1. タイトル

 緊急事態宣言中だからこそ通院されてきたバセドウ病

 

2. 結果について

 途中で寝違いでの首の痛みやぎっくり腰を追加しながらも、ほぼ予定回数で治癒。

 

 

3. 診察について

  3.1 初診時について

 “covid-19”と名付けられた新型コロナウィルスがパンデミックを起こした2020年、日本では強制的なロックダウンこそ法律上できないものの営業自粛を含む緊急事態宣言で誰もが外出を自粛していました。医療機関への通院は認められていたものの、それでも受診を控える患者さんが多かったところへ体調不良は我慢できないと来院されました。しかも、3人も子供を連れてという肝っ玉の座ったお母さんです。

 

  3.2 主訴

 とにかく全身がだるい。疲れが抜けないのだが、新しい仕事を立ち上げたばかりのスタッフなのでシフトから抜けることができず、毎日9時間も厨房に立ち続けなければならない状況が続いているとのことです。小学生二人と三歳の子供は預かってもらえるものの、やはり通常とは違うのでこれも負担になっているという話でした。

 

  3.3 その他の愁訴

 疲れがひどくなってからは朝に腕のしびれがあり、元々から足が冷えやすかったのだが余計に冷たい状態になっていると強く訴えられます。新型コロナウィルスの騒動で全国に緊急事態宣言が発令されるというタイミングだったのですけど、支援型の食堂を計画して立ち上げたばかりでありこれは緊急事態宣言には左右されない仕事ですから、同時に自分の身体も緊急事態に左右されていてはいけないとは思うのですが、体調は悪化し続けてしまいます。

 橋本病の既往歴がある友人がいて、この友人の紹介で小児鍼へ子供を連れてきたことはあったので鍼灸への信頼はありました。たまたまこの友人が数日前にしんどそうな表情だったのに当日出会うと人が変わっていて元気であり、どうしたのかと尋ねたなら鍼灸治療を受けてきたばかりだということだったので「今度は自分が受ける番だ」と直感し、すぐ電話を入れてきたということです。どのみち仕事で毎日外出しているのだからと、通院には不安を感じなかったとのこと。それよりも「こういう状況下で治療が受けられることが何よりありがたいです」と、まだ治療そのものが始まってもいないのに感謝の言葉を頂いたのには、身が引き締まる思いでした。

 

  3.4 四診法

 39歳、女性、三人の子供の母親でありながら現在スタートアップしたばかりの仕事の中での体調不良に苦慮しています。望診はやや痩せ型で小柄ながら、パワフルな性格であり友人の劇的回復を見て希望を抱いて来院してきたので眼光が鋭いというのが第一印象でした。聞診は、特に無し。

 問診では今の仕事は三週間前からで、社会的弱者のための支援型食堂なので緊急事態宣言下でも仕事が止まることはなく職場から抜けることができないと、治療には通うので仕事が続けられるかとまず質問されてきました。最初は生活環境の変化と労働の疲れだろうと思っていたものの、眠りたいのに眠れない状態あたりから異変に気づいてきたといいます。足の冷えもどんどんきつくなってきているのも異常だと感じていました。

 脈診は臨床現場だと同時並行で行うケースがほとんどなので、問診と一緒に開始したなら指が触れた瞬間に沈みきらないのに次が立ち上がってくるというバセドウ病特有の脈状だと判断できました。間髪入れずに「これはバセドウ病ですよ」と患者に告げていました。当然ながら数脈ですが、指を突き上げてくるものの強烈な鋭さとは少し違います。沈みきらずに次が立ち上がってくるのが甲状腺疾患特有の脈状であり、角度の違いでバセドウ病と橋本病の区別ができます。

 続いて触診で甲状腺を探ると、素人でも判別できそうなくらいに左右どちらも大きくなっていました。眼球突出ではなく正しくはこめかみの脂肪が落ちてしまっているのですけど、眼球の状態も確認しています。腹診では年齢よりも艶が薄く、肝の診所は変動が大きく全体的に気が突き上がってきているという印象がありました。それから腹大動脈の拍動が浅い場所でも確認されるほど大きくなっており、多少下痢気味ではあるものの食欲が落ちている方が本人としては気になっているということでした。

 

4. 考察と診断

  4.1 西洋医学や一般的医療からの情報

 バセドウ病は甲状腺機能亢進症のことで、自己免疫疾患だとされています。頻脈・甲状腺腫大・眼球突出の特徴から通常は症状だけでの診断が可能です。女性に多く発病し、近年増加傾向にあるのですが原因は不明です。

 

