2006.1.15

 

「漢方鍼医基礎講座」 その8

 

二木 清文

 

 

 改めて、あけましておめでとうございます。

 いきなり本論の方へ入っていきますけど、昨年中で非常に印象的だったというか、「これは変えていかなあかんのちゃうか」ということが皆さんの中でも色々とあったと思います。その一つにこれは多分歴史に残る優勝でしょうから実名で喋りますけど、プロ野球でロッテが三十数年ぶりに優勝をしました。優勝の原動力というのがボビー・バレンタインというアメリカ人監督による「ボビー・マジック」だといわれます。何が「ボビー・マジック」なのかといえば、プラス思考ではなくより踏み込んでポジティブ・シンキングということをやっていたからだと思うのです。ボビー自身も、そのように語っていました。

 今までに聞かれたことがあると思うのですけど、日本人は「プラス思考」という言葉が好きです。前向きに考えていこうという意味に捉えてもらえばいいと思います。ただ、私はプラス思考という言葉がもう少し好きじゃないというのか、この言葉にのめり込めなかった部分があったのです。私が助手で勤務していたのは阪急沿線の園田というところなのですが、駅は下にショッピングセンターが入っている高架構造になっていて高架を昇っていくのに合わせて電車から見えるように塾の先生だったと記憶しているのですが「プラス思考」という看板を、乗客に見せるように掲げてあったのです。この言葉が非常に好きだということで掲げられていたのだと思いますけど、これをいつも見ていて「うーん、もう一つ納得できんなぁ」という感じだったのです。

 というのが、日本人というのは「まぁまぁええやないか」という発想がどこかにあるのです。例えば野球が出てきたので、そのまま野球で話をしましょうか。勝った時にはもちろんよかったことをどんどん話します。「このプレーがチームを救った」とか「ここの守りがよかった」「この一打が決定打になった」、あるいは辛抱した試合も「辛抱が実った」のようなことをみんなで話します。それで負けた時にはどうかというと色々と反省点は出しますし、もちろん次へつながることも出します。しかし、ここで日本人のいいところであり悪いところなのですけど「次につながるためのこういう材料があったから、まぁまぁ次に向けていきましょう」と負けたこと自体を否定はしていないのですけど、反省会の最中に「まぁまぁええやないか、次のためにはこれで」としてしまうのです。草野球をやっている段階なら、これでもいいと思うのです。でも、オリンピックへ出場するまで行かなくてもスポーツをするのであれば特にチーム競技をやるということは、やっぱり勝ちたいからやるのです。その時に「まぁまぁ今日のことは今日で忘れて」という発想は、違うだろうと思うのです。

 ポジティブ・シンキングはどういうものかというと、「負けは負け」とまず負けたことは絶対的に認めるのです。「負けたから次は同じ失敗を繰り返さないためにどうしていけばいいだろう」ということを考えるのです。この試合の中でよかったことは、これは継続をしていく。悪いことも「あの時はこれが悪かった」「この試合でこれが悪かった」とデータをちゃんと残すのです。「まぁまぁ」ではないのです。それで、悪循環に陥りかけた時に「この時の悪いデータはこうだったからこれで断ち切れ」と、このような指示の出し方をするのです。もうちょっと表現を変えると、人間は必ず同じ失敗をするものなのです。例えば内野でも外野でもどこを守っていてもいいです。ゴロを取り損ねるとかフライの目測を誤るとか、あるいはバッターなら外角低めのカーブは苦手なくせにどうしても手が出るとかです。このような失敗を、人間というのは必ずするのです。それで失敗をすることをちゃんと認めた上で、次は大ケガしないためにどうすればいいのかと考えるのです。

 

 鍼灸院でも同じだと思うのです。正直言って、十人来院されて十人全員は治りません。表現が悪いですけど、人間産まれたら死にますから中には亡くなられる方があります(苦笑)。ちょっと死ぬことを先に喋りますと、鍼灸院の最終目標としてはピンコロが一番いいのです。ピンピンしていてコロンと亡くなられるやつですね。「あぁ鍼の先生が最後まで元気に生かしててくれた」となるでしょう、これは病院では絶対にあり得ない話です。うちが係わった末期症状の患者さんですが、末期になる前に来院された方はほぼピンコロでした。悪くなられたとしても、せいぜい一ヶ月でした。二ヶ月間悪かったという方は、おられませんね。残念ながら十二月当初まで来院されていてこの年末に亡くなられた方がおられます。この人は親戚ではないのですが親戚のようなおばちゃんで、うちで一杯飲んでもおられました。どうも胆石の具合が悪いというのは分かっていたのですけど、それくらい元気だったのです。秋だったと思うのですが一度入院されていて、退院後の最後の診察は重い漬け物石を持って腰痛が発生したのですがこれもうまく回復し、治療後十日ほどしてからまた腹痛がするということで入院されたのです。入院後に黄疸が出て、その後いきなり多臓器不全ということですから推測なのですけど、癌でも二週間程度で黄疸から多臓器不全ということはあり得ないのでどこかで西洋医学的に誤診があったのではないかと考えています。高齢は高齢の方だったのですけど、高齢であればあるほど悪性腫瘍はゆっくり進行しますからそのようなことも考えると西洋医学的にはどこかで誤診があったのではないかと思われます。でも、ピンピンしていてコロンと逝かれたのです。それが一番いいのです。十人のうち全員は治られませんが、亡くなられるのであればピンコロが一番いい。

