この文章は2008年10月25日の院長ブログからの転載です。


夏期研実技編(その4) 手を回しながらの腹診で病理産物の把握を


 夏期研実技編の第四弾になりますが、今回取り上げる「病理産物」についてはまだ講師陣の中でも統一的な見解に達しておらず、そのために漢方鍼医会の実技においても大きくクローズアップされていません。
 しかし、中医学で「病理産物」という言葉は当たり前に使われていますし、インターネットで検索すれば西洋医学の分野でも使われている言葉なのですから、もはや無視できるものではありません。
 この病理産物の触診がもっと定着し診察の中で必ず把握されるようになれば、"漢方はり治療"の幅が広がるだけでなく病理考察にさらなる合理性がもたらされるものと確信しているのですけど、第一に理論構築が・第二には伝える言葉を持っていなかったことを反省しています。

 ということで、客観的には未達成だった1.気血津液論を基礎とした病理考察を推進するのであれば、病理産物の触診を取り入れなければならないので、手を回しながらの覆審を導入することについて、現時点での考えも含めながら複雑にならない程度で書き進めてみます。
 平易な表現を心がけたゆえに、長文にならざるを得なかったこともお断りしておきます。

 私が病理産物について注目し始めたのは、何と行っても「お血」からです。
 第27回伝統鍼灸学会で発表した『知熱灸施灸点選択とその病理考察』でお血に対する概説をしていますが、この中でも少し触れているように助手時代に既にお血の触診をしており、さらにお血を三段階で処理することも実行していましたから、病理状態によって発生するものだという認識もありました。
 しかし、背部など局所のお血は触診できるのですけど経絡に対する触診は井穴でないと判断できず、五臓相互に及ぼす影響なども判断することができずにいました。
 さらに臨床投入できる段階になったばかりの難経七十五難型の肺虚肝実証ではありますが、お血特有の病症そのものが少ない上に「何でもお血ならこじつけられる」との酷評もあって、なかなか理解してもらえないのでもありました。

 それで慣れないこともありますしどうしても難経七十五難型の肺虚肝実証で治療しなければならない患者さんを見極めるためには、脉診のみでは説得力も革新もありませんから、発見した当初より腹診へは着目していました。
 私個人は漢方鍼医会創設から参加していたのですけど滋賀漢方鍼医会として地方組織ごと参加したのは遅れて十周年の時であり、それまでは独自路線が取りやすかったこともあって、着目していた腹診をまとめて「腹診点方式」という腹診点と呼んでいた反応の組み合わせを見極めるだけで証決定の大きなヒントになる診察も加えて難経七十五難型の肺虚肝実証を判定するのに役立てていました。
 この腹診点方式は修得に時間が掛からず的中率も高いので短時間で臨床投入できる人を多く排出はしたのですけど、あまりに重宝でその後の勉学意欲を殺いでしまったり脉診修得の妨げになったり、そしてそれなりの治療ができてしまうために肝心の病理考察に身が入らずおろそかにしてしまうという大きな欠点も持ち合わせてしまった診察法なので、大きく非難を浴びる結果ももたらしました。
 それでも負け惜しみではありませんが、この腹診点方式により難経七十五難型の肺虚肝実証を見極めることができるようになり、臨床から得られた経験はさらに治療法の改良へとつながっています。現在の研修会では実技に取り入れていないものの臨床室では時々確認ツールとしてまだ用いていますし、補助的に残しておいてもいいものではないかと今でも考えています。

 しかし、病理考察に結びつかない診察法は気血津液論をベースとする漢方鍼医会にはふさわしくない診察法であることを認めざるを得ません。
 そこへ一石を投じてくれたのが、第11回夏期学術研修会大阪大会から登場してきた漢方腹診であり、漢方鍼医会の中で定着していなかった腹診について一気にまとめるものでありました。
 五臓の配当部位がしっかりしている上にそれぞれ重なり合う部分の診察ができ、五臓それぞれの気血津液の状態を把握することができるので脉状診との整合性が取れているかまで押さえれば病理考察と気血津液論を結びつける大きなヒントとなります。
 さらにつまみ上げるような触診をすれば五臓のどこにお血が多く沈殿しているとかも把握でき、前述のように五臓の重なり合う部分で特に肝と腎の間でお血が認められたなら肝実証としての判断に大いに役立ちます。

 ここまで気血津液論とリンクした診察法を漢方鍼医会は全面採用したのですけど、「把握できたお血の処理はどうすればいいの?」という次なる壁が待ちかまえていました。
 決して本治法のみがお血処理の手段ではありませんが、腹診を導入してもまだ難経七十五難型の肺虚肝実証については広く理解される段階には至らず、病理状態把握に今一歩の手段が必要だと考えるようになりました。

