円皮鍼の臨床実践について‐経絡治療の立場から

 

                           漢方鍼医会  二木 清文

 

はじめに

 どこの資料で見かけたのかは忘れてしまいましたが、円皮鍼は日本人鍼灸師の発明とのことです。非常に用いやすく効果的な道具を発明して下さったのに、特許出願されていないので価格が安価。実に素晴らしく、今や治療には欠かせない手段の一つです。

 ところで世間では医療法に抵触しない範囲で、円皮鍼まがいの健康器具が大量に流通しています。しかも思わず笑ってしまうようなネーミングで素人の心を惹きつけますから、鍼灸というものに親近感を持ってもらえるケースもあるでしょう。その一方、素人が用いるのですからそれほど効果が発揮されず、鍼灸とはやはりそれくらいのものでしかないのだと勝手な判断をされているかも知れません。

 円皮鍼は、それ自体がかなりの治療力を持っている道具だと実感しているのですが、やはり道具は道具です。それを用いるプロの手があって「なんぼ」のものであり、患者さんの口から鍼灸院で施してもらえる円皮鍼が効果抜群なのだと喋ってもらえるようにしなければなりません。

 そのためには痛む箇所へ次々と貼付していくような用い方ではなく、経絡に対する円皮鍼の理論を考察し、実践で確かめて、さらに効率的な用い方を研究していくことだと思います。私の臨床はいわゆる経絡治療であり、透熱灸もほとんど行わず瑚I(ていしん)中心であり、身体へ打ち込む鍼は皮内鍼と円皮鍼のみですから、使用頻度が高い円皮鍼については様々な場面で助けてもらっていますし、それだけ理論面も考慮しておかないとむやみに用いてしまいますから、経絡中心での運用に徹しています。

 

円皮鍼との出会い

 滋賀県立盲学校の専攻科理療科に在籍していた二十数年前、滅菌済みシートに整然と並べられた「絆創膏付き円皮鍼」が登場してきました。学生時代から、それなりの経過はあれども治療法は経絡治療一本に絞っていた私です。学生でも出入りの業者さんに一般的ではない珍しい物を頼むので、向こうも懇意にしてくれて、発売されたばかりの絆創膏付き円皮鍼の試供品をもらいました。絆創膏は、普通は目立たない肌色をしているものですが、試供品と分かるように緑色をしていたので余計にハッキリ覚えています。

 当時一般に流通していた円皮鍼は、円皮鍼本体を打ち込んだ後に自分で絆創膏を上から貼り付けるもの、あるいは絆創膏付きでも絆創膏そのものが小さかったので、視覚障害者にとっては決して扱いやすいものではありませんでした。ところがいただいた試供品にはシートにはがすための窪みがありますし、絆創膏が大きいので使いやすい。まずは痛みを与えず綺麗に打ち込む練習に没頭しました。   

いまだに、新しく入った助手には円皮鍼を綺麗に打ち込む練習を一週間で完成させるように命じているほどです。円皮鍼を簡便に用いられるようになり、手数が一つ増えたことはそれほど嬉しく、野心溢れる学生としては、どのような場面で用いるかを想像するだけでわくわくしたものでした。

 

学生時代の円皮鍼

 さて、簡便な円皮鍼ですから、緑色の試供品ではありましたが、早速外来臨床の中で患者さんに用いてみました。肩こりが一週間楽なままで過ごせているだろうか、腰痛が解消しただろうか、大きく期待していたのですけれど、結果はたいしたことはありませんでした。痛む箇所や硬結の強い部分に貼付しただけなので、今から思えば理論も考察していない、貼り付けただけの鍼がそんな簡単に効果を上げるはずがありません。

