この文章は、2012年、7月15日に開催された東京都はりきゅうあん摩マッサージ指圧師会(略して都師会)が東京都の委託事業として開催した、次世代の鍼灸師を育成するための講習会にお招きいただいたときの資料へ、当日に会場でこんな風に補足説明をしていたという部分を加筆して整え直したものです。

 運営に当たられた松田博公先生を初めとして関係者に深く感謝するとともに、当日のアシスタントを務めた副院長である二木優子にも感謝を表しつつ、次世代の鍼灸師の参考となれば幸いです。

 

 なお、当日に配布したレジメ部分は色を変えてありますが、視覚障害者も読みやすいように言葉での見出しも付けてあります。

 

 

《漢方はり治療》の実際

 

漢方鍼医会本部理事 滋賀漢方鍼医会代表

二木 清文

 

 

《レジメ、その1》

   《漢方はり治療》とは?

 『漢方はり治療とは、漢方の医学理論に基づき病体の病理・病証を把握し、 脉状と四診法との整合によって「証」に繋げ、鍼灸の補瀉法にて生命力強化を目的とした治療法である。』との定義があります。

 一般的に行われている西洋医学に基づく鍼灸では、症状に合わせて局所の触覚所見に対して刺鍼していることが治療のほとんどでしょう。あるいは経絡治療であったとしてもそれなりの理論は掲げるものの、いざベッドサイドに立つと脉診を中心としながらも触診で決断をして、とりあえず治療を行っているというスタイルになります。それでは治療家が「何故このようになっていてどうして治るのか」が納得できませんし、患者さんに説明することもできないので漢方独自の病理を考察することにより証決定し治療を奨めているのが特徴です。

 実は古典に記述されていることのかなりが病理であり、病理を考えながら診察をすると気血津液それぞれの動きが把握できるようになって、より効果的な治療法へと進化できていると我々は思っています。

 

《解説、その1

 私が初めて臨床家の集団であり鍼灸の研修会と言うところへ参加させてもらったのは、専門課程の三年生へなったばかりの頃でした。最初の感想は、当たり前ですけどあまりの実力差に感心することばかりだったということと、五行穴を用いた軽微な刺激がこれほど全身へ響き渡るものなのかと感動をしました。それにもまして先輩が丁寧に指導をしてくれること、これは一体何なのだろうという感じでした。

 それで学生のための特別な参加費免除の制度もあって、夢中になって研修会へ参加するようになりました。様子が分かってくると、他人への指導ということは実は自分の基礎を見直すということを同時に行っているのであり、自分のための勉強をしているのだということが分かってきました。

 そして助手の経験を経て開業をしたのが23歳であり、全てが順風満帆ではないものの臨床家として独り立ちできる手応えを早くに獲得させてもらったのは研修会の存在のおかげです。しかし、まだ数年も経過していないのに大きな疑問も感じるようになっていました。それは相克調整ということで陰経へ三本以上の鍼を入れることは研修会の方針としても、陽経へ押し出されてきたアンバランスを調整するのに気が付けば四本も五本も鍼をしていたのです。さすがに全ての陽経へ鍼を入れるのはまずいだろうと踏みとどまっていましたけど、経絡は十二本なのに気が付けば十本へ鍼をしているというケースが珍しくなかったのです。

 これは経絡を積極的に動かしているという意味では経絡治療そのものなのですけど、逆に言えば脉を診てその凸凹を何とかしようと五行穴を使っているだけの手法治療ではないのか?また研修会も慣れてきて班員で色々と検討し証決定したのに、いざ鍼をしようという段階になって指導的立場の先輩にそれまでの決定をひっくり返された時、ひっくり返されること自体については治療効果がなければ仕方がないので己の未熟さを反省するとしてもひっくり返すに至った理由を説明してもらえた試しがなかったのです。敢えて突っ込んで聞いてみると「脉がそうだったから」とか、「経絡や経穴の反応がそのようだったから」と理論も勉強しているのにベッドサイドではその場の感触が何より優先される世界なのです。おそらく経絡治療の研修会は数多くありますけど、似たり寄ったりが現状だと思います。