 五臓それぞれだけでなく手を回しながら腹診することは第11回夏期研の時点から実は行われていたのですけど、前回夏期研実技編(その3) 実践的手法修練が採用されるまでで触れていますが、脉診も腹診も『鏡』なのですから漢方腹診でももっと大きく把握してみればどうなるだろうか・もっと大きく手を回してみればどうなるだろうかということを漠然と思いつきました。
 第13回大会で二年後の滋賀大会が決定し、選経・選穴という基本的な段階を一歩ずつ踏み固めるようなやり方がしたいという理念が最初からありましたから、脉診においては菽法の重さの決め方までさかのぼって大きく捉え直すことをすぐ思いついていたので腹診も大きく捉え治せばという、単純な発想からです。
 するとどうでしょう、大きく手を回すことにより何やら感じるものが異なっていることはすぐ理解できるようになって、まず最初に気付いたのは痰飲の存在が把握できることでした。一般的な痰飲の判定方法といえば仰臥位になっている患者ののど元に拇指と示指を広げた手を近づけ熱感を探り、人迎の高さより下側なら胸の熱で上側なら痰飲として判断できますが、津液の深さで大きく手を回していると痰飲が発生していれば粘りがあって手が吸い付けられてしまうのです。
 「なんだこれは脉診の単按と総按のように同じ部位を見ていても局所に絞るか全体を重視するかでこんなにも印象が違うものなのか」と気付いたなら、次は血の深さで堅くなっている血滞と力が抜けてしまっている血虚の状態を把握できることにも気付きました。津液の深さでは粘りがないのに水分がやたらと多い状態や、逆に枯渇している状態があることも分かってきました。

 そして学生の見学が「血滞はどのような証につながるのですか?」と向こうは当たり前の質問をしたのでしょうが、病理から発生してきた気血津液が変化したものは直結はできないものの証決定に当然大きなヒントとなるはずです。
 血滞が発生していれば熱が発生していることであり、血中の津液が不足した時にこのようになりやすいのではということで、その他にも肝の変動を認められるなら肝虚陰虚証を想定しながら診察を進めると合理的に病理考察ができてしまうことに嬉しくなりました。
 血虚の場合には肝の持っている血そのものが不足しているのではということで肝虚陽虚証を想定しながら診察していると、そのうちに気虚の所見というのも把握できるようになってきました。

 ここでちょっと視点を変えます。
 気血津液というのは漢方の概念であって、物理的存在を重視する西洋医学との障壁の一つであります。つまり、気血津液の物理的存在が示せないからです。その割に最近の西洋医学は、お血に対する都合のいい解釈だけ持ち込んだりはしていますけどね。
 このうち津液と血は液体ですから、津液はリンパ液のようなもの・血は血液のようなものと表現されていることもありますけど、あくまでも気血津液という漢方医学の概念で扱った方がいいと考えます。
 先人たちの努力でも達成できていないのですから例えばの話になりますが、もしも気血津液を客観的に把握する方法があったり触診する方法があったなら、西洋医学が消去されてしまうことはないにしても世界中の医学が根底から変革されていくことでしょう。
 しかし、気血津液そのものは触診できなくてもそれが変化したものは大きく手を回しながら腹診することで、割と簡単に触診できたのです。つまり痰飲や血滞・血虚・気虚・気滞などです。
 これらは気血津液が病理状態によって変化したものであり、病理によって産み出されたものという意味で『病理産物』という四文字熟語を与えてもいいのではないでしょうか?確かに漢方の用語辞典の中には病理産物という項目が見あたりませんけど、西洋医学でも代謝産物という言葉がないのに意味を的確に表現するということから熟語として用いられているのと同じレベルに捉えればと考えます。「気は物質ではないのだから産物という表現は適さない」という反論を何度も受けましたけど、気の変化は体表に確実に現れていますから病理産物という言葉に何ら支障はないはずです。

 さて結論になります。
 手を大きく回しながら腹診することで全身としての病理産物の触診が可能となり病理考察を合理的に素早く組み立てる手助けとなって証決定にも客観性が見出されてきます。
 そしてもう一つ大切なことは、治療がうまくいけば病理状態が解消するのですから病理産物も消失するということで、大きく手を回して腹診した時に「何も感じない」状態になっているはずだということです。脉診でも「いい脉」で確認はできるのですけど、「いい脉」とは実は評価が難しいのに対して、病理産物を対象に腹診していればその評価はかなり客観的です。

 さらに理論武装して、より的確でより効果的な診察から治療へと努力していきたいと思います。


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