 しかし、思いがけない体験が巡ってきました。既に数年間に渡って来院していたむち打ちの患者さんです。先輩たちが揉んだり鍼をしたりとむやみに手が加わっていますから、簡単には症状が改善するはずもなく、首に円皮鍼を入れてみましたが焼け石に水の状態でした。この患者さんが畑仕事をしていて、股関節に新たに痛みが発生してきたというのです。以前にも股関節痛を経験し、その時には痛みの消失に一年半もかかっていたとのことであり、今回の痛みの方が遥かに強くてベッド上でも自発痛がありますが、動作痛が耐えられないといいます。しかも女性ですから股関節に毫鍼を打ち込むというのはお互いに抵抗があり、按摩で何とかして欲しいといわれても痛む部位は前面なのでこれも困ってしまいました。そこで痛む箇所の中心に、脾経の流注上であることを確認しながら、円皮鍼を一つだけ打ち込んでおいたのです。

 次の治療が一週間後であり、股関節痛のことはかなり気になっていたのですが、患者さんから「あの一本の貼り付ける鍼で綺麗に痛みが消失した」と思いがけない報告を聞くことができました。それまでは期待の割に効果が引き出せていなかった円皮鍼でしたから、鎮痛効果を過度には期待していなかったのですけれど、棚からボタ餅のうれしさでした。この体験で硬結や痛む箇所にむやみに円皮鍼を貼り付けるのではなく、経絡流注を意識して用いるべきものであると実感したのでありました。

 

助手時代の円皮鍼の使い方

 私の師匠は片大腿を切断して肢体不自由ではありましたが晴眼者であり、入門当時は絆創膏付き円皮鍼ではなく自分で絆創膏を後から付けるタイプのものを用いておられました。臨床でも用いてはいたのですが、助手である私が円皮鍼をうまく貼付できないので使用頻度が少なくなっていました。逆に皮内鍼のウェイトが高くなっていきました。

 中でも印象的だったのは、膝を充分に動かすことのできない患者さんに対して、経穴には直接打ち込まないように気を付けながら、流注上の滞っている箇所を見つけだして円皮鍼を入れると、一人で歩いて帰れた例が多数あったことです。またこれも流注を意識する必要はありますが、捻挫の関節へ打ち込むことで動作痛が一瞬で消失するケースも印象に残っています。

 助手ですから手柄を立てたいという気持ちが先走ってしまい、経穴へ直接打ち込んでしまって自発痛をひどくさせてしまったことがありますし、内出血の周囲に打ち込んでしまいもっとどす黒くさせてしまったという失敗もありました。

 

開業してから気付いたこと

 私の師匠はその師匠、つまり大師匠の影響から先に背部へ置鍼をする、いわゆる標治法から入って仕上げに本治法を行うという、経絡治療では少し変わったスタイルを継承していました。蓄積した疲労回復にはとても強かった反面、自発痛が最後まで残っているという面もあったように今は考えます。私はといえば、開業と同時に本治法から標治法へというオーソドックスなスタイルへと手順変更をしたので、知熱灸、円皮鍼や皮内鍼など補助的な手段については再構築したような面があります。

 世の中には本治法と標治法という言葉が定着していますし、治療スタイルからも、そのような言葉遣いや区別は有意義に思いますから今後も使い続けるつもりではありますが、本質的には本治も標治も区別がなく、古典にもそのように記されていますので、経絡調整の様々な段階であると明確に捉えるようになりました。

 そうすると、学生時代の体験や助手時代に学んだことを総合しても、円皮鍼や皮内鍼は身体へ打ち込みっぱなしにできるという点を最大限に生かすべきであり、経絡流注のコントローラーとして活用すべきではないかということが臨床からも確認されてきました。つまり、物理的な切断がなければ経絡流注が断絶されてしまうということはないのですが、極端に流れが悪くなることはありますし、逆に暴走していることもあるので、これをコントローラーで制御するという考え方になります。

 

ぎっくり腰での体験

 開業当初から10年間はまだ毫鍼を用いていましたし、師匠の影響で、特に腰痛では置鍼をするケースも多かったので、ぎっくり腰の治療にはそれほど困難を感じてはいなかったものの、もう少し痛みを軽減させて帰宅させてあげられるのではと思うケースはありました。

