この文章は2008年11月7日の院長ブログからの転載です。


夏期研実技編(その5、最終回) 軽擦と「証決定への手順」


 第15回漢方鍼医会夏期学術研修会滋賀大会についての話題としては、おそらく最後になるのではということで、夏期研実技編の最終回となる4.証決定を行ったとしても、いきなり経穴を触診したのではベテランの気を動かす力であればよほどでない限りそれなりに身体は改善してしまうものであり、選経から選穴へというステップを必ず踏むようにする。について書いていきます。

 滋賀漢方鍼医会では独自テキスト「経絡治療の臨床研究 やさしい解説と実践取穴法を発行しているのですが、その自慢というか特徴は経絡経穴部門が最初にあるところであり読むだけで取穴できる解説書を目指して製作されたことです。ですから、滋賀が主催する夏期研であるなら取穴の実技をメインに行いたいというのが開催決定時での一番の希望ではありました。
 しかし、どの基礎修練も一生涯繰り返し行わなければならない中でも取穴というものは基礎中の基礎でありながらも鍼灸術を施すのに最高難度の技術でもありますから、講師陣の技術力は信頼しているのですけどたった二回の講師合宿だけでばらつきのある取穴の統一は絶対に無理と判断し、それでも一部だけでも取り入れられないかと模索はしたものの見送った経緯があります。
 では、取穴の実技そのものはできなくても取穴の重要性へとつながるもので滋賀らしい特徴はと考えた時、「指導マニュアル」の必要性を訴えられた目的が証決定までの統一であることは明白なので、選経・選穴というステップを必ず踏むように実技体系が構築できればという取り組みになったのでした。

 漢方鍼医会は研修会なのですから「学術の固定化はしない」というのが特徴の一つでありますが、発足から十年も経過するといい意味でも悪い意味でも考え方にも取り組み方にも差が生じてくるものであり特に経験豊富な治療家であれば様々なアプローチをしても治癒に導けてしまうので、さらには研修会の実技では声の大きい人が発言権を得る傾向が大きいので誰も口が挟めず、その班での長老の治療法がそのまま披露されている状態になっていました。
 これは決していい傾向でないことは誰の目にも明白であり、確認もしないまま施術が行われるのは論外としてもいきなり経穴へ指を当てて「確認した」と豪語されても、指が正しい経穴部位を探っていたのかという大前提が崩れているのでまずは軽擦によって選経を優先して確定させるというアプローチを開始しました。
 ところが軽擦そのものが久しぶりの人も多く、まして学生では軽擦という実技そのものを知らない人がいましたから最初から思わぬつまずきです。
 さらに裏話ではありますけど難経七十五難型の肺虚肝実証を見極めてもらいたいという意図もあって選経を優先的に確定させることを強調したのですけど、まずは選経を確定させてから選穴を絞り込むという手順に「病理考察には選穴まで含まれているのだから学術の後退になる」と強い反発も受けて、第十四回では取穴を性格に行うためには軽擦が必要である程度しか実技に反映されませんでした。

 しかし、事件が発生しました。
 その第十四回から取り入れられた実技シンポジウムで、私もシンポジストの一人ではあったのですけど三人出演して証決定のプロセスがバラバラどころか治療法までバラバラという実態であり、これは統一感のある証決定のプロセスを早急に整備しなくてはならないという方向へ向いたのです。
 さらには毎年開催してきたオープン例会において、要望や意見・提案を出していく立場の大阪・滋賀・福岡の代表三人が「地方の意見が反映されないどころか統一見解のようなものを出してもらわねば困る」と逆に強く詰め寄られ、緊迫した意見交換から本部関連でスカイプを用いた定期会議を開催することが決定したのです。
 このスカイプ会議は意志疎通に大きな役割を果たし、五月に入ってからというギリギリのタイミングにはなりましたけど「証決定の要素」が学術委員会でまとめられ、テーマである「証決定への手順」へ大きな弾みとなりました。証決定の要素とは、患者の主訴・愁訴を気血津液の変化として捉え、それを四診を通して病理考察し、いずれの蔵府に関わる病症かを弁別し、脉状診との整合を図った上で証を決定する。証には選穴や手法も含まれる。

