逆軽擦をしてみます。腹部は若干硬さを増すものの血の手法の時ほどにはなりません【写真12】。

つまり、六十九難型の腎虚陽虚証に対しては気の手法が必要であるという事です。

 

結語です。七十五難型の肺虚肝実証に於いては血の手法が必要であります。しかし、血が動かせれば影響力が大きいので全てに適応が出来るかと言えば、六十九難型に於いては気の手法が必要です。つまり、性に合った適切な手法が必要であるという事です。

最も大切なことはC血治療とは漢方医学でなければ成し得ないと言うことです。漢方でなければ成し得ない治療を目指すことこそが、漢方医学を目指すことこそが鍼灸術の目指す未知ではないでしょうか。

蛇足ですが、私の難経七十五難型の肺虚肝実証に於いて、C血が軽度のものより大渓、中程度のものには大渓を、中程度のものには復溜を、重度のものには陰谷と使い分けております。是非御追試下さい。

漢方を実践すると言うことは伝統的な鍼灸術でなければ成し得ないと言うことを今回の発表を通じてさらに感じました。異常で発表を終わります。

   【質疑応答】

 編集者より:座長のフォロー(立ち方を実際に行うなど)にもかかわらず掲載すべきと思われる質問は出ませんでした。但し、東京衛生学園の教員より「検証に用いたものはスキー板にしか見えないが適切な道具としてはあまりに貧弱ではないか」「荷重が0.5kgだと言うがこれを算出した根拠はどこにあるのか」とあり、答えとしては「腹部を金属のように冷たくなく自立して押さえる道具として特別な制作をしなくても用いれたからスキー板で荷重がたまたま0.5kgであったことを撮影しただけ」でした。今度は「私が認識している自然体という言葉は発表中のものとは違う」との意見に、「最も力が抜けて臍下丹田に力が入る姿勢なので自然体という表現を用いて差し支えないと考えていたし助手の通う空手でも同じ事を表現しているので問題はないと思っていた。しかし、様々な武道や作法ではそれぞれに自然体という表現を用いているらしいので貴重な意見として拝聴しておくことにする」殿問答がありました。

 発表者より:伝統鍼灸を脉診ではなく画像で表現しようとする試み自体に無理があるのは確かです。それを何とか腹診を用いることで表現しました。指摘をされたように実験道具や方法と言葉の表現には慣れないせいもあって未熟な面があったことを素直に反省しています。しかし、伝統鍼灸も映像やデータで客観的に表現する方法の最初を打ち出すことが出来たと思います。蛇足ですがこのビデオを見た人の感想は素人の方が「確かに変化している」と評価してくれたのに対して、伝統鍼灸以外の鍼灸師は用語や理論も違うのでしょうがそれ以上に最初から伝統鍼灸を否定する態度が明白で「分からない」と評価してもらえませんでした。まだまだ壁は厚いようです。

 

 




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