「治療の終了宣言」がリピーターを生む

 

 

にき鍼灸院(滋賀県)二木清文

 

 「私のリピーター患者」というお題をいただいたのですが、なかなかどの症例を取り上げようかというのが決まらず苦心しました。というのが「にき鍼灸院」では、よほどのことがない限りほとんどがリピーター患者になっていただけるからです。

 

思春期の頃の誓い

 私が開業をしたのは19893月であり、当時はまだ23歳でした。視覚障害者ですから小学校で盲学校に入学した時から理療科へ進むことが当たり前の路線にはなっていたのですけど、中学の時に高校は普通の学校へ通ってみたいという希望を抱いたことがあります。結局、当時はサポート体制や情報機器が整っていない時代だったので断念せざるを得なかったのですけど、「自分から外へ出ていくことは叶わなかったが障害者の壁は内部からでも打ち破れるはず」という誓いは立てました。

 実社会を知らない思春期の少年が掲げた旗ですから今見てみると笑ってしまう面はあります。その後に障害者スポーツの世界へ関わることで大きく誤解していたことにも気づくのではありますけど、理療科へ進むことが当たり前の路線ながらも当たり前に病院勤務や自宅開業で落ち着くことはしたくないという誓いがまだ生きていました。

 

経絡治療と「治療の終了宣言」に出合う

 理療科へ進学してからも「どうせなら鍼一本で身を立てたい」という思いがあり、また中国での推拿や気功法のことが伝わってきていたので昔テレビで見た患部には手を付けずに離れた個所から治してしまう仙人のようなやり方が鍼灸の世界にもないかと模索していた時に、経絡治療に出合いました。先輩が施してくれた治療は衝撃的であり、またいきなり「鍼をしてみろ」といわれて訳が分からないままにやった手法でも脈に変化が与えられたことは天にも昇るほど嬉しかったですね。そこから先輩たちが組織して間もなかった勉強会へ、とにかく参加者を増やすためだったのでしょうが、学生の聴講費無料というチャンスも手伝って本格的に勉強をするようになりました。

 そして夏休みの研修をお願いした大阪の宮脇和登先生の治療室では、症状が回復すると「治療の終了宣言を出して次回の予約を取られていなかったのです。このやり方なら、鍼一本で身が立てられる、それも自分が散々に苦しんできた緑内障で病院通いをする中に不満を感じていた点を全て排除し、自分がしてほしかったことだけができる治療室を構えられると、まさに「これだ!」と直感が働きました。

 それから、丸尾頼康先生の元で約2年間の助手修行をすることができました。そして23歳で開業へ踏み切った時にいろいろと治療室のシステムを練りましたけど、まず一番に考えたことは「治療の終了宣言」を出すことでした。

 

開業2日目に初めて「治療の終了宣言」を出す

 開業の初日ですが、まだ新聞広告が効果のある時代だったことと彦根は新しいものが大好きな土地柄なので、鍼灸専門としては驚くほどの来院数がありました。その中に先週から寝違えを起こして充分に回復していないというご婦人がおられました。激痛ではないので初診の開業日にベッドから起き上がるだけでほとんどの症状が回復しています。痛みは取れているものの突っ張りはまだ強い感じなので、「明日も治療を続けて一気に片付けてしまいましょう」と予約を取ってもらいました。

 そして明くる日に来院されると「鍼という感じの治療ではなくよかった」「痛みが軽減しているだけでなく痛みのない治療が嬉しかった」と大きな声で喋ってくださいました。経過は良好だったわけですが、私の胸の中では早鐘が打っている状態です。

 助手としての修行は終えさせてもらいましたから治療の流れは把握できているものの、自ら開業へ踏み切ったとはいえ23歳ですから開業が続けられるか不安が一杯の開業2日目です。こんなに経過良好なケースをすぐ終わらせてしまうのがもったいないというか仕事を確実にもらえそうなのに惜しいというか、せっかくファンになってもらえそうなのにどうすればいいのだろう?と頭の中でグルグルいろいろなことが巡るのでした。けれど一番にやりたかったことは「治療の終了宣言」なのですから、患者の立場であれば絶対に嬉しいはずと終了宣言を出したのです。

 しかし、このご婦人は「これで治療が終わってしまうのが寂しい」と自ら健康管理という方法はないのかと尋ねてこられ、明くる日には背筋痛になってしまったご主人を紹介して、お2人ともその後10年ぐらいは2週間に1度は来院してくださいました。多くの患者さんも紹介していただき、鍼灸院としての基本パターンができ上がるまでを支えてもらったような気までします。

 

「治療の終了宣言」は症状を回復させることと同じくらい大切

 ということで、リピーターになっていただくにはまず症状を回復させることが第一ですが、「治療の終了宣言」も同じくらい大切に考えています。最後まで治療の主導権は治療家側にありますし、勝手に通院されなくなっても症状がよくなっていたのならまた来院されるケースが非常に多いものです。

 また難病や不妊症など、先の見えない戦いをするにも、例えば「とりあえず10回目には一度継続に関してお話する機会を設けましょう」と先に宣言をしてから取り組むようにしているので、「そこまでは預けてみよう」と考えてもらえますから、現状維持がやっとという症状なのに何年も通院されている方がやはり多くいてくださいます。




論文の閲覧ページへ   資料の閲覧とダウンロードの説明ページへ   『にき鍼灸院』のトップページへ戻る