 その一人を除いても、後の九人が治られるかといえばこれがまた治らない。九人のうち二人くらいは人間的に合わない、あるいは最初から拒否されています。どうしても人間的に合わないという方が、残念ながらおられます。こっちはいわば商売ですから合わせようとするわけですが、「ごうがわく」と言えば分かってもらえるでしょうか(関西弁じゃないですよね、笑い)何度も同じことを繰り返されているとその方を見るだけで虫の居所が悪くなると言うことですよね、というケースがやっぱり出てきます。それから無理矢理勧められて来院させられたということで、最初から鍼灸治療というものを信用していないのにベッドに乗っているなんて人もいるのです。

 あとは七人です。さぁ七人のうちどれだけ治るのかということになりますが、出来たら五人は治して欲しいですね。でも、四人治れば、その鍼灸院は流行ります。それでも、あと二人がやっぱり治らないのです。

 

 「これをどうするか」なのです。プラス思考であればまぁまぁあの患者さんは途中だったけれど患者さんの都合だから」とか、どうしてもそのように思いがちなのです。ポジティブ・シンキングではその最後まで続かなかったあるいは治せなかった患者さんは、それはそれとしてちゃんと悪い方のデータベースに入れるのです。悪循環に入ってきた時にはその悪循環を断ち切るようにというのが、私たちの医療の向上につながっていく普段から取るべき姿勢ではないのかと思います。

 少し視点を変えて話をすると、昨年の後半に問題が持ち上がってきておそらく十年は問題が継続するでしょうけど、マンションやホテルの耐震構造偽装問題があります。外からコンクリートで固めてしまうと中の鉄筋量などは分かりませんから、「手を抜いてしまえ」「安く上げてしまえ」「自分たちの儲けを大きくしてやれ」とバレなければいいじゃないかということからですよね。これは今の医療の世界、恐ろしいくらいに同じことをやっているのでしょうね。非常に勉強をされている素晴らしいお医者さんや鍼灸師は沢山いるのですけど、残念ながら勉強もしくさらへんと喋ればいい表現が悪いですね(笑い)ごめんなさい、「面倒くさいから勉強するなんて嫌だ」などと公言している人がいたりします。特に鍼灸師の場合には残念ながら多いと思います。ツボ一つが取れていないですよね。実際に学校で習っただけではツボが取れませんから、だから私たちは自分たちでテキストを作ってしまったのですけど経絡治療という勉強会をやっていてもしっかり取穴できているところはほとんどないだろうというのが印象です。でも、患者さんは鍼灸院なら「ツボはしっかり取れている」「ツボをよく知っている」と思っているのです。鍼灸師が心の中で「ツボは分からん」とつぶやいているのにです。この状況は、やはり変えて行かねばならないでしょう。鍼灸師が生き残るためにいっぱいしなければならないことがあるのですけど、ここの研修会ではやってきた実績がありますけど鍼灸師全体が生き残るためには取穴をしっかりさせなければいけないのではないかと、昨日から今日に掛けて予習をする中で強く思っていた次第です。

 それではかなりの量がありますので、前回からの続きをやっていきます。

 

 

3.治療側(適応側)の決定方法

 本書で解説している本治法においては、左右の経穴を二つとも使用するのではなく、優先側を判断して『片方刺し』によって治療を行います。

 本治法は陰経から取りかかるのでおおむね男は陽体ですから左・女は陰体ですから右になります。男性でも右から・女性でも左からしか治療のうまくいかない人も中にはありますが、まずは「男は左・女は右」として取り組みを開始するのがベターでしょう(九十パーセントはこれで大丈夫です)。

 病状の変化によって治療側が変わることは確かに珍しくはないのですが、「昨日は左で今日は右で明日はまた左」と猫の目のような変動はしませんので、むやみに決めつけてかからないことが大切でしょう。時々「証決定はこうなったから該当する経穴を探ってみるとこちらの方が良かったので用いることにしました」という発言を研修会で聞きますが、その人の触覚は確かに鋭いのでしょうし自信もあるのでしょうが悪く書けば「気紛れ」で治療側を決定されたのでは患者は迷惑そのものです。基本を無視してはいけません。

 「男は左・女は右」の他にも、「健康側から」「急病なら病側から」「肩こりの強い側から」「耳前動脈の強い側から」など諸説あるようですが、どれも決め手に欠けているのでやはりオーソドックスに「男は左・女は右」から試してみてください。これに加えて本書で推奨しているのは腹診点方式による判断です。「どうも逆転しているのではないだろうか?」という時に威力を発揮します。腹診点方式では肓兪の硬さを示指で交互に押さえて比べ決定します。硬い側が治療側になります。

 治療側が突然反転するのはほとんどが急病です。たとえば時々腹痛はあったものの夜になって震えも止まらないほどの悪寒と激しい腹痛になった女性ですが、完全に陽気が飛んでしまったのですからそれまでの右の脾虚肝実証から左の脾虚陽虚証に変えたことがあります。結局これは虫垂炎だったのですが、病状が回復すると治療側も右に戻りました。

 

 

 ということで、ここは記載されている通りです。くどいようですが腹診点という名称とその用い方は残してあるのですが、現在は「パターン照合」と呼んでいます。本会は気血津液論をベースに、気血津液という共通言語を用いて語るということで腹診を中心に運用していこうというのではありません。中間段階で執筆されたものですから、ここはご了解ください。

