帯脈を応用した治療法

滋賀県　　二木　清文

 

　１．はじめに

『帯脈』を活用した治療としては既に長野式が有名です。しかし、今回筆者が投稿した内容は長野式の追試報告や再検討ではなく古典鍼灸術の臨床現場から発見・検証し再現性を確認した『流注としての帯脈』活用法を提言するものです。

従って本文の内容は文章そのままに取穴や刺鍼をしても十分に成績は期待できるものの、基本的には古典鍼灸術（経絡治療　＝　日本経絡学会も日本伝統鍼灸学会と昨年は名称変更をしたので本文でも以下は伝統鍼灸術と呼称します）による本治法（主に五行穴・五要穴を用いて六部定位脉診の脉を調整すること）が行われていて真の実力を発揮します。

つまり、西洋医学をベースとした鍼灸術を行っている方々には激烈な文面があるかも知れませんが、学術的部分が多少不明でも最後まで読み進めていただければ医療費抑制の時代に我々が生き残れる提言の一つにはなると思います。

 

　２．伝統鍼灸術からの発想

毎年四月に漢方鍼医会では学術総会を開催し、午後の記念講演には顧問でもある池田政一先生をお願いしています。昨年（平成九年）の講演では傷寒論の序文をユーモアある池田先生の和訓で笑い転げさせてもらいました。

ここでその要約を引用させてもらいますと『難経を書いた越人の行った臨床には驚嘆しその才能の秀でたることは何と素晴らしいことだと言わざるを得ない。ところが、今の連中は少しも勉強せず権力やお金ばかりに興味を持って民衆を救おうなどとは思ってもいない。だから自分が病気になった時にはちゃんと勉強をしていないので神様頼みしかできない』と前段は嘆きになっていて、中略後を続けると『一族が二百人も居たのに十年間で三分の二が亡くなり、そのうち十人に七人が傷寒（急性伝染熱病）で亡くなっている。このようなことが繰り返してはいけないので傷寒雑病論として十六巻を記した。全てを言い尽くすことは出来ないが病気の原因（病理の考え方）は解るだろうし臨床で気が付く部分もあるだろう』とのことです。

古代の人が序文で皮肉を記載しているのですが、現代医療の時代にタイムスリップしたらどんな反応をするでしょうか？アトピー性皮膚炎やリウマチなどに代表される西洋医学では効果の期待できない疾患はもちろんですが、筆者は急性熱病でも鍼灸での治療を期待している患者が大勢存在していると認識しています。

　【「調整すべき深さ」に刺鍼する】ところで核心に入る前に伝統鍼灸術について一つ断っておきたいことがあります。伝統鍼灸術を熟知されない方が「弱刺激は補法で強刺激は瀉法になる」とか「経絡治療は浅い鍼」と決めつけて表現されているのは気の毒にさえ思います。

補法と瀉法は治療家が手法によって使い分けるものであり、刺激量や刺鍼深度とは全く別です。最も誤解されている浅い鍼という点ですが「調整すべき深さに刺鍼する」事が目的ですから、接触鍼で十分な時が多いので自然と浅い鍼が主軸となるだけであり、臀部に限らず肩上部でも深い部分に調整すべき点（調整すべき気血）があるなら管鍼も含めてその深さまで刺鍼するのです。

ちょっと悪口ですが深く刺鍼する技術がなければ素早い手技は出来ませんが、接触鍼で治療する技術がなければ治療の出来る疾患は極限られたものになるのではないでしょうか。

 

　【腱鞘炎やテニスエルボーは存在しない】生意気で大上段に構えた話ばかり並べたのでは伝統鍼灸術といってもどれほど臨床がこなせるのかと悪口を言われても話が前に進まないので、鍼灸術が最も得意とする整形外科部門で流注的にも合理的な効果的な治療法を紹介しましょう。

腱鞘炎やテニスエルボーなど上肢の疼痛に対し、通常は局所へ温熱などを施しますが、筆者はほとんど効果のない行為だと思います。激しい自発痛を伴っていれば関節自体が損傷をしているのでしょうが、通常と表現したのは特定の動作痛を主訴とする患者が大半だからです。肘で言えば「物を持つと痛む」「内側にひねりながら曲げると痛む」などであり「ビールも注げない」とまるでこちらが加害者のような訴え方をしてきます。では、肘の痛みだけでビールを飲むのを我慢するかと言えば我慢するはずがありません。そんなときには「脇を締めて注げば痛まないんじゃないですか」と聞いてみれば大抵は頭をかいています。つまり、肘関節自体が損傷していれば脇がどうであれ動作痛がするはずなのに脇を締めて痛みが消失すると言うことは上肢体に問題があるということです。