  4.2 漢方はり治療としての考察

 西洋医学の病名であるバセドウ病と診断したのは私ですが、過去に多くの症例を扱っており頻脈・甲状腺腫大・眼球突出の特徴も確認してのことです。通常は西洋医学の診断を我々の診察の基準線へ流用しているのですけど、明らかに病名がわかるものは患者へその場で告げて構わないと私は考えていますから、今回も即座に告げました。その方が付随する症状も納得してもらえますし、院内パンフレットでその他の細かなことも説明でき注意事項も文字ベースで伝えられてしまいます。そして「脈で診察したものは必ず西洋医学の診察と合致していなければならない」という、大師匠の言葉を尊敬し実践し続けています。

 漢方はり治療としては頻脈や倦怠感は肝の疏泄作用が暴走しているものであり、それに引きずられて不眠や足の冷えも発生してきていると解釈されます。過去の膨大な経験から症状の回復は三回程度でできてしまうのですけど、内分泌疾患は症状の消失で治療を打ち切ると再発してしまったケースが多く、再発防止までをワンパックとして治療を受けてもらえるように最初に説明しています。

 

5. 治療経過

  5.1 初診時の治療

 まず最近取り組んでいる時邪の処理で、413日でしたから「二の季」であり心経と小腸経の井穴へ摂按を交互に繰り返し、数脈ですから陽経からの治療のほうがいいだろうという予測通り陽経の側で脈状が落ち着きます。症状は強く出ているものの病理的には疏泄作用を回復させることが目的であり、脈も浮く方へ変化をしていましたから生気論を選択しました。肝経を調整するには剛柔が大腸経となり、生気論は原穴か絡穴が用いれるはずなので探ると、右の遍歴で瞬間的に数脈が落ち着き菽法もほぼ整いました。ナソ部と腹部も整っていることを確認し、肝虚陰虚証として右の遍歴へ駅の修法を行いました。各部が菽法へほぼ落ち着いていることを検脈し、側頸部へ邪専用ていしんで細かな邪を払っうとさらに菽法の位置が安定したので、これで本地方を終えることにしました。

 小さな子供が3人で待合室にいたのですけど、音楽をキッズステーションへ切り替えて設置してある無料wifiで動画も見られるようにしたので待っていられると判断し、いつもの経絡に一周してもらうために半時間程度そのまま休んでもらう治療形式で続けました。子供のことが気になっていたものの、そのうちに浅いですが睡眠に落ちていたということでとても気持ちよくなってきたということです。標治法は肝兪だけは丁寧に衛気で補いその他の背部は艶の偏りがないように鍼数はそこそこという感じで行いました。背部の仕上げにはローラー鍼と円鍼を行い、仰臥位でナソ・ムノの補助と腹部散鍼で、菽法が崩れていないことを確認して終了としました。

 「まさか自分も友人と同じホルモンの病気だったなんて」と最初は非常に驚かれましたけど、逆に「あの子があんなに回復しているのだから」と更に希望が高まったということでした。その後に上の二人の子供も小児鍼で治療をしていたのですけど、「楽に子供が抱けるようになりました」と嬉しそうな顔で帰宅されていきました。

 

  5.2 患者への説明

 バセドウ病と聞いて驚かない素人さんはいないので、「この病気は鍼が非常に相性がいいものです」という説明から入るようにしています。そして「症状が消失しても必ず再発防止の文までパックにして予約はとってください」という約束も最初にしています。更に再発防止まで行ってもらったなら、数年経過してもバセドウ病で再び受信されたケースがないことも加えます。これは開業からの年数が長いので自信を持って押し切れる言葉かもしれませんけど、まだ開業していなかったり年数が浅くても「先輩たちの臨床経験がこのようなことを言わせているので」とセリフを借りてしまうことは、全く問題ないことであり私はそのようにして年数を重ねてきました。

 

  5.3 継続治療の状況

 二度目の治療は一週間後。「えっ、こんなに変化をするなら一日おきとかじゃないんですか」と質問されましたが、「ホルモンの病気は変化が現れるのに時間がかかるので一週間に一度くらいが丁度になりますし他の人もそうしています」と説明しての予約でした。緊急事態宣言が全国へ拡大され予約キャンセルが続出している中でしたから、経営者の心理としては正直なところ安定して通院してくれる人の予約を取りたいという誘惑はありましたけど、こういうときこそ患者の立場優先ということでいつものようにしました。経過は非常に良好で、まず睡眠が取れるようになり倦怠感も八割改善して本日の治療をとても楽しみにしていたということです。自宅でパンフレットを読んでいると、確かに動悸を感じることがあったことを思い出したとのことです。まだ数脈であり、肝虚陰虚証で右の遍歴を液の手法で本地方を行いました。その後の標治法は、ほぼ同様です。

