難経八十難から考える手法時間について


滋賀漢方鍼医会  二木 清文



1. 私の治療体系について
 発表の前半は、昨年と同様になります。最初にお世話になった東洋はり医学会の教育システムは今から考えても非常に強力であり、新しい経絡治療家を育ててきました。その影響が未だに大きく、完全に脱皮をするのに時間を費やしました。

1.1 難経までは片手ずつの脈診をしていた
 個人的技術になりますけど脈診による不問診ができるので、不問診には両手同時の脈診が必要なことから未だに強いこだわりがあります。けれど伝統鍼灸学会で聞いた「歴史考察から難経までは片手ずつの脈診でありそれを考慮して臨床追試すべき」という言葉は、心の壁を打ち破ってくれました。それまでも片手ずつの脈診も臨床で盛んに用いていたのではありますけど、脈状観察の考え方が変わるだけでよりきめ細かく触れられるようになりました。

1.2 菽法ぴったりの脈状にやっと納得
 証決定の段階や本治法の一本目では、目標とした臓の脈位では菽法の高さに合わせるものの、それ以後の調整では長年染みついた寸関尺に平均的に触れられる脈を作ってしまっていました。ところが、「難経までは片手ずつの脈診をしていた」と言われたなら両手の指で平均化された脈状の方が矛盾しているのであり、五臓それぞれの高さにあるような脈状を作るように心がけたなら、その方が手間が省けているのであり治療効果もよくなっていたのでした。
 それまで染みついた脈差診からすればでこぼこしたままの状態なのですけど、菽法の高さピッタリの脈状とすることこそ、一番の脈状だったのです。「五臓の正脉」や「四時の王脈」など様々なパラメータがありますけど、いい脈状になっていればそれらも必ずそろっているはずなのであり、菽法の高さピッタリの脈状が作れれば自然とその他も整っているはずだと割り切れました。

1.3 数脈は剛柔の陽経を使って治療
 小児鍼は陽経から施術を始めるのであり、井穴白雲陽経を用いることの方が圧倒的に多かったので、必ずしも治療は陰経から始めなければならない」とは思っていませんでした。剛柔理論で「陽虚証は陽経からの治療が有効」という発表を追試する中から、数脈なら陽経からアプローチした方が有効だという症例より、陰経からと陽経からの入り口が二つにできるようになりました。

1.4 跳ねた脉状から五邪論を、五要穴で当てはめられる
 五邪論による治療が提唱されてから追試しようとしたとき、手がかりが少ないので「邪が大きく影響しているのなら脈状が跳ねているもの」とやや強引ながらもターゲットを絞り、挑戦的な治療で成績が上がってくるとそれなりに手応えが出てきました。そして得られたのが難経六十八難に記されている五要穴の主治症で推測すればわかりやすいということでした。
 前項目で説明したように、「様々なパラメータがあるもののいい状態となればそれらは自然に整っているはず」という経験より、まず五要穴の主治症を基準に選穴・選経の順で確定していけば、運用はとてもスムーズなものとなりました。

1.5 陽経からも剛柔を用いることで五邪論が五要穴に準じて応用可能
 陰経からの五邪論での治療がだいたい整理できた頃、陽経からのアプローチでは用いている経穴が概ねが絡穴であり、たまに原穴という程度でバリエーションがあまりに少ないことが気になりました。あえてほかの経穴を探っていると、これはいつの間にか営気の手法だとうまく運用できていることに気づきました。
 少し探っていると五要穴の主治症が該当しているのであり、数脈で陽経からアプローチするときに陰陽の経絡ではなく剛柔の陽経を用いるなら五要穴の当てはめ方でいいのではないかと推測し追試すると、見事に当てはまっていました。