 そこへ出会ったのが、漢方鍼医会創設の動きでした。池田政一先生が書かれていた漢方にも病理をという考えに基づき、次に紹介する菽法脉診と組み合わせると実に理論と実際が合致するのです。証決定をひっくり返すにはそれなりの理由が必要であり、説明もできなければなりません。証決定には毎回理由が必要であり、説明できるということは患者にも治療家にとっても納得が出来、より深い治療へとつながります。それを実践しているのが、私が所属している漢方鍼医会です。

 

 

《レジメ、その2》

”脉診について”

 細かなことを言い出せばきりがない脉診ですけど、治療の前と後で脉状が変化することを触知することは可能だと思います。

 その前提条件として指の当て方があります。漢方鍼医会で便宜上の名称を定めている「橈骨下端の骨隆起」でも前面の一番高い位置に中指を当て、示指と薬指を沿えたなら橈骨動脈上へ力を入れずにスライドさせてきます。この状態が、浮脈を感じる位置です。脈動を探して勝手に指を動かしてはいけません。もし脈動を感じなければ、それは浮の位置に脉がないというだけの話であり、素晴らしい触覚を持っている証拠でもあります。この浮の位置に指が当てられれば、先輩から説明される脉状について理解できるようになります。

 要するに、脉診が身に付かないという人の大半は我流で指を動かしているだけのことであり、基本を忠実に行えば最低限の脉診はすぐ会得できるのです。

 

《解説、その2

 まず「漢方鍼医会で便宜上定めた名称である『橈骨下端の骨隆起』」って、何のことだか分かりますか?漢方での脉診に限らず脈拍を測定する時には列缺・経渠・太淵付近の橈骨動脈を用いますよね。その時に経渠の位置を探るのに用いている橈骨の出っ張り、あれを何と呼ぶのでしょうか?正解は、あそこの隆起には解剖学的な意味がないので名称が付与されていないのです。しかし、あそこを橈骨形状突起だと教えられた人も多いことでしょう、実際に日本だけでなく中国や韓国でも間違って橈骨形状突起と呼称しているケースは多いらしく、特に恥ずかしいわけではないのですが・・・。正しい橈骨形状突起は大腸経の陽谿の奥に触れる小さな粒のことであり、正確な位置を知っていた人には「変なことをいうな」と重いながら研修を続けていたといいます。WHO標準経穴が発行されたことを機会に漢方鍼医会では「取穴書」を作成し、解剖学との整合性を測るためにも「橈骨下端の骨隆起」と呼称するように決めました。

 それで話を本論に戻しまして、大づかみに経絡治療とここでは表現しますが、経絡治療を目指そうという時に最大のネックとなっているのは脉診でしょう。俗に「脉診三十年」などと修得が困難であるという話だけが一人歩きしていますが、根拠もない途中で挫折した人の負け惜しみの言葉だと理解されたらいいでしょう。

 では、修得するにはどのようにすればいいのか?それは我流で修練しないことです。脉診を学習するためのステップは、テキストが改訂されるごとに洗練されたものへと書き換えられているので、まずはそれを頭に入れて研修会で実際の手ほどきを受けることです。

 ほぼ全員が指の操作で間違っていることは、一番最初に診察しようとする浅居部分への指の当て方です。経験ができれば、なお間違いはひどくなります。というのは、一番浅く浮いた脉でも全ての指に感じられると勝手に思い込んでいるところがあり、指に脉が触れていないと不安になるものですからいきなり指を沈めて脉を探しています。しかし、難経五難の菽法の解説では三菽が一番浅い部分であり、三菽とは豆が三つの重さですからこれは指の重さとイコールだと解釈するのが妥当であり、橈骨動脈の上で指を動かせば三菽より必ず重たくなってしまいます。

 これを実現させるには、橈骨下端の骨隆起でも前面で突出した部分にまず中指を当て、続いて示指と薬指を添えたならそのまま橈骨動脈上へ指をスライドさせて一秒以上停止させます。スライドさせるということは、指を重たくせずずらせていくということであり、脈動がどうなっているかはまだ関係ありません。それから一秒以上停止させるのですが、一秒という数字には何ら根拠はないのですけどまず一番軽い位置を覚え込むという意味でこのような表現をしています。けれど実際にこのような動きを癖にした方がいいです。その後の指の具体的な動かし方については、実技と一緒に覚えるのがいいでしょう。