 「男は左で女は右」まずこれで90%と書かれてありますが、おそらく実際は95,96%大丈夫だと思われます。ここに掲載されていたのはうちの助手時代の実際のケースなのですが、私の奥さんが妊娠の中間を過ぎて明らかにお腹が目立つようになってきた頃から、それまで右の七十五難型肺虚肝実証でやっていたのですが左でないと治療できなくなったのです。これは新しい命が宿ったということで、生命力が上がっていく中で病理的な変化が色々とあったためです。出産後は一度右治療側に戻ったのですけど、最近の体調を崩す時には左ですね。普段の治療は自分でやってもらっているのですけど、私が手を出さなければならない時はかなり崩れていて「このままでは」ということですからおそらく陽気が飛んでしまって左になっているのでしょう。

 

 

 陽経では補う場合には脉位側が多いようですが、瀉す場合には必ず左右を調べてください。この時の確認方法ですが、脉が「おじぎ」をしないことです(脉のおじぎについては「脉状観察について」を参照)。また片方の手の示指を伸ばして肩上部の中央に当てると肩井と天が同時に触れられますので、取穴して緩むことを確認すればいいでしょう。

 

 

 ここも「瀉す」とありますけど衛気の手法を用いるのか営気の手法を用いるのか、言い方を変えると陽気を補うのか陰気を補うのかと現在は読み替えてください。目的としては熱を取るということなのですけど、「陰経を補った段階で邪が陽経に弾かれてきて」という表現を東洋はり医学会時代に習った訳なのですが「出来るだけ補って補って治していこう」というのが難経の方針です。一時は東洋はり医学会時代に相克調整ですから陰経に大体は三本でしたけど時には四本もの鍼を入れて、脉の凸凹を見ているとポンと目立ちますから必ず瀉さなければならない箇所がでてくるのです。その通りにやっていると、陽経には五本くらい鍼をしなければならなくなります。十二経絡の中で心経はほとんど用いませんから十一になりますが、悪くすれば十ひょっとすれば十一全部を使ってしまったことがあるのではないかと思います。「これはいかんなぁ」と思いましたね。

 刺激治療よりも遥かに効率的に経絡を使っていますから、成績は確かに上がるのです。しかし、「これは違うだろう」患者さんの身体に負担を掛けて経絡というもので間尺に合わせているのだと感じたのです。例えば、肩が凝ったから肩に直接鍼を入れて間尺に合わせているのが一般的に行われている局所の刺激治療なのですが、それを経絡に置き換えただけじゃないかなぁという疑問を持っていた頃に「病理というものが重要なんだ」という話を聞き、あるいは瑚Iなどを使うことを考え初めて今の漢方鍼医会へと移行してきたことになります。

 陽経に関しては、治療側という原則があまり当てはまりません。衛気の手法の場合には脉位側の方が多いですが、営気の手法の場合には特に脾虚肝実証で胆経を処置するような場合には症状のある側の方が圧倒的に多くなります。けれど、必ずしもそうとは限りません。例えば右腰が痛む時には大抵右側の胆経に営気の手法を行うのですが、左に施さなければならないこともありますので左右を必ず確認して欲しいと思います。

 それでは次は陽経に入っていきますけど、この部分はテキストを読んでいただければ分かりますので下合穴を説明します。それから、そのまま「用いやすいツボ」の項目も続いて行います。

 

 

2.下合穴

 腑は全て腹腔内に位置しているのに手にも三陽経が配当されています。これは陰経とのつながりによる関係ですからそれで良いのですが、距離がありすぎて「気を引き下げて落ち着かせる」ことが難しく、そこで合穴は「気を引き下げ落ち着かせる」作用があるので、胃(三里)・胆(陽陵泉)・膀胱(委中)の足の陽経の合穴に加えて、大腸(上巨虚)・小腸(下巨虚)・三焦(委陽)と手の陽経にも下合穴が設定されています。

 大腸(上巨虚)と小腸(下巨虚)は胃腸というつながりで胃経に間借りし、三焦は命門の火が膀胱経を通って伝わる、あるいは「足の三焦経」が膀胱経と胆経の間を走って委陽に至っているという記載から膀胱経に間借りしていると思われます。もちろん二経同時に作用させるという働きも有します。上巨虚と下巨虚は右側に、委陽は治療側に選穴すると良いようです。

 

3.補いやすい経穴・瀉しやすい経穴

 福島弘道氏の陽経処置がうまかった理由は原穴・t穴・絡穴に執着したからだと言われています。原穴は補いやすく、t穴は瀉しやすく、絡穴はどちらにも用いれるというのが一般論です。これに付け加えるなら合穴も補いやすいと思います。

 しかし、現在の臨床では陽実証と陰実証には瀉法を用いなければならないでしょうが、陰虚証と陽虚証には必ず瀉法も加えるのではなく選穴の工夫によって補法のみを用いる傾向にあります。ここになるべく三焦経を絡ませるように考えるなら、必然的にある程度のパターンができ上がることになります。

 *肝虚証と腎虚証は下焦の病ですから、下焦に「気を落ち着かせる」必要があるので委陽を用いると効果的です。

 *脾虚証の場合にはむしろ上焦や中焦との関係になりますから手の三焦経を用いる方が効果的となります。ただし、子午関係より補う場合には同側を、瀉す場合には反対側を用いることになります。また余談ですが、太白には陽池、商丘には外関が相性が良いようです。陰陵泉には天井という選択肢もあります。

