鍼(ていしん)により正確に陽気を補い改善した冷え性

 

漢方鍼医会  二木 清文

 

 漢方鍼医会は今年十周年記念行事を無事に終えることができました。漢方鍼医会発足の理念には経絡治療として発展した中で漢方医学独自の整理・病理が抜け落ちていたことからの病理考察を中心とした証決定や、六部それぞれの脉状にも注目する脉診を行うということがあります。それは「難経」が本来意図したものを実現するための根幹であり、これらを中心に研修を続けてきました。

 その中から形としてほぼまとまってきたものが「体表観察」であり、「衛気・営気の手法」であります。難経の解説書では気が動けば血も追随して動いてくることを強調し簡略化するため「衛気・営血」という表現をしていますが、難経そのものは選経と選穴があり、その上に経脈の外を自由に巡り護衛をする「衛気」と、経脈内を流れる「営気」を操作することにより治療は成立するとしています。

 ここで少し回り道になりますが、気・血、衛気・営気、陽気・陰気の考え方を押さえておきます。衛気とはいわゆる「気」のことであり陽気とも言い換えられます。しかし、単純に陽気・陰気と表現した場合には働きを意味するのであって物質のことまでも表現しているわけではありません。実際に営気は経脈内では主に津液と一体となり血を構成していますから、陰陽で区別すれば津液の方が陰となり営気は「血中の陽気」ということになります。つまり陽気・陰気とは働きのことであって場面ごとに対象が異なり、気血にしても何を対象に表現しているのかという前提をハッキリさせていなければ、話は無限循環に陥ってしまいます。今回の発表では経脈外を流れる衛気と、経脈内を流れる営気という物質としての気を基準に話を進めさせて頂きます。そして陽気を補うということは、どのようなことなのかを考察します。

 

 

   はじめに

 この症例は精神的負担に耐えきれず、急激に冷え性を発症してしまったものです。手技や用鍼だけでなく精神面にも配慮することで正確に陽気を補うとはどのようなことかを再考察させられました。

 

   症例

  患者 十七歳、女性、小柄で少し太り気味、既往歴は特になし。

  主訴 全身の冷感、月経の停止。

  現病歴 中学は卓球部だったが高校進学とともにテニス部に転向し、当初は種目の違いに戸惑いながらも一生懸命にスポーツに取り組んでいました。ところが先輩からほとんど「いじめ」の不当な扱いが続き、それでも耐えていたのでしたが半年して我慢の限界を越えてしまい突然身体全体が冷えてしまい全く温まらなくなってしまいました。自覚的だけでなく他覚的にも手足が冷たく、お風呂に入っても全く温まりません。

 そこで部活動を辞め様々な治療に通院するものの冷感の改善は全くなく、精神的にもますます追いつめられて月経が完全に停止していることにも気付いたとのことです。最初は「鍼灸」という言葉に乗り気とならず、本来は陽気な性格がふさぎ込んでいるという印象で初回では母親と妹がベッドサイドに付き添っているという状態でした。

 

   治療

 証決定は十代の女性としては異常な冷えなので、最初は正攻法というか単純に肝の貯蔵する血不足として診察してみましたが、肝経を軽擦して選経を確定させようとしても思うような反応が得られません。やはり病理をもっと深く掘り下げねばと月経が停止しているのは何故かを再考察してみると、精神面から金克木が正常に機能せず肝が血を蓄えられなくなっているだけでなく、肝血不足は発散の作用を低下させることからお血が大量に発生していると逆方向から捉え、下腹部を触診するとラグビーボール状の所見もしっかりありました。肝は「将軍の官」というくらいで精神力を主っているのですが、気を主る肺が押さえつけられていたのでは「肺は相傳の官」としての役割が果たせず心の旺盛な陽気を巡らせることができないので血不足となり、肝が貯蔵すべき血の不足は発散の作用を低下させることからお血が発生してきます。現代人にはこのような病理が多くあると思われます。