 ここで選経から選穴というステップが省略されてしまったように読めてしまいますけど、選穴をするためにはまず選経を考えておかねばなりませんし選経と選穴は相互補完的に働かねばならないので「五行穴のこれを使いたい」という発想が先でそれが用いられる経絡はどれかという考察が時にはあっても構わないので、言葉が煩雑にならないためにはこの表現が簡便でいいという結論になっています。
 また「初心者には初心者の証決定がありベテランにはベテランの証決定がある」と私は基調講義の中で再度低減したのですけど、病理考察がスムーズであるなら絞り込んだ選穴の経穴のみに対して軽擦を行う方が効果は顕著であり間違っていたとしても負担が少なく、病理考察に至らないのであればそれでも治療はしなければならないのですから流注に沿って大きく軽擦をして選経を優先的に決定することもケースバイケースで必要です。初心者の場合には矛盾のない病理考察ができる方が少ないでしょうから触って最終決定することも仕方ないので、大切なことは学と術がしっかり結びついた治療を体得してもらうことだと結びました。
 つまり、どちらにしても軽擦という実技は必須事項となり、軽擦をすれば客観的評価ができるので声の大きな人の発言権だけで押し切られるケースも少なくなり、結果的に統一された証決定へと向かうはずです。
 それからテーマに掲げた「証決定への手順」についてですけど、当初は「証決定を踏み固める」という仮題で決定を待ちました。
 「証決定を踏み固める」でも意味もニュアンスも十分に理解できるのだが、実際に日々の臨床では証決定をして治療を行っているのだから「踏み固める」という文言は現在行っているものが軟弱な地盤の上で不安定な状態にあるような印象を与えかねないので、手順の再確認と統一をしていきたいということからアドバイスに従い「証決定への手順」となったわけです。
 それで基調講演での「証決定への手順」の結語ですけど、証決定の要素に従い診察から診断を進めるのですがレベルに合わせて「現時点で自分が取り組むべきものは何か」をハッキリさせ情報収集から割り出しまでのプロセスを確立させること、自分なりの現時点での手順を夏季学術研修会の中で手応えを持って頂きたいとしました。
 様々なアプローチがあり生命体はその様々なアプローチで回復するのですから、決して治療というものは固定化されるべきものではありませんし治療家の考えや趣向のみで決定していいものでもありません。まして「今はこの分野に興味があるから」とトライしながら体得するのはいいのですが興味本位で治療行為をするなど、言語道断であります。さらにいえば究極の治療法などあり得ないはずですし、死は避けられないのですからどこまで治療すべきかについてはもっと難しい仮題として常について回っています。
 その中で証決定をして日々の治療に取り組んでいる我々なのですから、「証決定への手順」をどのように定めているかというのは自分の人生そのものにも匹敵するはずです。

 そのような覚悟で臨んだ夏期研でしたけど、幸いにも絶大なる支援と協力を得て、ホテル施設の素晴らしさにも助けられながら全日程が無事に終了できています。
 振り返れば反省点ばかりですしこれくらいの大きな行事は数年間担当したくないというのも本音ですけど、滋賀漢方鍼医会だけでなく個人的にも大きな財産となってくれました。

 長く長く記述してきました第15回漢方鍼医会夏期学術研修会滋賀大会でしたけど、概要や実技に関する記録はここまでとしたいと思います。
 滋賀大会を受諾した時からの構想は、暖かなアドバイスとぶつかった壁により難度も難度も修正を重ねてこのような形となりました。当初の私たちとの予測とは多少違った方向へと向かった面もあるのですけど、結果として得られたものは期待以上のものであり、今後の漢方鍼医会発展のため・鍼灸の発展のための一つのステップになったのではと自負します。
 今後とも、ご指導をよろしくお願いいたします。


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