1.6 現在の治療体系のまとめ
 現在の治療体系は、数脈かどうかで陰経からアプローチすべきか陽経からアプローチすべきかを割り切ります。次は気血津液論かご邪論かを概ね問診から割り切って診察を進めますが、臨床なので逆の順序で割り切りをすることもあります。気血津液論かご邪論かは、自分の持っている経験と知識からどちらが病理考察をしやすいかというレベルで割り切っています。わかりやすくアプローチしやすい方が、きっと治療効果も出やすいからです。
 親切に書き出せば、陰経から気血津液論かご邪論か、陽経から気血津液論かご邪論化の四つということになります。ここへ標治法が陽実証タイプか陽虚証タイプか陰虚証タイプかを組み合わせていきます。陰実証は変幻自在というか特有の熱症状を持たないので、消去法で当てはめていきます。さらに瀉法鍼など、特殊な道具がいくつか加わっています。お灸については温灸器を用いているのですが、遠赤外線が強力に出せる三井式を昨年から導入しました。

2. 基礎技術が大切
 ここまで書き出してくると、漢方鍼医会の特色が最大限に発揮された本治法を行うようになってきたのはわずか10年前くらいからのことだとわかっていただけたでしょう。もちろん過渡期ということですべての先生方が迷っていた数年間というものもあったのですけど、それにしても自分の治療室では成績が上がるのでそれを手放せないというのは臨床家の悲しい一面であります。
 では、漢方鍼医会の特色的な本治法が行えるようになるまでを支えてくれたのは何かといえば、それは基礎技術です。毎年行われる夏期研でも前半は基礎収斂に当てられているのであり、地方組織の月例会でも半分近くは基礎収斂を繰り返しているはずなのですけど、基礎技術で常に揺れている考え方が吸収できなければならないというのは反対側からの書き方ですね。高いタワーは常に揺れているのであり、揺れなければ高さが維持できないというのは高い技術と同じことです。つまり基礎技術で粘震力がなければ、高い技術を目指していても諸刃の剣もいいところだということです。
 考え方というものは常に変化しているのであり、変化を止めてしまった人はそれまでということです。でも、時には迷っていたり間違った方向を目指してしまったりもするのですけれど、常に治療成績は求められるのでありここを維持してくれるのが基礎技術です。ですから一つ提案になりますが、研究部だからこそすべてを毎月のプログラムへ組み込まなくてもいいのですが、脈診・基本指針・臨床的自然体は収斂時間を設けるべきだと思います。かつては取穴の時間さえなかったところ、毎月の基本を繰り返すことにより最も経穴のことをしっかり知っている研修会に漢方鍼医会は育ってきたのですから、その次のステップでしょう。

2.1 自然体の大切さ
 「気をつけ」「休め」の姿勢を学校の体育で習うのですが、「休め」の姿勢がいい状態だと素人の時代は思い込んでいました。ところが解剖学からすれば「休め」の状態では股関節の角度がそのまま反映されてしまうので客観的にはつま先が開いているのであり、臍下丹田に重心が来ません。自覚的には内股になることで客観的なつま先の平行ができたなら、臍下炭田に重心が自然にできます。自覚的と客観的な差を埋めるのは、学術です。

2.1.1 臨床的自然体はもっと大切
 そして電動ベッドを使っているかなど様々な状況があり、基本的自然体を延長した臨床的自然体を常に意識しているかどうか、これは臨床力をはかることができます。柔軟に考え方を延長できていますか?

2.2 三点セットは必ず確認する
 そして診察から診断・治療へと進めるのですが、「もしこの診断が間違っていたなら」と思うのは心ある治療家なら必ず恐怖する点です。まぁメスを握って生きている人間を切り刻んでいくのであれば、それくらいの自信と独断が必要なのでしょうけど、臨床家という立場ならここで恐怖をしないという人、私には理解ができません。
 そこで脈診だけでなく腹診、そして肩上部の改善といういわゆる「三点セット」を確認します。一つの診察だけなら思い込みで間違いをしてしまいますが、三点すべてが整っていればあさっての方向を向いてしまうことはないでしょう。それでも直せない症例があるのですから、治療とはなんとも歯がゆいものなのですが・・・。

