若葉マーク鍼灸師に贈る私の思い出の症例 9

 

刺してもダメなら触れてみな

全面的に"ていしん"治療へ切り替えるきっかけとなった高校生の背部肉離れ

 

滋賀漢方鍼医会代表 二木清文

 

 この10年近く、私の鍼灸院(にき鍼灸院)では患者さんに毫鍼を刺鍼したことがなく、接触鍼でも最初から刺さらない「"ていしん"」での治療のみである。誤解を招かないように最初に断っておくが、決して毫鍼を否定しているわけではなく明らかに刺鍼した方が効果的だろうと判断できる症例にこれから出合えば、その場合は躊躇なく毫鍼を刺鍼するだろう。知熱灸中心であるが、透熱灸も行っているし、円皮鍼も用いているので、経絡治療のスタイルとしてはきわめてオーソドックスだと思う。鍼を施すのに「刺鍼をしなければならない」と固執していないだけの話である。

 

治ったと思った背部肉離れ患者が再発、再々発・・・・・・

 患者の高校生は2週間前にもバスケットの練習中に他の選手と接触し、脊柱起立筋に肉離れを起こして来院していた。肉離れというものは横方向の断裂ではなくスルメが縦に裂かれているような状態なので、裂け目の両端から施術し緊張が緩むにしたがって中心へと施術すれば、それほど難しい外傷の治療ではない。痛みの取れ方がどうしても不十分であれば、最後に中心へ円皮鍼を入れることでほとんど解決している。

 この高校生が前回の治療後は順調に部活ができていたのに、同じ個所を傷めて来院した。まだ回復が不十分なうちから全力で動いたために肉離れが再発したのだろうと、本治法を行ってから背部へ施術するという前回同様の治療をすると元気に帰宅した。ところが、明くる朝に「背部痛がひどいのでまた診療してほしい」と電話があった。その次の朝にもまた電話があった。付き添いの父親に話を聞くと、夕飯までは食欲旺盛で元気なのだが朝にひどい痛みを訴え、動く姿も芝居ではないので連れてきたとのことである。

 そして4日目の朝には自分では動けないほどの痛みになっており、ベッドへも抱えられないと上がれないほどだった。知熱灸も円皮鍼もしたし、思い切って毫鍼を深くも刺鍼していたのでもう手がない。高校生は腹臥位にもなれず座位で情けない顔をしていたのだが、実は私の方がもっと情けない顔をしていたことだろう。

 

打つ手がなくなった患者が"ていしん"ですっきり回復!

 治療に行き詰まったときにはその場であれこれ無駄な抵抗をせず、ひとまずベッドから離れて深呼吸してみることにしている。時には建物から散歩へ出たこともある。このときは深呼吸の最中に気づいたのである。「接触程度をいつも心がけているものの、それでも刺しすぎているのではないか」と。すでに「"ていしん"」もある程度は用いていたのであるが、毫鍼の魔力というのか症状が重いとついつい刺鍼が深くなる傾向は鍼灸師ならわかってもらえる衝動だろう。だから思い切ってその日の治療を「"ていしん"」のみで行うと、今まで以上に瞬時にすっきり回復してしまったのである。

この肉離れの結末だが、治療後に落ち着いて話をし直すと、いつもセミダブルのベッドに寝ていて、ベッドにかなり深い溝があるとのこと。ひょっとしてその溝に体がはまり込んで寝ている最中に肉離れを再発するのではないかとベッド以外で寝るように指示すると、なんと肉離れは再発しなくなったのである。人騒がせな高校生であった。

 

毫鍼の魔力から解放され、すべて"ていしん"治療へ

 私たち鍼灸師が行えることはもちろん鍼灸なのだが、その鍼灸で操作できるものは「気」であり、いくつかある気の種類でも経脈の外を流れる衛気と経脈内を流れる営気の操作である。これにより経絡を調整し健全な状態へ戻しているわけである。

一番代表的な衛気はきわめて浅い部分を流れており、好きな人がそばにいるだけで気持ちよくなるみたいに接近でも動くことがある。すると「毫鍼を用いると接触鍼をしているといいながらも正確な衛気の操作は難しいのではないか」とこの症例から考えるようになり、「この病体には毫鍼が適応するか"ていしん"が適応するか」といちいち調べることから始め、"ていしん"で腰椎ヘルニアが見事に回復するなどの症例を重ねるうちに魔力から開放されて、すべて"ていしん"で治療を行うようになったのである。

ちなみに初期では毫鍼の方が適応だと判断したものは営気の操作が必要だったもので、衛気・営気に対する手法を漢方鍼医会では確立したので、どちらも"ていしん"で操作できるようになった。とても自然に用具は移行していった。

 また、それまで毫鍼を用いていたが、痛みはほとんど発生しなかったものの"ていしん"では痛みは絶対に発生しないため、衛生面も含めて営業での副産物ももたらしてくれている。

 悪い表現だが、力任せの鍼灸に固執していませんか? 患者さんは健康を取り戻したいために苦痛でも検査を受けたり、さまざまな処置を受けている。鍼灸治療を受けたいと思っていても、決して体に鍼を刺してほしいとは思っていないはずである。「押してもダメなら引いてみな」の発想の転換で、「刺してもダメなら触れてみな」ではいかがですか。

 

にき鍼灸院のHP:http://www.myakushin.info




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