 脾虚証はその性格からどうしても原穴である太白を用いるケースが多くなってしまいますが、脾が虚して腎が津液を取り上げられないでいる場合には太白と委陽を用いる治療も考えられます(病症によっては太白の変わりに商丘も用いられる)。これに対して脾の機能そのものまで枯れかけているならば、腎のことなど構ってはおられないので陰陵泉・曲沢という治療法も考えられます。共に脾虚陰虚証と言えるでしょうが、陰虚の程度の差と考えています。

 *陽実証については肺・脾それぞれの陽経である大腸・胃経を瀉すことが多くなるでしょう。その後には手の三焦経を用いることも多いでしょうが上巨虚・下巨虚にも注目してください。

 *肺虚陽虚証については陰経の補いの後、仕上げに太陽膀胱経の補いが着目点です。手の三焦経も忘れないでください。

 *生体に関しては選穴についても手技についても「足し算」は単純に鍼をやり直せばいいのですから割と簡単なものの、「引き算」は基本的には不可能です。しかし、どうしてもリセットする必要がある時には陰経の処置も含めて最初からやり直して仕上げることになります。誤ってやり直さねばならない時でも病体を十分に観察し、負担が最小限になるように工夫してください。また患者への説明も怠ってはなりません。

 

 

 このようなことで、それこそテキストを読めば分かるように書き出したつもりです。何度も繰り返していますけど「瀉」というのは営気の手法のことで、読み替えてください。九鍼十二原篇の邪を抜き取るというような手技は、そのような手技があるのだしそのように治ってきたのですから否定はしませんが、気血津液論で気血津液の言葉で全て語ろうということになると邪気論は別問題となります。また後ろの方に書いてありましたが、治療というものは「足し算」は簡単でも、「引き算」は基本的には出来ないのです。それで足し算の方向でやろうというのであれば、邪を抜き取るような手法というよりも衛気の手法・営気の手法でアプローチしていく方が、より安全ですし効果も大きいのです。

 多分最終回に誤治の調整をやると思うのですけど、誤治のことも考えて治療というものはその日の100%はやらなくてはなりませんが、治療全体として例えば靴下が何とか苦しみながら履ける程度のぎっくり腰の患者さんが来られたとして、「お灸をやってみよう」「円皮鍼をやってみよう」「刺絡もやってみよう」「奇経治療もいいかなぁ」それからムノ治療を丁寧にやってみようと色々頭に浮かぶのです。その全部をやってしまうのではなく、80%程度に抑える気持ちが大切だと思います。それで80%程度までやって、もう少し治療効果が狙えそうだ・ドーゼオーバーにはならないと判断できたならさらに手を加えればいい話ですし、誤治を起こしてしまったならやり直す分が残してあったということになります。時には靴下が履けるどころじゃなく人に支えてもらわなければ歩くことも出来ないぎっくり腰の患者さんが来られたなら、これは確認を充分にして100%120%攻めなければなりません。でも、臨床をやっていると分かりますけど正直疲れますよ。別に手を抜いているわけではなくその日の100%はやっているのですが、身体に対しての100%120%の治療をやろうと思うと、時間も足りませんしこっちの根気も要りますしもちろん患者さんの身体のことに気を付けなければならないので、非常に疲れます。それでも、かなり危ない橋を渡らなければならない時もあります。その時でも、足し算は簡単でも引き算というものは難しいと覚えておいてください。

 これは助手時代に初めて留守番をした時だったと思うのですけど、とにかく首筋が痛むという新患さんが来られたのです。「とにかく痛むから院長先生がいなくてもええよ、あんた出来るんやろ」ということになり、奇経治療をやって本治法から標治法まで施術したならものすごくうまくいったのです。「あっ、もう少し残ってるくらいやわ」という言葉に、そこで止めたらいいのに「じゃ、やりましょうか、取ってしまいましょう」と毫鍼でしかも座位でナソを左右三本ずつくらい刺鍼したのです。途端にThe Endです。後から分かった話ですが、座位でやれば特にナソなどは刺激量が一桁上がってしまいますから完全なドーゼ過多で、ものすごく痛くなり来院される前と同じ状態になってしまったのです。明くる日に来院してもらったのですけど、もう師匠でもどうにもならなかったですね。ドーゼ過多というものがどれほど恐ろしいものか、あれで懲りました。

 

 これで脉診と選経・選穴を説明してきました。これを踏まえて理論編の方へ少し戻り、病症と病理を一つ一つの証について、出来る限り治験例を混ぜながら話していきたいと思います。

 

 

  第四章 病理と病症

 

 病気の様子は様々であり簡単には把握しにくい。この症状を把握し、治療方針を決定するために考え出された分類法が証である。分類することによって治療方法を決定し、生活の指導をすることができる。

 まず判断の基準は寒熱である。病態が冷えの傾向にあるのか、熱の傾向にあるのかで大まかに分けることができる。冷えの傾向があれば陽虚証や慢性傾向にある陰実証が考えられ、熱の傾向にあれば外邪などにやぶられて実熱が発生する陽実証や陰気が不足して虚熱が発生する陰虚証、陰実証が考えられる。