プロ野球選手で肘の手術を受けたものの、大した再起の出来なかった人は肘関節ではなく上肢体に問題があったのではないでしょうか。

表題とは直接関連がないので簡単に治療部位と手技だけを書き出してみますと、肩胛骨の上縁では肩関節周囲・上角付近から内縁に沿って下に向かい上腕から前腕（肘を含む）・さらに下角に向かって母指から小指へと分布しています。部位の確定方法は至って単純で罹患部位を患者に動かしてもらえば該当する筋肉が律動するので（さらに確認するには指でえぐるように押してやれば痛みが瞬時に消失します）、調整すべき部分が普通はかなり深いので管鍼は用いて響かさないように注意しながら抵抗を緩めてやります。この際に深瀉浅補（深い部分では瀉的で抜鍼の際には補的に鍼口を閉じる手技）で行うのが原則です。

 

　【膝関節への直接刺鍼も危険だらけ】同じように膝関節に対しても解剖学的損傷のない限り、原因の大半を占める腰部にのみ施術をすべきと思います。疼痛のほとんどは変形性膝関節症で、その発生機序は加重のアンバランスです。よく知られた話ですが最下段は足関節ながらアーチ型でベクトル的にも強いのに対して、膝関節は螺旋関節を種子骨で押さえているのでベクトル的にも弱い。つまり、膝関節が変形するのは体幹（ほとんど腰部）のアンバランスのせいだということで、自覚症状はなくとも腰部を触診すれば必ず患部が見つかるのでその部分のみを治療すべきです。

これもよく知られている話ですが「膝に水が溜まる」とは膝関節の炎症を自らの自然治癒力でくい止めているのに、「水を抜く」行為とは火事場から消防車を排除するようなもので周辺の交通渋滞は一時的に緩和されるかもしれませんが大火事を招くだけです。この場合は直接の消火活動も大切ですが最も大切な事は放火魔を退治することで、臨床でもこのアプローチで成績が上がっています。

下肢に対しては下腹部の鼡径溝あるいは恥骨上際付近で該当する経絡の流注上（胆経では大転子周囲を用いると驚くほどの効果が出ることがある）で、鍼先を必ず下方に向けて響かさないように深瀉浅補の手技を行います。

 

３．帯脈を応用した治療

　【長野式との相違点】長野式では「帯脈」という経穴を用いますが、この文章で言う「帯脈」とは奇経であり、その流注を応用します。

帯脈穴は確かに帯脈流注上にありますが胆経と交差している上に占有穴ではありません。また主治穴は臨泣です。臨泣は奇経を組み合わせて用いる際の主治穴だとしても任督のように占有穴を直接運用するのに比べれば、せっかくの特殊な流注を生かし切れていません。

話が多少前後しますが、筆者が今回の流注を生かした治療を思いついたきっかけを書きます。患者は坐骨神経痛と診断されて整形外科で麻酔注射を受けていましたが次第に効果が無くなり、激痛でこの三日間は少し眠っても痛みで目が覚めるのでほとんど眠っていないとのこと。応急処置に横臥位で置鍼をしていたら苦しそうなうめき声が聞こえて来たではありませんか。駆けつけると痛みが増悪しているのにこちらの指示だからと我慢をしていたのでした。本治法や子午などを試みるのですが後の祭りの焼け石に水状態で、家では座位がまだ一番ましだというので座らせたのですが痛みは一向に終息してくれません。こちらが泣きそうになりながらも冷静になるために深呼吸しながら瞑想してみました。「坐骨神経痛という診断がもし間違っていたら」と考え患者に痛む部位を再び尋ねると外側も痛んでいるではありませんか！

これでは西洋医学の病名には当てはまらないので出発点に立ち返って腰部を触診すると腸骨陵の上下が堅くなっていました。祈る思いで硬結を緩めると痛みは終息し、その晩はよく眠れて腸骨陵付近の処置を重視しながら継続し患者は三ヶ月で完治しました。

理論としては変動している経絡の中で特に帯脈の停滞が著しく腰部を締め付けていたと推測できます（詳細は後述）。

 

・    長野式は身体の「ねじれ」の調整を目的とする治療法と言い換えられると筆者は解釈しています。「ねじれ」とは広く解釈すれば経絡変動と同義でしょうが、経絡の変動を最も効果的に調整できるのは伝統鍼灸術の本治法とは思われますが特定の経穴を用いて効果的に一気に調整できるケースはあっても不思議ではないとも思います。しかし、気血が渋滞する場合には刺絡に代表されるようにアプローチが異なるべきです。�C血[1] を意識する必要のある現代で気血や経絡の渋滞は必ずあり、伝統鍼灸術の体系では単独の経穴に着眼すること自体があり得ないことなのです。つまり長野式は気血が渋滞した病症への期待は薄く、逆に言えばスタンドアロン（単独での使用）が前提だと思われますし局部の解剖学的変化には非常に有効ではないでしょうか。