 大先生が集まって議論をしている学会なのですけど、治療法にはバリエーションがあってもいいとは思うのですが根幹となる脉診については、実は早いか遅いか、つまり遅数しか認識が一致していません。前述のように指を当てる力にはあまりに個人差が大きく、それでは捉える脉状にも差が出て当然なのです。ですから、三菽の一番浅い位置と十五菽の一番深い位置と浮沈の項目を規定すればと提言していますし、これが統一されなければいつまで経過しても脉診に対する議論は噛み合わないので、是非とも菽法の指の当て方はマスターしてください。

 

 

《レジメ その3》

”経絡を動かすということ”

 経絡を調節するには手法が不可欠です。鍼灸が手技療法より長時間に渡って大きな影響を及ぼせるのは、鍼灸という道具を用いての手法が行えるからに他ありません。いい手法を身につけるには「気」を扱うのですから練習しかなく、残念ながら即席で明日からバリバリ使えるという都合のいい方法はありません。

 しかし、経絡を今ここで動かすこと自体は、何も難しくありません。流注に従って軽く流すように指を沿わせればいいのです。これを軽擦といいます。証と治療側が合致していれば、肩上部は緩みお腹は柔らかくて弾力が出て、脉状もとても安定したものになります。

 今回の実技の目玉となるこの軽擦ですけど、単に治療側が納得できる変化を示すだけでなく解剖的な変化も充分に示してくれます。例えば左右の足の長さが違っていたとしたなら、該当する経絡を軽擦するだけで足の長さはかなり整ってしまいます。内臓下垂を起こしているものでも、すぐ内臓の位置が変化してしまいます。経絡の正体について私はまだ明言も確信もないものの、可視化できるほどの変化があるのですから、物理的な実体であって構わないと思っています。究極的には、「気」も物理学で証明できる期待はしているのですけど・・・。

 

《解説 その3》

 鍼灸学校へ入学しようと考えた時は、「鍼灸でこのようなことがやりたい」とほぼ全員が空想していたはずです。鍼やお灸というものそのものが治療効果をもたらすと空想していたはずです。その時点では素人なのですから、それは構いません。けれど鍼灸というものは経絡を運用するために後から考案された道具です。手技療法よりも治療効果を長持ちさせるために、鍼やお灸という道具が考案されたのです。「気」を繊細に扱えるようにするための道具を使いこなそうとすれば、これは研修会に所属して何度も何度も先輩から手から手への実技指導を受ける必要があります。

 しかし、その前に「本当に経絡が動くだけでそれほどの変化があるのか?」「自分一人で臨床投入するにはどのようにすればいいのか?」という疑問もあるでしょう。経絡を効率的に動かす道具が鍼灸なのですから、どのように動かしていけばいいのかの確認法があって製作されたのだということも、歴史を少し考察すればすぐ分かることです。つまり、鍼灸師ならよく知っている各経絡の流注に従って指をトレースしていく、これを「軽擦」といいますが経絡を積極的に動かすことができます。経絡を積極的に動かせられればその結果がシミュレーションできるのであり、実際に鍼をする前に結果がほぼ見えるのですからこんなに便利なことはありません。

 西洋医学にしても鍼灸にしても、悪い言い方をすれば「やってみなけりゃ分からない」のですけど、経絡治療であれば「やる前にほぼ分かる」のです。でも、軽擦で性格に流注をトレースしなければこの反応は出ません。やったことのない人の手は絶対に重すぎますから、軽擦を教えてもらってください。

 

 

《レジメ その4》

《衛気の手法と営気の手法について》

 参加された全員には、腹部を用いて衛気と営気の手法を体験して頂きます。衛気とはよくご存じでしょうが、経脈の外を巡航し護衛をする気のことで、いわゆる「気」と表現した時には、衛気のことを指しているでしょう。陽気だと言い換えても構いません。

 営気は経脈内を流れている気のことで、津液とともに血を形成しています。衛気の陽気に対して陰気と表現することも多く、難経では営気を補うことは陰気を補うということで瀉法としての作用につながると示されており、実際に漢方鍼医会の本治法では瀉的な作用を求める時に用いています。

 さらに標治法とは区別されていて、「この病体は衛気を求めているのか営気を求めているのか」がありますから、逆に利用させても来復部を用いて客観的な手法修練の方法が開発されています。可視化できている鍼の手法修練方です。

