2004/5/23  第42回滋賀県障害者スポーツ大会 陸上競技

5000m競走の報告

スタート直前、靴ひもを整える管理者と伴走の西野さん  一体誰なんでしょうね、5000m競走なんてのを走ろうと言い出したのは?

 思い返せば少々古い話ですが、管理人がスポーツクラブで水泳を中心に体力づくりをしているのは仕事のためでありストレス解消であり趣味のためなんです。そして導入して欲しいと願っていたランニングマシンが入ってきたのは、一つ前に使用していたスポーツクラブを去る半年ほど前のこと。早速視覚障害者でも安全に一人で走る練習ができると乗ってみたところが、基礎体力はありましたからバテはしなかったものの足が付いてこないんですよね。元々から陸上はあまり得意ではありませんでしたし、まして中距離以上なんて「しんどいのはいやや」と敬遠していました。しかし、ランニングマシンは中距離以上を走らないとその価値が出ませんし、そのためのものでもあります。
 何でも意地を張りますからランニングマシンもぼちぼち攻略して、「それじゃ一発成果を試してみるか」ということで、ある年の県大会の陸上で1500mを走ってみたところが学生時代よりも記録が上がっていたのです(元々が遅かっただけかな?)。調子に乗って明くる年もエントリーしたところ、「二木君は5000mになってるでぇ」となんとなんと福祉事務所の登録ミスが発覚!!

よーいドン、直後の写真   ゴール直後の写真

 一度エントリーされたものはどうしようもなく、福祉事務所への当てつけでやけくそに完走したのが何故か癖になってしまったのです。明くる年には自らエントリーしたものの、これは調子に乗りすぎてやや失速。
 それ以後エントリーは控えていたのですが、2004年は盲学校を退職された先生から「どうして私も走るのにエントリーしないのだ」みたいなことを言われて、タイム的にはかなわないと分かっていながらも悔しすぎてついエントリーをしたのです。本当は1500m自由形も板に付いてきたのでそろそろ走りたかったのでしょうね。

メダルを受ける管理人の写真   伴走者の(当時)西野さんに金メダルを掛けての写真

 ぼちぼち練習を開始すると視覚障害者サッカーで走り回ることが身体に染みこみつつあり、5000mの距離が全く不安に感じなくなっていました(それどころか今はロードが走りたくて走りたくて)。
 採用したばかりの助手の (当時)西野さん は学生時代に長距離も走っていたとのことで、就職のご挨拶に見えたご両親からも強く奨められて伴走をしてもらうことが急遽決定。練習会は一度しか行えなかったものの、大会になってみると三人のエントリーがあったにもかかわらず二人が棄権で、結局大会最後の種目を一組(二人)で最初からウイニングラン状態。競技係員の方々、お世話になりました。


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