 陽虚証、陽実証、陰虚証、陰実証の四つは、陽気、陰気がどの場所(陰の部位、陽の部位)で過不足があるかを示しており、治療方針を決定するのに重要である。概要は次項の通りである。

 だいたいの傾向がつかめたら、五臓ごとに病症を分類した基本証の分類に入る。基本証については各項目を参照してほしい。

 

 陽実証

 (病理)        陽の部位である陽経、腑および肺に陽気が充満停滞した証。

 (特徴)        実熱症状が主である。この場合の熱は外邪が陽の部位にとどまって発熱しているため熱は高く、触れても明らかに熱があることがわかる。しかし顕著な臓腑の病症はあまりない。

 (鑑別症状)              発熱、悪寒、午後から熱が高くなる、口渇、便秘、食欲旺盛

 (脉)                          浮、実、数

 (基本証)    脾虚陽実証、肺虚陽実証

 

 

 これも時代とともに語句を修正して行かねばならないところなのですけど、一つだけ表記で違うのが陰気・陽気の状態です。陽の部位に陽気が充満しているのではなく、陽実証というのは陽気が充満・停滞した状態のことです。陽虚証というのは陽気が不足した状態、陰虚証は陰気が不足した状態です。唯一違うのが陰実証で、陰気が不足した時に陽気が走ってきて充満・停滞した状態のことをいいます。大体陽気とは陽の部位に多いものですし陰気も陰の部位に多いものですから、陰実証だけが、部位まで特定をしています。改訂の時には修正していくことになりますが、基本はこのように覚えて頂いて間違いありません。

 陽実証は、後ほども出てきますが非常に激しい熱症状だと思っていただければいいでしょう。

 

 

 陰虚証

 (病理)        陰の部位にある臓の陰気が不足し、虚熱が発生した証。

 (特徴)        虚熱症状が主である。この場合の熱は、陰気が不足して発生した熱のため陽実証のように激しい熱症状は現さない。熱の実体がないため、ある程度発散すると冷えてくる。上部に熱があり下部が冷えるというのも特徴である。

 (鑑別症状) のぼせ、不眠、口渇、動悸、息切れ、便秘、小便の量は多いが気持ちよく出ない、食欲はある、盗汗(寝汗)、浮腫、手足の煩熱あるいは足は冷えるが手はほてる

 (脉)                          浮、虚

 (基本証)    肝虚陰虚証、脾虚陰虚証、腎虚陰虚証

 

 陽虚証

 (病理)   臓の陽気が不足したために、陽経、腑および肺の陽気も不足した証。

 (特徴)        寒症状が主である。全体的には冷え傾向であるが、陽気がまったくなくなったわけではないので、微熱や突発的な高熱が出ることもある。

 (鑑別症状)              手足冷え、全身冷え、冷えると悪化する、下痢、口渇はない、食欲不振、自汗、活動力低下、小便の量は少ないが回数は多い、顔が青白い、唇の色が白い

 (脉)                           沈、遅、虚

 (基本証)    肝虚陽虚証、脾虚陽虚証、肺虚陽虚証、腎虚陽虚証

 

 

 陰虚と陽虚も、もうテキストだけで今さら説明の必要はないのですけど、福島。賢治会長が何度も話されていますが病理を考え始めた時に陰虚というものが分かったのだと。それまでは直感的に沈んでいるものが陰・浮かんでいるものが陽としていましたから、脉が沈んでいる病体は陰虚証だと・脉が浮いているものは陽虚証だと教えられていたのです。最初は何も分からないのですから、まぁ先輩たちから教えられていたものは仕方ないですけどね。実は調べていくと、陰虚とは陰気が不足した状態なのだから虚熱で脉が浮いてくるのだと分かった。脉が浮いているのに熱に対する治療をしないとうまくいかない、でも瀉すようなことではダメだった。逆に脉が沈んでいる時には、温めるようなツボを選ばなければならず、どうも表記で陰気を補うツボとされているものとは違うというところから分かってきたのです。

 これが陰虚が分かってくると人間単純バカですから、「あっ脉が浮いている陰虚証・陰虚証・陰虚証」とやっていたのですが、「陽虚証はないんかい」という話になってくると最近の女の人はよく冷えているのです。昨年はクールビズで冷房よりも衣服で調整しようということでしたが、それでも冷房の影響をかなり受けているので「女性のほとんどは陽虚ですよ」といわれると「陽虚だ・陽虚だ」と思えてくるのです(笑い)。しばらくして冷静に判断するようになると、現代では若干陽虚証の方がやはり多いでしょう。しかも高齢の方が多くなってきていますから、自然とその傾向になります。その辺りの区別ですが、脉だけに頼らず気血津液のあり方でも判断して欲しいと思います。というのがここにも書いてあったように、突発的に熱が出てその時にパッと見れば脉が浮いて数になりますから陰虚もしくは陽実としてみたのですが、自汗があるつまりベタッとした汗をかいているが分かれば陽虚証であり一時的な熱だと理解できるので、脉だけでは判断しないようにとお願いします。

 

 

 陰実証(肝実証)

  (病理)     陰の部位の肝に血や熱が充満停滞した証。

 (特徴)         肝の症状が多く、自律神経失調症、更年期障害など不定愁訴が多い。

 (鑑別症状)              固定性の痛み、夜間痛、唇の色が黒っぽい、皮膚全体が浅黒い、肩甲骨の内側から首筋にかけてよく凝る、便秘傾向であるが小便は自利の傾向がある、足は冷えるが手はほてる

