実技公開報告

 

漢方はり治療の実際(てい鍼(ていしん)による治療)

漢方鍼医会  二木 清文

 

 まず最初にですが、我々漢方鍼医会では、全員がてい鍼(ていしん)のみを用いて治療を行っているわけではありません。古典にも九鍼というくらいですから鍼には様々な種類が存在するだけその特徴と得意とする分野が存在し、その特徴を生かせばいいのであります。毫鍼を愛用している会員はその特徴を生かした臨床研究を行っています。今回はてい鍼(ていしん)を臨床しているケースとして発表を担当することとなりました。

 人体には大きく分けて経脈の外を流れこれを護衛している衛気と、経脈の中を流れている営気がその代表であり、鍼灸で操作できるものはこの衛気・営気の二種類であります。どちらでも自由に操作できる手法を身につけることが肝要であり、毫鍼でもてい鍼(ていしん)でもどちらでも使いこなせる技術が本来は必要です。ただ術者の得手・不得手だけでなく新年も技術に反映してきますからどうしても得意な用鍼には片寄りがちです。臨床経験や技術交流から、私個人はてい鍼(ていしん)を現在は選択しています。

 

 まずどのような場面で用いているかですが、全ての場面であり補助的に用いる皮内鍼や円皮鍼以外はてい鍼(ていしん)のみです。本治法のみや逆に標治法のみでは鍼そのものが有する力に差があるのでバランスが悪く、特に毫鍼と混在して用いることはしません。

 現在用いているてい鍼(ていしん)は大阪漢方鍼医会の森本繁太郎氏が改良した「森本てい鍼(ていしん)」で、一寸三分と同じ長さで十五番程度の太さがあります。材質は銅でありますが、他の種類もあります。そしてこのてい鍼(ていしん)の特筆すべきは片方の六分程度が一回り細くなっていることで、これにより気の流れる方向がコントロールしやすくなっていることでしょう。気は細い側に流れやすいので、当然一回り細くなっている側を接触面とします。また毫鍼のように龍頭と鍼体という区別がないので示指を伸ばしきれるので気を送り込みやすく、それなりの太さがあるために母指は軽くてい鍼(ていしん)を押さえるだけで支えられることから微妙な操作にも好都合となっています。

 

 衛気と営気の手法について説明します。念のために断っておきますがそれぞれに多少の工夫は必要でも毫鍼を用いても全く同じです。まず臍下丹田に気の込められる「自然体」で立つことが前提条件です。その上で衛気に対する手法は皮毛に応ずる重さで押し手を構え鍼は極力水平に近い角度で静かに接触させる。営気に対する手法は血脈もしくは肌肉の重さで押し手を構え鍼は垂直に近い角度で乱雑にならないように接触させる。どちらの手技もあまり鍼は動かさず静かに気が至るのを待ち、気が至ると同時に素早く抜鍼してそれぞれの重さで鍼孔を閉じるという手順になります。

 さらに難経では衛気と営気を交流させる、つまり衛気を経脈内に押し込んだり営気を経脈外に引き上げて、充足している側から不足側へ移し不足分を補い調整することが記されています。これらを素早くより自由に実現するには、てい鍼(ていしん)は直立的であるために有利であると臨床からは実感しています。

 

 「患者の体内へ侵入できることが鍼の最大の強みではないのか」「響きこそが鍼の極意ではないのか」などの疑問は、この学会に参加される先生方にはもはや回答など不要だと思われます。治療室での臨床投入に踏み切るまでは研修でその効果を実証していても患者に受け入れられるのか心配な面もありましたが、衛生面も含めて歓迎の声ばかりでありました。

 道具としての鍼や経穴そのものが有する力に頼らなくとも、経絡の力を最大限に発揮させればいかなる病にも有効であり、本治法と標治法の間に時間をおくことで自らの力により経絡が活性化できるようにするなど、少しの工夫でてい鍼(ていしん)での治療効果は力任せの部分がないだけハッキリと現れてきます。治療を受けた患者には世間一般の「鍼灸」というイメージなどすぐに吹き飛んでいるものです。唯一それまでに鍼灸を体験していて不快感を覚えなかった患者には「やってもらった」という満足感が不足しているかも知れません。

 てい鍼(ていしん)は毫鍼の補助道具ではなく、立派な九鍼の一つとして活用ができます。

 

 実技供覧を終えての感想ですが、「てい鍼(ていしん)のみでの治療」という文句が先行してしまって漢方鍼医会の治療体系を説明するのにもたついてしまったと反省しています。しかし、単純にてい鍼(ていしん)を当てるだけで治療が成り立つのではないことは理解していただけたと思いますし、自由に脉診だけでなく体表も参加者に触って頂き、視覚に障害のある先生方にも臨床効果が理解していただけたのではないかと思います。

 また漢方鍼医会内部でまだ統一的な見解には至っていないものの今までにはあまりなかっただろう「強く押さえる」タイプの腹診もいつもの臨床なのですから当然同時に公開し、証決定には客観的で平易なテクニックからでかなり近い場所までは導いてもらえるシステムになっていることを実践しました。そして「証決定は四診法の総合判断であり脉診のみで決定すべきではない」と強調したことに、脉診に対して劣等感を持っていた参加者から「このようなシステムなら自分でも修得できるかも」という声が聞かれました。

 臨床室をそのまま再現したので証が肝虚陽虚証の一例以外は難経七十五難型の肺虚肝実証が三例と、やや偏っているのではないかという感想もありました。これは一般発表の病理考察でも説明したことですが、現代人にはどうしてもお血を蓄積する要素が高まっているので仕方ないことであり、難経七十五難型自体が一つの証に対して特別に設けられている治療法則なのですから症例が多くなることは当然と考えています。

 「接触のみで切皮はないのだから、WHOの衛生指導の厳しいアメリカでもエイズの治療だって存分にできる」との座長からの説明には、大きな嘆息が漏れていました。もちろん切皮さえもしない無痛治療は臨床で売りにしているのですが、接触のみで何もかも済ましてしまおうと無理矢理治療体系を構築したのではなく、衛気・営気の手法をより厳格に再現する中で追試をしているものです。しかし、直接の後輩たちはてい鍼(ていしん)のみでの治療に憧れて研修会に参加したケースが多く、「接触のみ」という点をもう少し前面に出してもいいかも知れないと感じ始めています。

 今後とも追試・研究の努力をしていきたいと思います。

 

(森本てい鍼(ていしん)の取り扱いは岐阜県のイトウメディカル 058-266-4598

 

522-0201 滋賀県彦根市高宮町日の出1406

      0749-26-4500FAX兼用)

E-mail  myakushin2001@hotmail.com

二木 清文




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