 そこで難経七十五難型の肺虚肝実証としてまず腎経を軽擦し、続いて太谿・復溜・陰谷と順に取穴し復溜で選経と選穴を確定させると、下腹部もその他の所見も全て改善の方向にあることを確認しました。脉状は沈・遅で、右関上にはトで決して強くはないが押し切れない肝実の脉を改めて確認しましたが、これもトが取れて脉全体が少しずつ浮いてきました。

 この症例では本治法においてはお血を押し流すために営気の補法が、標治法では陽気を循環させるために衛気の補法が必要であり、手技の使い分けがしやすい普段から主体としている鍼(ていしん)が効果的に働いてくれました。

 使用した鍼(ていしん)は大阪漢方鍼医会の森本繁太郎氏考案によるもので、長さは一寸三部の鍼と同じであり先端の六部程度が一回り細くなっていて気の流れを容易にコントロールできるようになっています。つまり毫鍼とは逆の構造となっているわけです。当然ながら細い側が接触面となります。材質は銅ですが他にも種類があります。この鍼(ていしん)は十五番程度の太さがあることが好都合となり、近位指節間関節から沿えることにより示指がまっすぐに伸ばせ、母指は軽く押さえるだけで充分なことから微妙な操作を可能にもしています。

 手技についてですが、まず自然体で立つことが第一条件です。その上で衛気の手法は皮毛に応ずる重さで押し手を構え、鍼はなるべく水平に近い状態で接触させます。営気の手法は血脈もしくは肌肉に応ずる重さで押し手を構え、鍼はかなり立て気味に接触させます。鍼はあまり動かさず気が至るのを感じたなら速やかに抜鍼し、それぞれの重さで鍼孔を素早く閉じます。重さについてですが、片方の手で反対側の三角筋を触った時に三角筋の側で触知されるようでは既に血脈もしくは肌肉以上の重さであり、三角筋では感じられないもののちゃんと接触しているのが皮毛に応ずる重さです。

 

 

   結果と考察

 結果は二回目の治療で全身が温かくなり、順次体調も回復しました。証は一貫して七十五難型の肺虚肝実証であり、用鍼は全て鍼(ていしん)のみであります。他の患者と並行して治療をするため二回目までは時間的には早く終了させるように配慮はしたものの、次第に本人も慣れるだけでなく治療そのものを楽しみにしてくれるようになったので特別扱いはしていません。

 最終的考察として、必死に耐えていたものが限界を越えたために陽気が吹き飛んでしまい、月経の停止は少なくなった陽気をさらに少なくさせないための自己防衛反応であり、これでは薬剤での調整や刺激治療で改善するはずがありません。月経が停止した理由を質問されていたので素人にもわかるように、「飲めない酒を無理に飲み続ければ最後には気持ち悪くなって背中も寒くなるだろう」という例え話の文書にして手渡しました。口頭でも説明はしましたが、文章でも説明したことが精神的安定につながったと思われます。

 

   結語

 衛気は経脈外を巡り営気は経脈内を巡り、鍼灸治療で求めているものはその働きとしての陽気の増大と円滑な循環であります。どちらでも自由に操作できる手法が必要であり私は第二十五回大会においてビデオによって適応する場面ごとに衛気と営気を使い分ける必要性と、その効果の違いを発表させて頂いております。この時点では毫鍼を用いていましたがその後の研究と技術交流により、現在はしなりの発生する毫鍼より形状の変化しない鍼(ていしん)の方が適しているのではないかと追試中であります。

 難経の記述を直訳で読むと営気の手技は瀉につながるとあります。営気を補うことは深い部分の操作ですから陰気を補っているのであり、物質面だけでいえば確かに瀉法です。しかし、経絡の正確な調整こそが結果的に陽気を補っているのであり、正しく陽気を補うことであると確信しています。そして経絡が整うことは精神の陽気を補うことにも直結すると確信します。

 

キーワード

陽気、衛気、営気、

 

522-0201 滋賀県彦根市高宮町日の出1406

      0749-26-4500FAX兼用)

E-mail  myakushin2001@hotmail.com

二木 清文




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