(参考執筆)漢方鍼医会 夏季研事前研修用資料

 

自然体の意義

 

 およそ技術力を生業とし生計を立てようとするのであれば、その技術力を最大限に発揮させるため良い姿勢を保つというのは基本中の基本である。想像するだけでわかるだろうがへっぴり腰の大工では重たく長い木材を担ぐことができないし、肩に力の入った寿司職人が握る寿司は美味しくないだろう。我々の行う脉診流鍼灸術についても全く同じことで、施術者にとって最も肩の力が抜け楽な状態でないと正確な脉診だけでなく診察全体がゆがみ取穴や刺鍼だけでなく体表観察にさえ悪影響となる。

 今まではまず全体像を把握してもらいたいという意識が強かったため鍼灸学校ではなかなか教わらない脉診流独特の約束事や触診方法を優先して覚えてもらってきたが、基本中の基本である自然体でなければ正しい全体像を捉えることはできない。またその後で修正をしようとしても非常に困難である。このような観点からできる限り研修の先頭部分で自然体の研修を組み込んでいただきたい。そして徹底されたい。

 付け加えるなら鍼灸術を行おうとするのに、自然体を意識していない方がおかしいのである。鍼を持ち始めた時には自分の足で刺鍼練習して痛くない方法を身を以て会得したはずである。この時には姿勢を意識したはずなのに、他人へ施術する時に姿勢を意識できないというのは技術向上を自ら阻止しているに他ならないからである。横柄な言葉に聞こえるかも知れないが、自然体の会得ができなければ優れた鍼灸術の体得は不可能である。絵空事と笑い飛ばさず、熟考の上で実践投入されたい。

 

1.自然体の考え方

 「自然体」という言葉は各種分野で用いられているため適切な言葉であるかという意見はあるものの、鍼灸という技術を施す我々にとっては非常に直感的で伝えやすい言葉なのでそのまま用いることとする。

 どのようになっていれば「自然体」かといえば、単純に「臍下丹田に気の込められる姿勢」となる。この「臍下丹田に気を込める」と表現している時、力一杯身体を突っ張って意識的に込めているのではなく自分が最も楽な状態で何もせずに自然に気が入ってくることを表現している。だから「自然体」なのである。

 基本形は肩幅に足を開き、自覚的には内股状態ながら客観的なつま先が平衡の状態とし、背筋を伸ばしてあごを引いて前を見つめている状態である。これで深呼吸をしてみれば、臍下丹田に気が込められてくることを自覚できるだろう。また自覚的に「いい姿勢」の状態と、自覚的には内股の「自然体」とで肩上部の硬さをつかんでもらうことにより比較すれば、いかに自然体が全身の力が抜けて感覚のとぎすまされた状態であるかを認識できる。

 しかし基本形だけで全ての場面には対応できないので、それぞれの場面での自然体というものも考え実践して行かねばならない。また術者によっては交通事故などで足の長さが違っていたり股関節の変形によりどうしても角度的に無理があることもあり、そのような場合にはその術者毎の「自然体」を工夫するようにされたい。

 

2.様々な場面での自然体

 これも「臍下丹田に気が込められる姿勢」の一言である。条件としては背筋を伸ばしてあごを引いて前を見つめている状態を維持すること。その上で、

 ・座位の場合には行儀が良くないと最初はビックリするだろうが、「自分が楽な姿勢」なのだから正座よりもむしろあぐらの方がいい

 ・しゃがむ場合には、少しベッドなどにもたれかかると臍下丹田に気の込められる姿勢が見つけやすい。もちろん体重の一部を支えてもらうだけで寄りかかった姿勢での施術はいけない。

 ・脉診時は右利きであれば患者の左側に立つことから、右足がベッドと平行になっていれば足を前後に開いて左足には角度を付けてもよい(左利きの場合はこの逆)。

 

3.実際に刺鍼する場合の自然体

 基本練習の段階であればちゃんとこなせるのに、いざ実践となるとせっかくの練習がどこかへ吹き飛んでしまうということはよくある話である。我々でいえば実践での取穴や刺鍼がこれに当たるだろう。工夫次第でいくらでも対処できるのであるから、実践的な研修をさらに望みたい。

 ・取穴や刺鍼の場合には身体全体の位置もそうであるが、両方の手首が不自然に反ったり曲がったりしないことも自然体の条件に加わってくる。電動ベッドがあるなら活用されたい。

 ・手の取穴の場合には、なるべく上腕はベッドに乗せたままにすると重みが術者には掛からないので、この状態から前腕を動かして自然体を探る。患者が痛みを感じないのであれば、患者の体幹上に前腕を乗せての取穴も試みる。立つ方向も色々と工夫するが、つま先の平行を崩してはいけない。

 ・患者の体幹に前腕を乗せると返って姿勢が取りにくいのであれば、術者の上前頂骨極に前腕を乗せると両手が自由になるので、この段階で試してみる。この場合には多少つま先の平行が崩れてしまうものの、臍下丹田に気が込められるのであれば特に構わない。

 

 ・足の取穴の場合には、まずどのようにすれば手首が不自然に曲がらないかを優先して考える。つま先の平行は極力崩さない方が望ましいが、場合によっては背筋を曲げてはいけないが腰を曲げることはあり得る。例えば右利きの術者が委陽を取穴する場合、患者の左側に立ち左足では内側から右足では外側から手を回せば手首は自然な形が保てる。その他はこれに準ずる。

 ・股関節の形状から足が寝てしまっている場合、立てないと不都合な時には患者のつま先を術者の手ではなく腹部で支えるのがよいだろう。

 ・膝が痛くて枕をかませている場合、やむを得ず手首が不自然になる場合がある。このような時でも最低限身体をひねらないようにだけは注意されたい。

 




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