 ぎっくり腰は腰部の筋肉が異常痙攣を起こしたものであり、脊柱起立筋を少し強めに連続して触察すれば、正常部分と異常緊張をしている部分との境目が明瞭に分かります。毫鍼であれば、この境目に少し深めに刺鍼することで、異常緊張が急速に緩んで即座に動けるようになるケースが多くあります。また痙攣の程度がひどいと局所にC血(おけつ)が多くなることもあり、このような時には知熱灸を行うことでC血(おけつ)が解消され、治療もスムーズとなります。しかし、発生から数日して治療に来られるケースが多く、異常緊張がある程度緩んでいて境目の幅が広がっていたり、毫鍼が狙い通りに刺鍼できないなど、文章で説明されるほど朝飯前で治療できるものでもありません。

 そこで、経穴にこだわるのではなく流注の回復に着目すべきだろうということで、治療の最後に正常部分と異常緊張の境目に円皮鍼を入れるようにしたところ、自分で書くのも変ですが、抜群の成績が得られています。これは瑚I(ていしん)へ全面的に切り替える前から実践していたことですが、毫鍼を用いていると反射的に異常緊張へ刺鍼したくなるものですから、今思えば円皮鍼の特徴を引き出し切れていなかったような気がしています。しかし、効果は保証しますので、異常緊張の部位へはなるべく毫鍼は打ち込まないようにしてください。

 瑚I(ていしん)を中心とする治療であれば、刺鍼は円皮鍼のみとなり、仕上げ段階に施すものですから、正常部分と異常緊張の境目に多少幅があってもそれほど問題にはならず、円皮鍼を打ち込んでから患者さんに動作痛が消失しているかどうかを実際に確認してもらうことで微調整をすればよく、助手の触覚訓練を兼ねて、最近では私自身が円皮鍼を直接施すことがなくなっているくらいです。

 

円皮鍼の理論

 今まで経穴にはこだわらず流注重視で施すと書いてきましたが、その理論について考察してみます。

 先程のぎっくり腰を例にするなら、正常部分と異常緊張では流注上であっても経絡の流れ方に大きな障壁ができてしまっています。川の流れに例えれば、大きな石が転落してきて、その部分より先は水量が極端に少なくなってしまったようなものです。水量が少なくなっても川の流れそのものが分断されたわけではないので、転落してきた石を除去すればいいわけですが、とりあえず応急処置として川岸からチェーンで石を引っ張って、まずは水量を確保する必要があるでしょう。このチェーンの役目が、鍼灸でいえば円皮鍼に該当すると考えていただければいいでしょう。

 決して流注が分断されたわけではないのですけれど、極端に流れが阻害されてしまった場合、円皮鍼を打ち込むことで擬似的に流注を回復させるわけです。そのようなわけで、冒頭から「打ち込む」という表現を繰り返してきたのです。

 

肉離れでの体験

 円皮鍼に対して理論付けをした時、このような治療ができないかと実験してみて好成績が得られました。

 肉離れというのはいくつもの筋繊維が縦の連絡を物理的に失ってしまったものであり、するめを中央から縦に裂いたようなものです。ちなみに横方向に裂かれたものは断裂であり、これは完全に分断されていますから外科手術の守備範囲です。

 話を肉離れに戻しまして、この治療は経絡流注を回復させてやればいいことになるのですが、軽いものなら上下から挟み込むように交互に緊張を緩めてやれば、回数さえあれば困難な治療ではありません。ところが程度がひどくて痛みを抑えきれない場合、その中心に円皮鍼を打ち込むことで擬似的に経絡流注が確保されるので、完全な鎮痛にはならなくても動作可能な程度となり、回復もとても早くなります。

 

皮内鍼の理論と使い方

 助手時代に多用したと書いた皮内鍼ですが、平軸タイプであればピンセットでつまむことはそれほど難しくなく、テープカッターを活用すれば視覚障害者も独力で行うことは可能です。