 

 

《解説 その4》

 手法についてはホームページにビデオも掲載していますけど、実際に体験することが一番であり、体験してみないと分からないことが多いものです。

 ということで細かな解説は省きますけど、特筆すべきは漢方鍼医会では客観的な手法修練の方法が開発されていることです。

 「手から手への実技指導」といいますけど、先輩の癖も同時に手から手へ伝わってきます。決して悪いことではないのですけど、癖ですから客観性に欠けてしまいます。最終的には臨床現場で病体の反応から段々と修正はされるのですけど今度は自分の癖がでてきます。時代に応じて手法が変化しているといいたいところですけど、古典の時代の人たちが必死に見いだしてきた手法がそんなに簡単に変わっては困るのです。そのために自分はもちろん、一緒に研修している全員が納得して研ぎすませていける腹部を用いての客観的手法修練を行っています。客観的な手法修練という方法を持ち合わせている研修会は、世界中でも漢方鍼医会だけでしょう。

 

 

《レジメ その5》

《ていしんについて》

 それでも参加された方は、「ていしんのみで治療が成り立つのか?」という点に、やはり興味があると思われます。これは滋賀漢方鍼医会のホームページから、一部を引用します。

 「一つのツボ」「一本の鍼」も私たちは大切にしていますが、ツボやそれらを束ねている経絡というものを本当に働かせるにはその組み合わせと順序に極意があります。それらを間違えることなく効率的に診断するため脉診(みゃくしん)やその他を用い、組み合わせと順序を運用するには尖った針金である必要はないのです。痛くなく・気持ちいい治療であればと私たちも治療を受ける立場ならそう思いますし、滋賀漢方鍼医会の研修成果がこれらの道具と治療方法なのです。

 ということで、「ていしん治療」を地方組織においては基準線にしていますけど、あくまでも経絡を調整するのにいまい地番適していると思われるのが「ていしん」であって、何が何でも刺さないで治療できるやり方を探したのでもなければ臆病で刺さなくなったのでもありません。効果をより発揮させる方法をみんなで研修しているうちに自然とていしんを用いるようになっていたのであり、気が付いたならささなくなっていただけの話なのです。基本は病理考察に基づく証決定であり、その実践であります。

 

 

《解説 その5》

 レジメの通り、何がなんでも刺さずに治療できるものをと求めていたのではなく、気が付けば単に毫鍼から「ていしん」へ持ち替えていただけの話なのです。

 私が毫鍼を手にしていた時代は、鍼管を用いての切皮に割と自信がありました。背中へ捻鍼で施術する時には、接触だけなので「全く痛みがない」と何度も感想を聞きました。しかし、どんな名人が行っても、毫鍼を刺鍼すれば1000回もやっていると数回は痛みが発生してしまいます。切皮がうまいと豪語する人でも、100回連続で行えば、全て無痛ということはあり得ません。普通の腕なら100回として、ハッキリした痛みになるのが数本だとしても切皮されたことを患者側が感じる確立が五分の一はあるでしょう。実際はいずれもその倍以上だと思われます。けれど「ていしん」は、名人でなくても痛みは絶対に発生しません。衛生的にもパーフェクトです。

 それだけに、「ていしん」を使いこなすための理論を修得せねばなりませんし、技術も取得せねばなりません。たった一回の講習会で使えるようになるものではありません。技術というものは、それを錆び付かせないようにするだけで努力を続けなければならないものであり、さらに鋭敏なものへと研ぎすませていこうとするならもっと努力しなければならないものです。

 現代の医療は西洋医学だけでなく他を含めても、ほとんどが対処療法のレベルです。西洋医学においては医薬品も手術も進歩はしましたが、それはテクノロジーが進歩した結果であり医療が進歩したと言えるのでしょうか?根本的な治癒のもたらせる鍼灸術なのですから、さらに痛みが全く発生せず衛生的にもパーフェクトな方法が存在しているのですから、「自分も技術を会得したい」と直感したなら今から取り組んでください。

 一つ注意は、独学では修得できないことです。研修会への参加は必須ですけど、研修会に参加すれば仲間ができますし、一人で集める情報の何十倍というものが得られます。まずは今回のように、でるところへでてこなければ何も始まらないので、明日からの行動に期待をします。




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