2.3 気づいた刺し手での残り三本の重要性
 まだ学生でステンレスではなく銀鍼と必死に格闘していた時代、片手挿管から切皮をして鍼管を抜き取ると薬指と小指の付け根で挟み込むのですが、こうなると残っているのは中指のみです。回線術でないとうまく刺鍼のできなかった私は「どうすればスピードアップできるのか」と工夫している中で、自然と中指をバランスを取るための支えに使っていました。そしてクラスメートの中で上手と下手を見比べてみると、うまく支えを使っているかどうかの違いだとわかりました。
 経絡治療の武者修行となった「近畿青年洋上大学」の中で、貴重な毫鍼を曲げずに使い続けさせるためには刺し手の残り三本を支えに使うことだと直感だけでなく経験から気づいていきました。

2.4 刺し手の残り三本から、押手も残り三本が重要
 学生時代の経験から臨床力があると思っていたのですけど、下積み修行へ入るとどうしても思ったような脈が作れませんし成績も残せません。合宿研修の時に若手だけで班を組んで実技をしていたなら、うまくできるときとだめなときがあります。時間短縮のためにモデル寒邪へ一度に刺鍼するという半分は冗談での実技をしたところ、太淵への刺鍼に押手の残り三本を活用することが秘訣だと気づきました。刺し手の残り三本の知識を応用したことと偶然に重なったのですけど、押手もポイントは残り三本の使い方だったのです。

3. 手法の客観的評価法と時間について
 難経八十難は、鍼を入れるもしくは出するタイミングについて書かれた短い難です。入れるタイミングについては穴書を探り、「生きて働いているツボ」がうまく指に触れられたときだと、これは単純にわかりますし異論のないところでしょう。ご丁寧に左とあり、押し手で気を集めて感じるのだとまで書かれてあります。
 問題は出すタイミングです。まず左右の記載がないということは、押手で感じる人と刺し手で感じる人とがあることを認識していたということでしょう。そして経脈に気がうまく通ったときが出すタイミングだと文字でも頭でもわかるのですが・・・。

3.1 腹部を用いての臨床的収斂法
 ていしんを用いるようになってより衛気と営気の手法の違いが出せるようになった頃、どうも標治法をしていてうまく動かないときがありました。試しに営気の手法で行うとうまくいくということは、四大病型などから突き詰めれば衛気が適合する病体なのか営気が適合する病体なのかの違いがあるのだとわかってきました。しかし、臨床現場では病体に問いかけるのが一番答えが早いので衛気と営気のどちらも手法を行って確かめているうちに、収斂法にも応用できることを発見しました。多人数で客観的に手法の評価ができるという収斂法は、自ら画期的だと思っています。

3.2 手法の適切な時間を探る方法
 一定レベル以上の手法ができていればという前提条件はありますけど、腹部での臨床的手法収斂を拡張すれば適切な手法時間を確認することもできます。意図的に手法時間を決めて練習すれば、どの程度の時間が適切なのかがわかるようになります。

3.2.1 山の頂上を狙うには、八合目から準備をする
 適切な手法時間とするためには、そのタイミングで抜鍼しなければなりません。取穴をするときには目的とする経穴の手前からスピードを緩めて指を停止させるというのは、新幹線をプラットホームに停車させるのと同じく目標を定めて速めからスピードダウンさせているのであり、抜鍼も同じく目標を定めて動作の準備に入っておかねばならないのです。山の頂上にタイミングを合わせようとするなら、八合目から準備に入っておくことです。手応えがあってから抜鍼していたのでは、反対側に既に降り始めてしまっています。八十難は、そのタイミングについて解説したのではないかと思うのです。
youtubeより「手法時間の考え方と図による説明、および実技収斂ビデオ」