 少し話が飛びますが、学生最後の年に、研修単位取得と卒後の進路を見据えて連日の治療室見学を希望して快く受け入れて頂いた治療室では、本治法の補いのために兪穴へ皮内鍼を追加で貼付されていました。つまり、肝虚証であれば肝兪へ皮内鍼を貼付するわけですが、その時に兪穴が盛り上がってくるように方向を調節しながら入れなければならないという説明をされていました。全ての患者さんに行われていたわけではありませんし、どちらの兪穴に施されていたのかなど、いまだに分からない面が残っていますが、実際に皮内鍼を見せていただいた初めての経験でした。また皮内鍼の考案者である赤羽先生は、皮内鍼を施した反対側の兪穴に「瀉法鍼」という名称の、先端が鋭い少し痛みも伴う道具を打ち込むことで、補瀉が顕著になると説明されているようです。

 ある時、助手時代と開業してからでは、どうして皮内鍼と円皮鍼の使用頻度が逆転してしまったのだろうと考えてみました。師匠は前述のように少しスタイルの変わった経絡治療を行われていましたから、可動範囲の改善や凝りなどに対しては強いのですが、自発痛については弱い面があったように思い出されます。最初に背部の置鍼で経絡の深い部位まで気血の循環を促しておき、最後の本治法で全身を整え、なおかつ痛みや症状が残る時には座位で脉診しながら陽経の処置をすることでほとんどは対処されていましたが、軽い自発痛が残ってしまうケースがあったので、皮内鍼を多用していたのではなかったでしょうか

 対してオーソドックスなスタイルでの私の臨床では、本治法が最初に行われれば経絡全体のバランスが整うのですから、当然ながら自発痛も消失の方向に向かうはずですし、可動範囲の改善などは、仕上げ段階での調整は局所の気血の循環に依存する部分ですから、円皮鍼を用いるケースが自然と多くなってきたのではと思われます。

 経絡治療を前提に皮内鍼と円皮鍼の違いを考察してみると、円皮鍼はある程度の深さがあるので経絡流注を擬似的に修復することができるのに対して、皮内鍼は水平に刺鍼することから経絡が暴走しているのを制御できるのではないかという考えに達したのです。この理論考察から、自発痛に対して皮内鍼を施すと顕著な効果があり、臨床での使い分けの基準としています。

 ただし、動作によって痛みの増悪する場合には円皮鍼を優先的に用いているので、使用頻度としてはやはり円皮鍼の方がかなり高くなっています。また皮内鍼については自発痛のなるべく中心部位に入れるようにしており、方向は特に気にしなくてもいいようです。

 

おわりに

 何度も繰り返していますが、紹介してきた理論は経絡治療で本治法を行うことにより割り出されてきたものです。本治法を行わなくても円皮鍼や皮内鍼は施せますし、使い分けもこのようにして構わないでしょうし、効果もかなり期待できるはずです。しかし、本治法の威力は絶大でありスタイルも変わってくるものですから、よく吟味してください。

 術を施す中で理論が構築され、理論から新たな取り組みが産まれてこそ鍼灸術だと言えます。先人たちが残してくれた偉大なる鍼灸という技術を、鍼灸術としてさらに発展させる努力を一緒にして参りましょう。

 

 

 

アブストラクト

 円皮鍼は、それ自体がかなりの治療能力を持っている道具だと実感している。経絡に対する円皮鍼の理論を考察し、実践で確かめて、さらに効率的な用い方を研究していくことが必要だと思っている。瑚I(ていしん)を中心とする治療をしているので、刺鍼は円皮鍼のみとなり、仕上げ段階に施している。経絡治療を前提に皮内鍼と円皮鍼の違いを考察してみると、円皮鍼はある程度の深さがあるので経絡流注を擬似的に修復することができるのに対して、皮内鍼は水平に刺鍼することから経絡が暴走しているのを制御できるのではないかという考えに達した。

 

 




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