漢方鍼医第5号  第4回夏期研特集

 

症例発表とディスカッション

 

 杭瀬  お待たせしました。只今から症例発表とディスカッションに入らせていただきます。司会は私杭瀬と小池まき子、二人でさせていただきます。

では、最初に二木先生から腰痛を二題、症例発表していただきます。それでは二木先生、よろしくお願いいたします。

 

腎虚による腰痛

滋賀県  二木 清文

よく「釣り人はへら鮒に始まりへら鮒に終わる」と言われるのをもじって「鍼灸師は肩こりに始まり肩こりに終わる」と言われますが、肩こりと並んで腰痛は我々にとって最もよく接する疾患であります。しかし、簡単なものもあればお手上げのものまで多様であります。どんな疾患に対しても言える事ですが、治療成功の鍵は初診時の鑑別の的確さにあると思われます。

最初に着目すべき点は自発痛の有無で、動作痛のみのものは運動器のみに由来すると考えてよいでしょうが、逆に自発痛のみで動作に関係しないものは内臓器疾患の可能性が高いので要注意と思われます。

西洋医学的分類では物理的変化を目安としていますが、これらは我々にとっても非常に有効と思われますので、頭に入れておいても損はないでしょう。腰部のみに限局した痛みはいわゆる「ギックリ腰」で筋肉のみの疾患ですが、放散痛を伴うものは骨に起因するケースが大半です。

脊椎のずれる方向によって呼び名が異なります。上下では「分離症」と言い、脊柱付近の痛みが顕著ですが痛みが時間によっては消失する場合もあるのが特徴です。前後では「ヘルニア」で、左右では「すべり症」となります。共に腰部よりも尻部や下肢の痛みを強調します。鑑別法はヘルニアでは坐骨神経の経路が痛みますが、すべり症では股関節や大腿外側に痛みを訴えます。

その他に仙腸関節がずれるものもあり、特徴としては痛む部位がはっきりせず、同じ姿勢を続けると徐々に痛みが増加するのに姿勢を変えてしまうと見事に痛みが消失します。つまり軽く動き続けたり寝返りを打ちまくっていると痛みを感じません。

これらの局所に対して鍼灸を施す際の着目点ですが、まずは置鍼などで全体的に緩めた後に、原因部位の脊際がかなりの硬結となっていますから十分に緩める事と、神経の走行を考えて裏環跳(概ね小野寺)や梨状筋下孔などへの刺鍼も有効だろうと思われますので丁寧に施す事です。

東洋医学においては、病症論の有名なものを挙げると屈むのが痛むのは肝・反らすのが痛むのは腎・寝腰が痛むのは脾・じっとして居られないのが肺・横側が痛むのは胆の主りだとされています。又、津液や血の不足とかC血など病理的考察により証を導き出す事が最も重要である事は今更繰り返すまでもありません。

では、症例に入ります。

 

症例1

 患者   36歳男性自営業

 初診   平成8年4月

 望診   中肉中背で浅黒く体毛が濃い。尺部の色は黒。

 聞診   自分の身体にさえ嫌気がさしている様子で呻くような声。

 問診   この腰痛が発生したのは3・4年前からで、医者からは「椎間板症」と診断を受けてはいるが牽引とコルセットだけなので1年も通院はせず、その後カイロや鍼灸等勧められるものは全て試したがどれも大した効果はなく徐々に悪化を続け、この2週間前より尻部と膝下部の持続的な自発痛でとても辛いと言います。中腰でなければ足が前に出せず荷物は全く持てません。既往症はないとの事です。

 切診   ⑴切経はどの経絡も虚した感じのうえに春の十分に暖かくなった時期なのに冷えているのが気になりました。      

⑵腹診は全体的に枯燥して硬く常に腹筋で身体を支えている事がわかります。左右の季肋部が硬く個人的に研究中の腹診の分類では肝癪と肺癪の組合せとなり、腎虚として以後の診断を進める事にしました。  

⑶脉診は体つきを考慮に入れても、春にしては沈み気味で弦も帯びていません。やや遅脉で按圧すると段々硬くなります。菽法では位置がどうも不明確で、全て12菽のあたりに固まっている感じがしました。命門も浮いていたのでさらに見づらくなっていました。強いて最も正常な位置に近かったのは肝で隣の腎は不明確でしたが、肝は実脉という感じではありませんでした。

 病理的考察   病が劇症へと変化をしたばかりなので病理的にもそのあたりを考慮する必要があると思いました。体毛が濃いので肺の体質であったものが腰の物理的障害により腎に負担がかかり、当初は津液を不足させる程度で済んでいたものが悪化に伴って肺の宣発粛降作用を益々低下させ、ついに腎に水が停滞し始めた為に春の季節に追いつけずに脉は沈んだままで下肢にも冷感が現れたと推測しました。