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　【伝統鍼灸術からの帯脈の応用】核心を解りやすくするためにもう一例症例を報告します。患者は還暦直前の女性で右膝関節が相当に変形し病院で何度も水を抜き続けているとのことです。自発痛が止まらなくなり長時間は臥位になれません。刺絡なども試みるのですが決定的ではなく患者が苦しみ始めてしまいます。ここでもう一度痛む部位を確認すると後側から外側なので西洋医学では該当する病名がありません。そこで前例を思い出しました。

帯脈の流注は腹部を一周する（古典によっては胸部も巡るとある）となっていますが主治穴は臨泣ですから胆経の付近を下降していることになり症状と一致します。そこで腰部を探るとやはり腸骨陵の上下が緊張しているので手早く緩めると即座に痛みが消失しました。

二例とも「腰椎すべり症」のようにも解釈できますが、骨に原因がある場合は一時的でも必ず痛みの消失する姿勢があるので該当しないと判断するのが妥当でしょう。

「帯脈の流注上に刺鍼する」という目的意識で腸骨陵の上下を先に緩めることで腰部に対する鍼数を大幅に減らすことができました。特にヘルニアの治療では今まで刺鍼による筋緊張で痛みを与えてしまいやすかった脊柱脊際の処置が容易になりました。

 

もう一点、腰眼という経穴に注目しました。腰眼は西洋医学的にも経絡からも重要な位置にありながらも阿是穴です。しかし、帯脈流注上に位置することから帯脈の占有穴と仮定して追試をしてみることにしました。結果は膀胱経よりも腰眼を先に用いる方が置鍼・単刺のいずれでも腰部全体が効果的に緩みました。

そこで、さらに考え方を延長して帯脈の流注上そのものに刺鍼を追みたところ、腰眼だけを単独で用いたときよりも腰部の効果的な緩みだけでなく下腹部や下肢にまで響くことも判明しました。

このことから推測されることは腰眼を帯脈の占有穴だとする仮説には無理がありますが、占有穴を持たない代わりに流注上の反応点（硬結）を総て用いることが出来、まさに「経絡治療」です。

 

理論を整理してみます。経絡の流注は蛇行はするものの縦方向であり、横方向に流注するのは唯一帯脈だけです。つまり内経を含めて帯脈は総ての経絡と交会していることになります。総ての経絡と交会しているのでどこかの経絡に異常があると帯脈も影響を受けて渋滞をしやすくなり流注上に硬結が現れてくると考えられます。その代わりに帯脈流注上の硬結を緩めることにより影響を与えた経絡の調整を手助けするに留まらず、他の交会する経絡の流れも改善できるので飛躍的に治療効果を向上できたのだと考えます。また下肢外側の疼痛にも有効です。

・治療部位と支配部位との関係についてはハッキリしていません。そこで参考になるであろう治験をもう一例書きます。患者は以前にも受診経験のあるレントゲン技師一筋に働いてきた老人で、大腿外側と前側の激痛に苦しみながらも解剖学に合致しないので十日間もほとんど寝たきりで耐えてきました。ご丁寧にも診察の前にレントゲン撮影をして自分の目で腰椎すべり症ではないことを確認していました。筆者の診断は帯脈の停滞による疼痛であり腸骨陵の上下を緩めると即座に痛みが軽減して元レントゲン技師を驚かせていました。治療の初期には側臥位で帯脈を緩めるだけでは不十分で座位になってもらってからも処置をし、回復するに従って帯脈への刺鍼自体も減らし本治法に重点を移していきました。さらに根元を叩けたわけではないので痛みはすぐに復活することと、治療をすれば楽になるという予言は見事に繰り返し予告通りの回数ピッタリで完治しました（手前味噌ですが筆者は病理と脉診により頭の中で描いたベクトルから病状や予後を予告しアクシデントがなければまず的中させています、誰でも可能と言うわけではありませんが完全な予言が可能なことが他の医学にまねのできない伝統鍼灸術の最大の強みです）。

・手技と患者の姿勢ですが、側臥位・腹臥位・座位の順で刺激量が一桁ずつ増加するようです。座位は患者が臥位になれない場合を重点的に使用していますが刺鍼による疼痛を与えやすいので注意が必要です。

手技は鍼管を用いて硬結を緩めるのですが、硬結を突破させるようなあまり深い刺鍼をすると、流注を突き破ってしまうようで効果が出てくれません。前述のように流注に対して刺鍼することが重要なようです。

それから補法の手技で抜鍼と同時に鍼口を閉じるのと閉じないのとでもかなり効果に差を生じます。

 

以上、諸先生方のご追試・ご検討がいただければ幸いです。

滋賀県彦根市高宮町日の出1406

☎0749-26-4500

二木　清文