1. タイトル

十二指腸潰瘍

 

2. 結果について

 現在まで13回治療し、治癒手前で苦戦中。

 

3. 診察について

 

  3.1 初診時について

 患者は28歳の女性、母親からの紹介で来院。若い女性なのに口数が非常に少なく、おびえた感じ。まだ夏の終わっていない9月初旬なのに、手足は冷たい状態でした。

 

  3.2 主訴

 約2年前より腹痛が発生しやすく、連動して胸焼けと非常に強い倦怠感が発生している。この症状が発生するとアルバイトで勤務している運送会社にも出られないほどつらい。特に揚げ物を食べると確実に強烈な胸焼けが発生するので一切口にせず、大好きな甘いものなども制限して食事は節制しているのだが回復をしない。

 何度か検査は受けていて胃カメラも飲んだが、原因は判明せず服薬も効果がないので飲まなくなってしまった。

 

  3.4 四診法

 望診はおびえた感じで表情に乏しく、低くぼそぼそとしゃべるだけ。後でわかったことだがしゃべるだけでも倦怠感が強くなってしまうので、家でも職場でも極力しゃべらないようにしていた。

 聞診では化粧もほとんどせず香水なども使っいないのだが、胃腸疾患が濃厚なのに特に気になるようなにおいはない。

 問診では単語をぼそぼそしゃべってくれるだけで、ベッド上でも腹痛がしており胸焼けもある。自覚的に胸に熱がこもっている感じはないのだが、のどへつき上がってくるような感じはある。あまりに倦怠感が強く、何をするにもやる気が起こらないとのこと。

 脈診は沈み気味だがやや数で、数はこれは痛みを現時点でも感じているからだろう。少しトがあり胃の気に乏しい。菽法では脾と肺と腎が六菽で並んで触れられ、肝は弱々しいのだが菽法の切れ目がない。そして全体的に開いている感じで、これは気が身体に治まりきらず抜けているのだと明らかにわかる。しかし、言葉で表現すると末期のようになってしまうが菽法の深い位置では胃の気があり若いことからもそこまで悲観するような脈状ではないと思われた。

 そして腹診だが、胃袋に相当する部分は不快だが大きく押さえても痛みはないという。ところが正中からやや右側の幽門部は硬いものが触れられ、そしてさらに右側を触診すると明らかに硬結が強くなり、こちらは押さえると痛みが増悪する。アルファベットのCの文字で硬結が続いており、十二指腸潰瘍と診断できるのではないかとこの時点で伝える。

 

4.        考察と診断

5.         

  4.1 西洋医学や一般的医療からの情報

 自己組織融解が本質なので従来は胃十二指腸潰瘍とひとくくりにされていたのだが、治療法が若干異なることから最近は区別されるようになっています。X線検査や内視鏡で容易に判別されるのですが、症状からだけでも診断はできるとあります。十二指腸潰瘍の方が若年者に多く、胸焼けを伴うとも表記されていました。

 

  4.2 漢方はり治療としての考察

 まず物理的な内臓の硬結は無視できません。しかし、単純に脾虚証というのも可能性は高いでしょうが短絡的すぎます。この若さなのにしゃべることさえ控えてしまうという精神状態をまず改善せねばと考えました。おびえている表情は恐れなのか悲しみなのか、それとも思いを過ごしているのか何もかも抑制した生活にしているのですぐには判断できませんが時期的に変わっていくものとは予測できます。つまり、証は変わっていくと予測されます。

 初診時は胸焼けが強くのどへも月上がってきているのに、猛暑が残っている9月初旬なのに手足は冷たく逆気が非常に強い状態です。矛盾だらけですが、女性でもあり長期にわたる症状は悪血をより蓄積しているとすれば、肝実証を中心に考察すると問題解決の糸口になりそうです。

 

6.        治療経過

7.         