 治療   従って腎虚陽虚寒証と決定して治療にかかりました。治療側は肓兪の堅さを参考に確認を含めて経穴反応を確認の後、左太谿・太淵に補法を加え、陽経では特に下焦に問題があると考えられるので三焦の下合穴左委陽を補うと全体が整った事を確認しました。局所に対しては腎兪・大腸兪の他に臀部の緊張を目当てにステンレス寸3の1・3番を左右に振り分けながら10分くらい置鍼の後、さらに臀部と脊柱の脊際の硬結を深度を気にせずに丁寧に除去し、全身的にも散鍼を適宜施しました。患者に尋ねると痛みが軽減しまっすぐに立てるとの事でした。

 経過   治療は腎虚陽虚寒証で最後まで行いました。最初の頃には痛みが軽くなったうれしさで仕事などで無茶をして悪化させて来る事もありましたが、そのような時にはとりあえず臀部の緊張を取る救急処置により自発痛を抑えました。治療間隔は初期では各日で、10回をこえると週に2回、30回をこえてからは週に1回として合計40回、平成8年7月末日にて治癒しました。   

 

症例2

 患者   47歳女性自営業

 初診   平成8年6月

 望診   基本的には色白だがやつれた様子で黒みがかかっているのではないかと思いました。

 聞診   本当は鍼灸には恐怖を感じているのに覚悟を決めて来院したという事でまさに呻くような声でした。

 問診   痛みは10ヶ月前より始まり、腰部と共に股関節に自発痛が激しいとの事です。医者からは「すべり症」と診断されましたが、牽引以外には何もないので勧められた様々な治療法を試しましたが効果はなかったとの事でした。最近では更年期にも悩まされ、特に冷え逆上せが辛いとの事でした。

 切診   ⑴切経では興奮もしていたのでしょうが、確かに逆上せた感じで空咳をときどきしました。腰部では肉眼だけでもはっきりとわかるくらいに腰椎が左右にずれて、特に左の臀部が緊張していました。

⑵腹診は全体に軟弱で肝癪と肺癪が触れるので腎虚として以後の診断を進めました。      

⑶脉診は自発痛が激しい事をあらわす緊脉を触れ、全体的にはやや浮いていました。菽法では腎が浮いているのと心が硬く沈み気味なのが気になりました。

 病理的考察   もともと更年期により心・腎の交流が悪くなっていたところへ、家業の疲れがたまり腎の津液を貯蔵する作用が弱って本症を発生したと思われます。

 治療   従って腎虚陰虚熱証と決定して治療にかかりました。治療側は肓兪の堅さを参考に、確認を含めて経穴反応を確かめたうえで右からとしました。復溜・経渠を補い、陽経では心・腎の交流を活性化させる為に、三焦の下合穴右委陽を補うと全体が整った事を確認しました。局所に対しては腎兪・大腸兪・次りょう・腰眼と概ね小野寺にステンレス寸3の1・3番を左右に振り分け約10分置鍼の後、脊柱の脊際と臀部の硬結を入念に取り除き、そのほかを適宜散鍼しました。治療後には自発痛が止まり、鍼灸に対する恐怖感も忘れて大騒ぎのうちに帰宅をしました。

 経過   以後、週に2回のペースで継続しました。椅子に座っている等同じ姿勢のままだと痛み始める事と力仕事が出来ない事を除いては順調に回復しました。ところが、20回目に自発痛が再発しました。患者に尋ねると毎年冷房には悩まされてきたらしいのですが、先日から冷房が入り始めて特に足が冷えて又痛くなったとの事でした。ここで病理を再考察してみると、津液不足による虚熱は実は微少なものでしかなく、この患者は更年期によりC血がたまりやすく、冷房によって逆に腎に水が停滞し始めたのではないかと思われます。発病も冷房の時期でありましたから、もともとは水の停滞によって引き起こされた本症が、初診時には季節の陽気に助けられて逆に微少な虚熱を発生していたのかも知れません。経穴を探ってみても太谿・太淵が良いようなので証を腎虚陽虚寒証に変更する事にしました。太谿・太淵を補い同じように委陽を補うと脉は整い自発痛も消失しました。現在30回を経過中ですが、痛みはすっきりしないものの順調に回復中です。

 

  まとめ

症例は共に西洋医学から「ヘルニア」・「すべり症」と診断を受けたにも関わらず、牽引やマイクロなど画一的な処置しか受けられず、患者の口からも「あれでは治らない」と言わせていました。これに対して鍼灸といっても刺激理論では局所への施術しかなくやはり画一的になるでしょう。

しかし、「漢方はり治療」では、2例のように治療中にも病理の変化する患者でも選穴を切り替える事ができ、このように常に病理を意識して即座に対処できる医療こそが本当の医療ではないかと今回の発表をまとめるにあたって改めて感じました。

さらにつけ加えると、これは私の大師匠が常に喋っていた事らしいですが、『脉診によって得られた情報は必ず西洋医学の診断とも一致させなければならない』とも強く感じました。

患者はとにかくどんな方法を使っても治れば良いのです。しかし治療家は己の技量に見合ったものなのか、他に有効な治療法があって紹介すべきなのか判断する為に一技術にこだわるスペシャリストに徹しながらも、人間的にはゼネラリストであるべきだと常に感じています。だからこそ生理・病理の考察は是非必要だと改めて感じました。