 (脉)                           沈、ト

 (基本証)     脾虚肝実証、肺虚肝実証

 

 

 ここからの十年で漢方鍼医会では一番研究がなされるでしょうし、治療法として幅を持ってくるのがこの陰実証だろうと思います。これは確信しています。我々は既に長年取り組んできたことなのですけど、他の医学と競争するわけではありませんが脉診流の鍼灸術が・経絡治療が「優れているのだ」とより力を発揮するためには、この陰実証の理解・C血の処置に掛かってくるのだろうと思います。

 

 それでは出来る限り治験例を混ぜていきたいと思いますので、次に進めます。

 

 

  第一項 肝虚証(陰虚証、陽虚証)

 (病理)

 肝は血を蔵している臓であるので、血が不足すると病症を現す。この状態を血虚といい、さらに病理状態を細かく分けると二種類ある。一つは血に含まれている津液が不足して虚熱が発生する肝虚陰虚証であり、熱症状が主になる。もう一つは血そのものが不足して身体を温めることができない肝虚陽虚証であり、寒症状が主になる。

 

 (鑑別のポイント)

 肝の血が不足してくれば、肝の支配している筋肉、目、子宮などにまず症状が現れやすい。血は肉体、頭脳を含めた労働や目の使いすぎ、精神的なストレスなどで消耗されるので、これらをした後に症状がひどくなるのもポイントとなる。

 脈は陰虚証では浮いた脈になり、陽虚証では沈んだ脈になりやすい。血を消耗すると脈は細くなる。あるいは堅さと跳ねたような感じの弦脈が現れる。

 腹診点は左腹診点に現れる。

 

 (肝虚証特有の症状)

 睾丸のひきつり、舌が回りにくい、筋肉のひきつり・痛み(朝方が動かしにくいが少し動かしていると楽になる)、筋肉の痙攣、食欲はないが食べると普通の量が食べられる、イライラ

 

 (その他の病症)

 【頭痛(偏頭痛)、頭重、めまい・立ちくらみ】

 肝経の流注は頭頂部まで続いている。そのため血の不足があれば頭頂部の頭痛、めまい・立ちくらみを起こすことがある。また肝と胆は表裏関係にあるため胆経に病症が及べば、偏頭痛となる。

 【不眠、目の病症(白内障、視力減退、目が疲れるなど)】

 目は肝の血を受けてよくものを見ることができる。そのため肝の血が不足すると目の病症が現れる。不眠は目にある血が肝に戻ることができないためにおこる。陰虚証であれば夜間覚醒、早期覚醒、陽虚証であればまったく眠れないという状態になる。

 【肩こり】

 肩甲骨内側から首筋にかけて凝る。左肩が凝りやすい。

 【腰痛】

 肝は筋を主どっており、腰には大筋があるため肝が筋を養えなくなると起こる。

 【溜息が出やすい、寒熱往来、耳鳴り】

 胆経に病症が及べば起こる。

 【月経不順、月経痛、不妊症】

 子宮も肝の主る筋からできており、経血は肝血の蓄積したものである。そのため肝の働きが衰えると月経に異常がでる。

 

 

 肝虚陰虚証になってくると、通常用いるツボは曲泉・陰谷あるいは中封・復溜です。ここに陽経へ移った場合には、委陽を用いてくることになります。さらに必要があれば、他のツボを組み合わせていくことになります。肝虚陽虚証の場合には、基本は太衝・太谿です。でも、これも繰り返しているように肝虚陽虚証だから必ずしも太衝・太谿ではなくて、中封・復溜や時によっては曲泉・陰谷が必要かも知れませんので「決め打ち」というのか固定観念で診断されないようにお願いします。

 肝虚証で心に残る治験例です。これはかつても話したことがあるかも知れませんが、肝虚陰虚証の場合にはまだ学生時代に非常に肩こりが強い、言い方が悪いですが「キツネ目」のお商売をされていましたから視線のきつい・我もキッと強かったでしょうおばさんの肩こりを治療した時に、最初は肺虚証でやったのですけど「何かちょっと楽になったかなぁ」程度だったのです。でも、次に肝虚証として曲泉に鍼を入れた途端に曲垣の辺りにパリンと音がして「あっ、肩こりが楽になった」というものでした。本当に鍼を入れた瞬間に音がして、という感じだったのです。

 自らの体験でいうと、学生の最後の時期だったと思うのですがもっと見えていた時期で就職やその他のことで疲れてきて目の前が曇ってくるのですけど、曲泉・陰谷に鍼を入れると目の前がサッと明るくなった経験があります。

 肝虚陽虚証で心に一番残っている治験例というのは、やはり不妊です。これも話したかも知れませんが、ものすごく冷えておられました。夏なら氷を触りに行かなくても自分の足を触った方が冷えていて早いというくらいに冷えていたのですけど、銀行に勤めている時によく冷えて今は結婚をして職場も変わっていたのですけど子供がもう三年も出来ないということでお父さんが悩んで連れてこられたのでした。本人も「肩こりがあるから」ということでしたが、子供はまだ真剣に考えておられなかったものの足が順調に暖かくなって半年ほど治療をして、「それじゃやるだけのことはやりましたから」と終了したら三ヶ月後に双子を妊娠しておられました。それ以外にも不妊の方というのは、肝虚陽虚証が着目点です。要するに冷えていて、冷えているから着床しないのです。