 三度目はまた一週間後、初診からは14日目でバセドウ病による倦怠感などはすでにほぼ消失していました。バセドウ病本体への治療は通常ならこれで終了ということであり、極めて良好な経過です。ところが、今週は夜中に息子が何故か飛び起きてしまい驚いて自分も目を覚ましたならそこで首の痛みが発生して、四日目なのにまだ痛みが軽くならないので一緒に治療をしてほしいと言われました。脈状は安定しており首の痛みも局所へ力が加わっただけの単純なものと判断できたので、肝虚陰虚証で右の遍歴へ衛気の手法で本地方を行い、標治法は首へ瀉法鍼を追加しただけで同様に行ったところ、最後には首の痛みもすっかり回復できていました。

 四回目は初診から31日目、4月末で期待は薄かったものの学校再開があるかもしれないということでカレンダーだけのゴールデンウィーク明けは飛ばして予約日を五週間ごとしていたのですが、30kgの米袋を二度担いだならぎっくり腰が発生してしまったのでと自ら予約変更しての来院でした。立ち上げスタッフなのでカレンダーだけのゴールデンウィークと言いながらも他のスタッフのシフトが変動してしまうのを埋め合わせて出勤していたということで、「体調が回復していたので調子に乗りすぎていました」と反省の言葉からの問診でした。ぎっくり腰そのものは自発痛も伴うものの痛みの程度は悲鳴が上がるほどではなく、今回はぎっくり腰優先ということで脾虚肝実証として右の太白へ衛気の手法、左の外丘へ営気の手法で本地方を行い、標治法は腰への散鍼を中心にして最後に脊柱起立筋の緊張を起こしている境目へ円皮鍼を打ち込む痛み止め処置により、治療終了時にはすっかり腰痛がない状態で帰宅していただけました。ただし、今回はバセドウ病の再発防止にはカウントできないので治療回数が一回伸びてしまうことを了解してもらいました。

 五回目は初診から六週間後でぎっくり腰からは10日目、ぎっくり腰はすっかり回復しており体調もずっと安定していました。数脈もわずかで肝虚陰虚証で右の遍歴へ衛気の手法で本地方を行っています。六回目は初診から七週間後、緊急事態宣言も全国で解除され社会生活が本格的に戻ろうとしている時期になりました。仕事も家庭生活も体調も安定しており、再発防止としてもこれで十分だろうということで今回も肝虚陰虚証で右の遍歴に衛気の手法で行い、治癒として治療終了としました。

 

6. 結語

  6.1 結果

 ぎっくり腰が途中に挟まったので回数こそ一回分余計にはなりましたけど、きれいに治癒してその後に別の患者さんを紹介してもらっていたりもします。

 

  6.2感想

 “covid-19”という情報化社会に突如沸き起こった疫病は、航空機の発達とビジネスの国際化からパンデミックの拡大速度も早く、加えて都市封鎖(ロックダウン)という経済活動を急停止させねばならない非常事態を引き起こしています。ウィルスは人類が地球上へ登場するずっと以前から存在していたものであり、地球からすれば我が物顔で環境改造をしている人類へ先輩生物が定期的に鳴らしてくる継承なのかもしれません。とはいっても経済活動がなければ人類は存続できませんし、不必要に命を落とす人が連続するのを食い止めねばなりません。

 残念ながら鍼灸は感染症に対して直接戦うことはできないものの、感染症に関係なく発生してくる不定愁訴は東洋医学の分野であり周辺から新型コロナウィルスへの対抗をしています。あるいは感染が一段落したならステイホームの間に体調を崩してしまった人が外へ出てくるようになり、このステージは鍼灸が健康を取り戻す最前線で活躍するものです。この症例も緊急事態宣言が出ていても仕事を休めず子供も小さいという手詰まり状態だったものを、脈診があったので一瞬でバセドウ病と見抜くことができ首や腰の痛みが途中に入ってきてもほぼ通常の回数で治癒に導けています。

 緊急事態宣言のような緊張し続けているような状態の時には、症状が強いほど逆に力技でねじ伏せようとすると失敗につながりやすいものです。「この症状だけは今回で取ってあげたい」という気持ちにはなるものの、緊張から経絡の流れも早くなっているのでそこまで計算をしてむしろ弱い治療のほうがあとから回復してきたりします。これを見極められるのが脈診であり、手詰まり感のあるときほど検脈をしっかりしていきたいと改めて感じた症例でした。




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