 

 杭瀬  はい、ありがとうございました。二つの腰痛をその病症と病症を観察した病理的考察をした結果、腎虚陽虚寒証と腎虚陰虚熱証の二つの証を立てて治療をなされました。この病理から病症までの段階において皆様のご意見・ご感想をお願いしたいと思います。

どうでしょうかねえ、この度は病理へのアプローチと言うことで今まで3時限の実習において病理のことをかなり勉強してきた訳なのですが。なかなか私などは上手くまとまらなくて講師の先生からはまどろっこしいと思われたと思うのですが、皆様いかがでしょうか?この腰痛に関しましては第3回夏期研でも発表があったのですが大阪漢方の方いかがでしょうか?

 森本  病理考察に関しましては理路整然としていましてお聞きするようなところはほとんどないので、ちょっと皆様も興味を持たれたかと思いますので私が代表してお聞きすることになると思うのですが、癪の問題ですね。肝癪と肺癪ですね、それと肓兪で治療側を決定すると言うことについて、もう少し分かりやすく説明をしていただけませんか。

 二木  これは発表準備中のものなのですけど、池田先生と小川先生がおいでになられた時に「難経の腹診では癪を診る」のだと「押して診る」のだと言われました。今まで腹診であれば経絡腹診で「軽く触って診る」と教わってきたので、もしくは強く押さえて診るなら内臓器腹診でありますから足を立てて押していただけなので「なるほど足を伸ばしたままで強く診ると言うことは何かな?」と思ったのです。それで、七十五難を研究している中で腹診で何か判定できないかと合わせて観察をしてみたのです。

部位としては、左悸肋部が肝癪・右悸肋部が肺癪・その中間鳩尾付近が心癪・臍の周囲が脾癪・その下が腎癪で、これを押して診るのだと聞きました。池田先生の話では「腎癪は反応は鈍麻だけれど腎虚だ」と言われたので「なるほど」と観察してみると、肝癪のみが触れる時には肝虚・肺癪のみが触れる時には脾虚・肺癪と肝癪が同時に触れるものは腎虚・心癪が触れる時には肺虚なのですがパターンがありまして心癪と肺癪があっても六十九難の肺虚ですが肝癪と心癪がある場合には七十五難の肺虚肝実、それから肺癪と脾癪(脾癪は中カンや下カンの付近で診るのがよいようです)では脾虚肝実と診て、今のところ腹診を先に行ってから脉診をすると楽なので使っています。それから肓兪ですが、これは臍の上側に手を持っていき一本の人差し指のみで左右の肓兪の堅さを軽く押さえてみて堅い側を治療側として探ってみると早いようなので、その研究中であります。

 福島  関連で一言。今の発言は重要ですよね。癪の研究は大いに結構ですけど、今回の2時限・3時限で病理を出して4時間に渡って勉強したことが意味を成さなくなる危険性があるのですね。それはどういうことかというと、腹診だけで証が先に立てられるという考え方では何のための病理考察かが判らなくなるわけですね。ですから、病症の・病気の本質をつかむのが病理の基本的な考え方でありますから、その前に証が決まっていてそれを確認するということになると自己満足の形で病理を、言葉は悪いけど都合で合わせかねない恐れがあります。

もう一つ付け加えると、ここにおられるのは漢方はり治療を行っている漢方の研究者であり実践者であります。その実践者に対して証の命名が陽虚寒証だとか陰虚熱証だとか寒証や熱証は付ける必要がないと思います。寒証とか熱証と書いたのは池田先生が漢方の勉強がまだ浅い人に対しての親切心で付けたものだと思っているのです。陽虚となれば専門的考えなら冷えを現し陰虚であれば熱を現すと言うことは当然至極当たり前のことであるから、それをわざわざ寒証・熱証と付けることはないと私は思うのですがいかがでしょうか。

 二木  寒証・熱証のことですけれども、池田先生の一番最近の本に合わせただけのことで特に私も付ける必要はないとは思っていました。癪の問題ですが、基本的にはまず脉を診て病理考察をしてから癪を診るようにしています。だから、まず病理がありそれに合わせる方向でしか使用していません。それに、腹診は脉診に比べれば客観的情報が得られるとは言いながらも各自の感覚が問題になる上に腹診だけでは選穴は出来ませんし刺鍼に対する評価は脉診ほど明確ではありません。加えて陽経の運用に関しては何も答えてくれないので、やはり病理考察のツールだと私はとらえています。 

 

 杭瀬  色々とご意見を承りたいと思っていたのですが、時間が来てしまいましたので誠に申し訳ありませんが、これで二木先生の症例発表を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。

 

(「漢方鍼医」では次の発表に移りますが、他の先生のものになりますからカットさせて頂きました)




本部および『漢方鍼医』発表原稿の閲覧ページへ   資料の閲覧とダウンロードの説明ページへ   『にき鍼灸院』のトップページへ戻る