ていしんの工夫から、「筋の深さ」を押し流す
滋賀漢方鍼医会 二木 清文
【目的】
経絡治療系の鍼灸術は、古典を現代に生かした治療であり、本治法を中心に浅い部位への施術で高い全身効果を得ていることが特徴です。
しかし、皮毛・血脈だけでなく、肌肉・筋・骨という深い部位の変動も当然あり、いわゆる刺激治療が主に動かしている筋の深さではしっかり刺鍼したいと発想したいものの、それでは本治法と矛盾が生じてしまいます。漢方鍼医会は「ていしん治療」が代名詞でもあり、刺鍼しないていしんによる深い部位へのアプローチを工夫し実践しているので、その一つの方法を報告します。
【方法】
ていしんは「先端は粒のようになって丸く刺さらない」と古典に形状が記載されていますが、井上恵理先生の井上式バネていしんや東洋はり医学会の小里勝之先生の小里式ていしんなど、先輩諸氏が加工のしやすさもあって色々と工夫されており、私も「二木式」と名乗らせてもらい、数種類作成して使い分けています。
「二木式奇経鍼」は、文字通り奇形治療をていしんで試みようと当初開発したもので、八脈交会穴から奇経を動かそうと直径4mmの接地面がある見た目は棒きれの銅のていしんです。このていしんとしてはとても太い直径が、深くまで押し付けても痛みが発生しないので筋の深さを効率的に押し流せる手法が可能であることにも気づきました。(ここから会場より一人出てきてもらっているモデルへ実技を行いながらの説明)
そのまま強く押し当てただけなら金属の痛みが発生するので、力を加えるためにも示指を沿えて支えるのですが、指先を少していしんよりも出します(二つの押しつけ方で痛みの有無を確認してもらう)。主には「分肉の間」へ、停滞を押し流すために押し付けてから揺らして用います(ここから今回の症例と同じになるように両方の肩甲骨周囲へ押し流す処置)。最初は服の上から会場へ見えるように行い、モデルさんには押しつけられた感触がしっかり分からないので臨床現場と同じく服の下側へ手を入れさせてもらい、皮膚へ直接施術を行い、感触として4mmの直径より遥かに大きなものが当たるように感じられると説明も加えながら数回施術する。最後にモデルからの感想として、「手の中に入ってしまうていしんとは思えないような太く深くまでの感触があった」ことが述べられた。
【症例】
患者は50歳の女性。2月の積雪の出勤中に転倒し、病院へ運んでもらうと右の肩あたりに亀裂骨折が発生しており、翌日にボルト固定の手術が行われました。3日後に退院はしましたが右腕は傷口を含めて余計に痛みが酷く、挙上は全くできません。ベッドに縛り付けられるような状態だったので、腰痛など入院前にはなかった節々も激痛で、旦那さんに支えてもらいながらでないと移動できず、ベッドにも自力では横になれない痛々しい状態でした。
東洋医学からの考察は、強い衝撃は熱が少陽経から胆へ侵入し、はまり込んでいる肝も一緒に温まって脾虚肝実証となります。急性期は必ずこの病理が成り立つので、脈診や腹診と合わせて証決定が間違いないか確認しました。本治法は脾経へ衛気の補法、陰気を補うことで結果的に瀉的な働きとなるので胆経へは営気の補法を行います。当院では経絡に一巡してもらうことで自ら自然治癒力を高めるアイドリングタイムを半時間ほど設けるのですが、尋常ではない苦しみ方なので数分後に様子を伺うと、既に自発痛が少しずつ回復してきていました。何度も様子をうかがいながら結果的に通常と同じく半時間休んでもらうと、自力で側臥委への体位変換ができました。
背部の標治法は側臥位で散鍼のあとにローラー鍼と円鍼を行い、肌肉の深さも流します。仕上げの座位になってもらった時点では、まだ右腕は動きません。全身が硬直しているので肩甲骨周囲に沿って筋の深さを患者の体力を考慮しながら二木式奇経鍼で押し流していきました。
【結果】
治療直後から手伝えば右腕が動かせるようになり、自力で着替えができたことに感激されます。痛みで全く眠れていなかったものが、当日から少しずつ眠れるようになり、一週間で四回治療をして全身の自発痛がほぼ解消でき、二週間で家事がすべてできるようになりました。春まで無理だと言い渡されていた職場復帰も、もっと早くにできています。
【考察】
外傷からの筋や骨という深い部分での停滞が頑固な痛みとなるので、押し流す手法を行うことにより、病院が驚くスピードで回復できました。ボルト固定は必要だったのかもしれませんが、局所のみの痛みだったものが逆に自力で動けないほどの全身の激痛になっていたことに、疑問よりも怒りを感じます。それがリアルタイムで痛みが軽くなっていくことに、患者が素直な感動の言葉を戻してくれたのは治療家としての喜びを感じるのでした。
【結語】
浅い部位への本治法で高い全身効果に加えて、局所へは深い部分へのアプローチが臨床現場では不可欠です。特に筋の深さの滞りはコロナ後の社会変化から頻発しており、素早く処置できるようにていしんの方を工夫しました。症例のように上肢の痛みの大半は肩甲骨周囲の滞りであり、手法が非常に簡便な上に安全で、気胸の心配もありません。
ただし、本治法を行ってからの処置が前提であり、二木式奇経鍼のみの処置では効果が持続できません。
キーワード
筋の深さ、本治法、ていしん、押し流す