4. 標治法の新しいアイテム「ゾーン処置」
 ここからは発表時に時間制約で割愛した標治法のことになります。丁寧に施術しようとじっくり行っていると、逆に失敗することをまだ学生だった入門時に多く経験しました。そこで治療全体の時間というものを意識するようになり、二学期後半になると少し慣れてきて夏休みに見学させていただいた宮脇先生の散鍼の主義は非常に手早かったことから、上手な先生の真似をして特に散鍼には時間は掛けないようにと中医をしていました。これは標治法での衛気・営気の手法についても、やはり八十難の考えからピークで抜鍼することが肝要なのだろうと思われます。
 けれど下積み修業時代には大量の置鍼からまず始まっていたのでその記憶が抜けず、今までは偽鍼が半分以上ながらも背部一面へまんべんなく散鍼をする癖が抜けなかったので、どこかで打破したいと色々なアイデアの断片は集めていました。そしてWFAS2016の会場で実技公開を見せてもらったアキュゾーンセラピーをヒントに、"ゾーン処置"というテクニックの開発に成功しました。全く似て非なるテクニックなのですけど、ヒントをいただいたことへの敬意を込めてゾーン処置と名付けています。
 アキュゾーンセラピーの概要についてはブログで詳述していますから割愛しますが、マーキングした圧痛点とセラピーで用いられる25の経穴はランダムではなく、ゾーンごとに中核となる経穴とそれに連動する経穴という形で使用穴を絞っていくようで、12の脳神経の支配領域や作用にも着目点があるということです。このゾーンごとに用いるという発想がヒントになりました。
 そして、重要な頭部を治療部位の対象にしてこなかったことは経絡治療の歴史で大きな宝がそこにあるのに指をくわえてみていたに他ならず、"acu-zone"セラピーが部分的ながらも脳神経を参考にしているのであり五行穴も使っているのは無意識に経絡の力を借りて全身治療をしているのですから、頭皮針の変形で用いたいというのが狙いだったので標治法の仕上げ段階に頭蓋部へ早速にその夜から宿で邪専用ていしんを用いてのひらめきを実行してみました。
 「にき鍼灸院」の治療の流れに従って書いていくと、本治法の後に側頸部へ邪専用ていしんを行っておき、経絡が一周する半時間程度を目安にまずは休憩をしてもらいます(患者さんは経絡の巡りがよくなっていますから気持ちいいので90%は眠ってしまいます)。標治法へ入るのですが、まずは衛気か営気のどちらが適合かを調べます。腹臥位か側臥位で背部より四大病型のパターンに従ってポイントだけに絞って散鍼を行います。
邪専用ていしんの使い方のyoutube動画 を見ていただくと使い方はわかると思うのですが、zoneを対象としているので少し拡張解釈を加えます。zone=部分ということで、毛髪もありますからいつもより毛髪の量に応じて強いタッピングを次のパターンまで適応とし、邪専用ていしんの基本の1ラインずつの左右交互ではなく、zone(ここでの意味は処置する塊)ごとで左右を処置していきます。zoneですから施術する方向はあまり気にせず、1つのzonは3ラインずつくらいで構成されるようにします。横隔膜より下側に主訴がある場合は該当箇所でも邪専用ていしんを行うのでドーゼ過多を考慮し、2ラインで構成をします。1.後頸部、2.後頭部、3.側頭部、4.頭頂部、5.肩上部。側臥位の場合には3.側頭部を無理して行わず、飛ばしてしまった方が効果的でした。zoneの処置が終われば今まで通りの邪専用ていしんの使い方とします。最後にドーゼに余裕があれば脊中際の華陀穴へ両側とも行えれば、さらに効果的です。
 具体的にどれほど効果があるのかということですけど、まずは「頭の鍼ってこんなに気持ちいいんですね」と患者さんだけでなく、鍼灸師同士でも必ず同じ感想を聞きます。自分でやっていても相当に気持ちいいのですが、他人にやってもらうと遙かに気持ちよさのレベルが違っていました。雪が降っていても顔面と頭は露出で平気なように「陽の塊」の部分ですから、その陽気が流せてもらえれば気持ちいいはずです。さらに後頸部の段階ではあまり変化がないものの、頭部の処置を始めると処置をしている側の背部がリアルタイムで緩みます。触っていれば素人さんでもわかるくらい本当におもしろいくらいに全体が緩んでしまい、強い腰痛など特別なものがなければその後の追加処置は一切不要です。初心者ややっと証決定できるレベルの治療家なら、本治法だけでへとへとになってしまいますから標治法はこのゾーン処置を行っただけで十分な効果が出ます。いや、下手な手技をするよりはずっと効果的です。また発熱していても冷えていてもほとんどパターンを変更せずに使えるきわめて汎用性の高い処置なので、ほかの経絡治療の流派でも使っていただけるはずです。



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