 ちょっと話が反れますが、不妊というのは女性には非常に言いにくい話なのですけど「男性不妊」ということも言われてはいますが、漢方の立場から解釈するとこれのパーセンテージはとても少ないです。やはりタイミングの問題というのはありますけど、着床してそのまま持続できるかという女性の身体によるところが大部分だと思われます。一ヶ月未満の妊娠であればこれは通常の生理としか認識できませんし、二ヶ月であったとしてもほとんどの場合は分からないだろうと思われます。大体ですが流産をするような場合、胸はそれほど張ってこないらしいです。妊娠してうまく着床した場合には、一ヶ月経たない間に胸が大きくなって張ってくるらしいです。本人も「そうじゃないか」と、一ヶ月未満で分かってくるらしいです。そのようなことで着床というところに問題がある、何故着床できないかといえばこれは熱が持てないから・冷えているから流れてしまうのだということです。女子胞というところは、これはもちろん熱を持ちすぎてもいけないのですけど適度に温まっていなければなりません。子宮というくらいですから、子供が居るには一番いいお城なので暖かくないようなお城には居られませんからということで、「不妊で・・・」という相談を受けた時にはその他に強烈な症状がない限りは肝虚陽虚証で試してみる価値がかなりあります。脉も全体が沈んでいますから陰実証に思えて、ちょっと診にくい部分が多いです。

 それでは、次へ進みます。

 

 

 

第二項 脾虚証(陽実証、陰虚証、陽虚証、肝実証)

 (病理)

 脾胃は気血津液を生成している臓であるので、異常があると気血津液が造れずにさまざまな病症を現す。脾の精気が不足して、陽明経および胃腸に熱が充満停滞しているものを脾虚陽実証、脾にある津液が不足し虚熱症状が現れたものを脾虚陰虚証、胃で陽気の生産ができずに身体を温めることができない脾虚陽虚証、後述する脾虚肝実証がある。

 

 (鑑別のポイント)

 脾虚証は四大病型のすべてのパターンがあり、さまざまな病症をあらわすが胃腸症状があるかないかがポイントとなる。食欲があるなしで熱か冷えか大まかに判断することができる。胃に熱がある場合は、食欲は増し証では陽実証、陰虚証、陰実証がある。胃が冷えている場合は、食欲は減退し陽虚証が当てはまる。四診によって得られた情報が寒傾向にあれば陽虚証、陰実証、熱傾向にあれば陽実証、陰虚証、陰実証が考えられる。陽実証はカゼの急性期によくあり、喉の痛み、目の充血、高熱の症状を現す。

 腹診点は陰虚証、陽虚証、陽実証の場合は右腹診点に現れるが、脾虚肝実証の場合は右腹診点+中腹診点に現れる。

 

 (脾虚証特有の症状)

 腹満、腹痛、手足のだるさ、全身倦怠感、食欲不振、味がわからない、腹痛のある下痢、吐き気・嘔吐

 

 (その他の病症)

 【前頭部痛、咽喉痛、目の充血・眼瞼のただれ、鼻づまり・鼻炎・ちくのう・鼻たけ、口内炎】

 脾の異常を受けて胃及び陽明胃経に熱の充満停滞があれば胃経の主る部位にこれらの症状を表す。

 【肩こり(肩の稜線が凝りやすい)、腰痛・だるさ】

 肩も陽明径の流注が流れているので胃の異常を受けて凝りやすくなる。脾虚の場合、右肩が凝りやすい。脾は肌肉を主っているため、働きが衰えると肌肉を滋養できず腰部の痛みだるさを引き起こす。寝腰で痛むのが特徴である。

 【関節痛】

 脾は関節を主っている。関節の腫れ、痛み、熱感を伴う。筋、腱の障害によって起こる関節痛は肝虚証の場合もあるので注意する。

 【痔や腸・子宮からの出血】

 脾は気血津液を生成しており、これらが十分に生成できずに血を統率することができなくて出血する。

 

 

 時間配分が悪くて、申し訳ありません。もう二つこなしていく予定だったのですが、今回はこの項目までとなります。

 脾虚証の場合にはここにも書いてあるように四大病型の全てがありますから、非常に範囲が広いです。ただ、一つ特別に思って頂きたいのが同じ脾虚陰虚証でも、あまりに陰虚が進みすぎて陰陵泉・曲沢という選択肢になるもの。これは本当に気血津液どころじゃなくて、内臓全体の動きまでもが低下している状態だと思っていただければいいでしょう。年に一度くらいしか、このパターンの脾虚陰虚証は遭遇しないです。ご飯を食べても全く消化しないなどというものが、そうだと思います。お年寄りで冷えてしまって「なかなか食べられへんのです」といった時に、「どうしてるの?」「いや無理に食べてます」なんて人はあまりこのパターンには該当してきませんが、本当に食べられない・食べてもすぐグッと支えてしまい二口三口で止めてしまうような人がこれに該当してくるでしょう。ちょっと例えが違うのですけども、狭心症か心筋梗塞かの違いに思っていただければいいでしょう。狭心症というのは、全体に血液を送れない訳じゃないけれど心臓自身に送る分が不足をして「こりゃいかんなぁ」という状態でしょう。心筋梗塞というのは全く血液を送れない状態ですから、たちまち壊死を起こしてきてという状態です。それくらいの程度の違いだと思っていただければ結構です。どちらも緊急事態は緊急事態なのですけど陰陵泉・曲沢という組み合わせの時には本当に緊急の状態になっていますから、標治法もあまりせずやるとしても腹部を温める程度で治療は手早く切り上げる必要があります。