  5.1 初診時の治療

 証決定は最終的に脾虚ではなく、憂いや悲しみを過ごしていることを考慮し肺虚肝実証としました。潰瘍の場合には内臓の動きを助けるために腹部へホットパックを当てながら治療することが多いのですけど、今回はおびえているところへ機械類が出てくると余計に怖がらせてしまうことと胸焼けから逆気も出ているのであえて行いませんでした。女性ですから右の復溜と陽池へ二木式ていしんで営気の手法、側頸部へ邪専用ていしんでタッピングを加えて五臓それぞれの菽法の高さへ整ったことを確認し本治法は終了としました。半時間近くそのまま休んでもらい、本人が腹臥位で大丈夫ということなので標治法は背部へ数カ所の散鍼とゾーン処置、ローラー鍼と円鍼を行い、最後にナソ・ムノに腹部の散鍼で全体を終了しました。

 

  5.2 患者への説明

 患者へは腹部の硬い部分が十二指腸であり、胃潰瘍と症状は似ているが重症になっていることを説明しました。ちょうど数日前に同じ年代の女性の胃潰瘍を治療しているが、発病から三週間程度であり三回で終了しているがこちらは二年経過しており、しかも関連症状が多いので三倍以上は回数が必要だろうと告げます。半信半疑とは思われるだろうが、胃腸の動く感じが本日中に出てきたなら診断が正しいということであり、しっかり信じてほしいといいました。おびえさせないように、強い口調は避けています。

 

  5.3 継続治療の状況

 以後は概ね一週間に一度のペースで治療をしています。二回目では朝食が少しだが食べられるようになり、胸焼けが発生しなかったことから診断の正しさを認めてくれて、同時に精神的圧迫が取れたようで初回では全く見られなかった笑顔でベッドへ仰臥していました。

 三回目の経過も良好だったのですが、四回目の時に途中まで食事量が順調に増やせていたのでずっと我慢していたチョコレートを食べたならおいしくて一気に食べてしまい、また胸焼けがするだけでなくぞうきんを絞られるような感じでみぞおちが非常に苦しいと訴えられました。食事をするのがまた恐怖になっているので、一番の好物は何かと尋ねたなら若鶏の唐揚げだといいますから、「それじゃ一ヶ月半後に食べられる目標設定をしよう」と約束をしました。

 その後は二週間に一度ずつアイスクリームを食べたりして首が締め付けられるような症状が出ては量を調節して経過し、一ヶ月半後には怖かったので薄いカツサンドに変更したものの約束通りに揚げ物を口にすることができました。これで信頼関係は強固なものとなり、次の目標はクリスマスケーキをおいしくたくさん食べられることに設定しています。

 ところが明くる日に調子に乗ってココアを飲んだなら強い腹痛がして胃腸薬を飲む羽目になり、次は何故か突然走ってみたい衝動で普段はさせていない犬の散歩をしたならそのときはすかっとしたのだが後から首が締め付けられるような症状が出て、次の週はお菓子を食べまくれて幸せだったのにお風呂上がりから急にまた腹痛がするとトラブルが続きました。これらは本人に起因することなので仕方ないのですけど、この三回は証を脾虚肝実証で太白に衛気の手法で左光明に営気の手法、肝病で右三間に営気の手法、脾病で左足臨泣に営気の手法と本治法を変更しています。

 現時点で最終の治療は一週間前の13回目、初診時から三ヶ月を過ぎたところであり、なんとか二週間持ちこたえることが初めてできました。揚げ物を含めてバランスのよい食事を心がけてはいますが、大好きなお菓子だけは食べ過ぎになっています。

 

6.        結語

7.         

  6.1 結果

 現在も治療継続中です。治癒の時期についてはまだ明言できていませんが、治療間隔を延ばしていくことで鍼灸だけに頼るのではなく自力でリズムが作れるように仕向けています。

 

  6.2感想

 胃カメラまで飲んでいたのに、どうして十二指腸潰瘍が発見されなかったのかふしぎであり、その後も薬を出すだけで不親切な病院の態度には話を聞いていてこちらも腹が立ってきました。しかし、重症化していると最初からわかっていたものの潰瘍は鍼灸が得意とする病なのに三ヶ月経過してもまだ治癒できないことは、私の力不足です。患者がトラブルを何度も起こしてはいるものの、もう少し予見できても良さそうなものだと反省しています。

 ただ、患者には笑顔が戻り年齢相応のおしゃべりも復活して何よりお菓子の話をしているとうれしそうですから、一緒に治癒までつきあっていこうと思います。




講義録の閲覧ページへ戻ります。   資料の閲覧とダウンロードの説明ページへジャンプします   『にき鍼灸院』のトップページへ戻る