ブラインドサッカーに取り組んで

2002年9月   二木 清文
注意:この文章は滋賀県立盲学校の同窓会誌に投稿したものです。写真はアクセントに適当に入れただけです。


 2002年は日韓共催による「FIFAワールドカップ」で世界中がサッカーに釘付けとなりました。いや、性格に表現をするならば四年に一度ずつサッカーワールドカップは開催されていたのですけど、日本中がこれほど熱狂的になったのは初めてでした。オリンピックをも凌ぐといわれる世界最大のイベントということは、世界で最も競技人口が多いスポーツだという証拠でもあります。単純な計算ですけどスポーツの半分はボールを用いた競技であり、ボールは手か足で操作をするのですから足でボールを扱うのはサッカーだけなのでボール競技の半分、即ち世界ではスポーツをする人の四人に一人はサッカーをやっていることになります。

ボールとゴールの写真  ところで、これだけ世界の人たちが楽しんでいるサッカーなのですから視覚障害者だってやりたいという発想は当然のことです。実は各国ではかなり古くから取り組まれていて、現在のような世界選手権が開かれるようなルールになったのも三十年近く前だと聞きます。「えっ!パラリンピックにそんな競技あったかいな」とビックリされるでしょうけど、これはアジア地域での実施がされていなかったためにまだ採用はされていません()アテネパラリンピックから実施。

 アジアで最初に取り組んだのは韓国で、ワールドカップの共催もあり日本へ積極的な紹介を受けて2002年の年明けとともに日本で初めてのブラインドサッカーチームが産声を上げました。そのチームに縁あって参加する機会を得ましたので、今後の発展にも役立てたいと少し紹介させていただきます。

 まずプレーを観戦されたことのない人が最も心配されるだろうことは「激突をしないのか」ということでしょうね。当然ボールからは音が出ていますがバレーボールのように交互に打ち合うのではなく相手を突破してゴールする競技なので、実のところ接触はかなりあります。というよりも、ディフェンダー(守備)は相手フォワード(攻撃の進行を身体を滑り込ませて止めに入るのですから当然のことです。そこは世界選手権まである熟成されたルールですからボールを奪いに向かっている選手はチームごとの合い言葉(もしくはルールで決められた言葉)を叫び続けなければなりませんし、お互いに手を少し前に出しているのでクッションになりますしボールが目的ですからボディアタックのみが目的というのは反則行為です。足には普通のサッカーでもレガースで保護することが義務づけられているので、足同士のクロスは全く痛くありません。さらに危険防止のために孫悟空のわっかのようなヘッドギアも装着が義務づけられています。ほぼ全速力で走りますね。

試合中の風景  もう少し具体的なルールを説明すると、フットサルという5人制のミニサッカーと表現すればわかりやすいでしょうか、こちらが基本となっています。コートの大きさは40mと20mで縦ラインには再度フェンスがあってボールがはみ出さないようになっています。もちろんこのフェンスも安全なものですし、アイスホッケーのようにフェンスを利用してボールコントロールをするルールも珍しいものではありません。ゴールキーパーは弱視もしくは晴眼者で、相手ゴールの裏にはコーラー(コーチ)、そしてコート中央では監督が指示を出してくれますし選手同士でも声を掛け合いますからコート内はかなり騒がしい状態です。フィールドの4人が視覚障害者で、攻撃と守備に役割分担をするのでずっと走り回っているわけでもありません。

 初めて講習を受けた時には、頭では理解してても足だけを使うというのがとてもストレスでした。まずドリブルというものがわからないのです。ボールも思い通りの場所には蹴れませんし、転がってきたものを止めることもできません。「こんなものほんまにできるようになるんかいな」と思いつつ午後の練習試合が行われた時、指示はあるものの最終判断を自分でして思いっ切り走り回れるという快感にすっかり魅了されてしまいました。足の力は手とは比較になりませんし、これでボールを蹴るという快感も心に突き刺さってしまいました。

ドリブル練習風景  「うまくボールを止められないものがどうしてプレーになる?」と次なる疑問を持たれるでしょうが、ボールを前に蹴り出すのはシュートの時だけで基本は自分の両足の間を交互にタッチする形で運ぶのです。まさにタッチするという感覚でならボールが足に吸い付いてくるようなドリブルも可能になってくるのです。海外の選手は本当に「走る」というスピードでドリブルしてきますから、観客からは「全く普通のサッカーじゃないか」とため息が漏れるほどです。

 それで単にサッカーをやり始めただけなら目標がないのですけど、ゴールデンウィークに韓国でブラインドサッカーワールドカップが開催されるという話が実はあり、「ワールドカップ選手になれるぞ」という口車に乗ったのが真相だったりして・・・。このブラインドサッカーワールドカップは実現しなかったのですけど、ゴールデンウィークにはソウルでの日韓戦に参加することができました。練習の日に韓国の監督から受けた指導と惨敗の練習試合が引き金となり、日本チームは一気に団結と成長を遂げて親善試合ではPK戦で惜しくも敗れたもののスコアドローというできすぎの成果を収めました。

試合の風景2  さらに9月には神戸で日本・韓国・ベトナムの三カ国対抗が開催され、今度もスコアドローながら韓国にPKで雪辱を果たしベトナムにも攻め続けられながらもワンチャンスを生かしての勝利で、なんとなんといきなりアジアを制するという大殊勲を果たしてしまいました。

 日本では始まったばかりのブラインドサッカーですから個人技はまだまだ世界と比べものにはなりませんけど、チームワークを作るのが得意な日本ですから世界への道もそう遠くはないと思います。このサッカー創世記に関われて、本当によかったと思います。

 最後に当初の日本チームの合い言葉なんですけど、関西から産声が上がったということで繰り返しやすい短い言葉・・・、それは「まいど」でした。  まいどまいど、まいどまいど。

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