 もう一つの脾虚陰虚証ですけど、太白もしくは商丘と委陽を用いる組み合わせです。これは第七回だったはずですが夏季研の時に発見したものです。アトピー性皮膚炎の女性が下痢もしていて、下痢もするようになって余計にかゆみがひどくなったといいます。それまでかゆみも緩やかで、食事もよく取れていたそうです。その時は確かおばあちゃんの介護をされていたとかで、疲れがたまって疲れからかゆみがでてきてそこにプラスして胃腸を壊したとのことでした。「それじゃこれは脾の症状も腎の症状も両方治さんといかんなぁ」と検討しましたが、今は脾の症状を先に回復させなければならないしということで脾経に鍼を入れるとその場ですごく回復し、皮膚自体がじくじくしている部分とかさかさの部分がまだらにあったのですけどそれがツルツルしてかゆみも引いてきたのです。こうなると腎の津液不足も何とかしたいということになり、ふと委陽というものを思いついてやってみたのです。すると、明くる日に聞いてみると抜群によかったといいます。ところが、調子に乗ってその明くる日にもモデルとなり脾で治療されたまではよかったのですが、脾から委陽へとは行かず脾から心包か何かを使われたとのことでかゆくなったとのことでしたからもう一度私が治療をして、「これはいい」と確認が取れたことから追試するようになったのです。

 脾虚陽実証についてですが、何でも食べ過ぎるような状態になっています。最近は食物が沢山ありますから大人ではあまり見かけませんが、印象に残っているのは子供なのですがイライラしてくるとガラスに頭をガンガンぶつけるような行動をして、というくらいの疳の虫で、もうお母さんもおばあちゃんもヒステリックになられていましたね。一回目・二回目と治療をしていくとお姉ちゃんはよく治るのですが、その弟がなかなか治らないのです。何気なく見ていると治療室のものを何でも口に入れるので「家でもそうなの?」と質問すると、茶碗が欠けているものでも食べてしまう勢いだという話なので「これは胃の方が暴走しているのかな」ということで小児鍼のあとに当時はまだ毫鍼を用いていましたが胃経をチョンと瀉しました。すると、今まで頭をガンガンぶつけていた症状が一回で持続力はなかったもののその日と明くる日は発生しなかったとのことで、多分それから三回治療したと記憶しているのですが何でも口に入れる症状がなくなり、その後は普通に肝虚証で治療を続けました。これが脾虚陽実証としては印象に残っています。

 脾虚陽虚証の場合ですが、これは末期の癌のおばあちゃんだったのですけど胃だけじゃなく胆嚢と肝臓の一部と膵臓の一部も取ってしまったと言われてたかな?この話を聞いた時に「かなり転移が進んでいたな」と思ったのですけど、ご高齢でしたし家族からも何もいわれませんでした。それで「四年経過したからいいだろう」と医者が真実を話し、それを聞いて恐ろしくなって帰ってきたと喋っておられました。私はその時点で、その患者さんを診療させてもらって一年くらい経過していました。ちょっと話が飛びますけど、島田隆司先生が東京で講演された時に「癌の患者さんは特有の臭気がする」と話されていました。現代は水洗便所なので分からなくなったが、昔のポットン便所ばかりなら必ず分かったと話されていました。それで「これは癌の患者さんだなぁ」と思いながらも仕方がないので往診していた時に、鍼をした時に一週間前のミカンが消化されずに吐き出されてきたそうです。後から思い出してみれば、まさに私の診療させてもらっていたおばあちゃんもその状態だったのです。魚臭いのではありませんが、腐れ臭いのです。何か腐れ臭くものが消化していなかったようです。中や肋骨丘の辺りを探ると、力が抜けていました。進行はゆっくりゆっくりで、この方も最後はお穏やかに逝ってもらえました。

 脾虚肝実証は、陰実証のところで話をさせて頂きます。

 

 脾虚陽実証の場合には、太白もしくは商丘と心包経を衛気の手法で施術しその後に胃経や大腸経などを営気の手法で処置することになってきます。脾虚陽虚証の場合には、泰斗・太白あるいは商丘に衛気の手法を行い心包経にも衛気の手法を行います。脾虚陰虚証については先程詳しく述べたように、陰陵泉・曲沢という使い方もありますし太白もしくは商丘と委陽という組み合わせも程度の差によって使い分けます。それで「脾経・心包経と連続で補う」というのが定説であり我々もそのように教わってきたのですが、脾虚肝実証というものを臨床投入し始めた時に「脾経・心包経と進めてから胆経に手を入れるとどうもおかしい」というところから色々と調べると、実は脾経・心包経と連続で使えるパターンの方が少ないとも分かってきました。脾とは気血津液を作っているところであり心は全身へ血を巡らせているところですから、気血津液の生産が落ちているのに血を全身へ巡らせるようにする治療法というのは病理的に当てはまってくるケースが少ないだろうと思われます。やはり病理というものは重要で、気血津液という共通言語で語る必要があります。

 少し予定よりも積み残してしまいました。時間になりましたので、今回はここまでにしたいと思います。




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