2002414

 

本部第九回学術総会 研究発表

『取穴法の研究』

 

二木 清文

 

  (司会:吉田清隆)本日は取穴についてということで、二木清文先生にお願いしております。四診法ができ、証決定されて選経・選穴とされてきても、しっかりツボが取れなければやはり治療成績は上がらないと思います。それで取穴の重要性は誰もが認識しているのではありますけど、私自身も最近何となくなおざりになっていると感じている次第です。そこで二木先生から今回の資料を頂きまして一穴一穴もう一回再確認してみましたら、本当にこれはいい加減なことをしていたと私自身反省しているのですけど、しっかり勉強し治さねばと思っております。

 本日の発表ですけど、このようなところをフロアの先生も再認識・再確認できる発表になっていると思われます。最後に質問を受けますので、その時には活発な質疑をお願いしたいと思います。それでは、よろしくお願いいたします。

 

  (二木)この学術総会のあとの発表というものが、漢方鍼医会が出来て一年経過した時の初めてのものがそれまでのものとは全く違って凄くまとまっていたので、この発表だけは絶対に出たくないと硬く心に誓ったのですけど、何のことはない三回目を出てきてしまいました。十年で一番沢山出てきている訳なのですけど、出たがりは確かにありますが出たがりのついでで最初に少しだけ。

 前々からご存じの先生はご存じのことなのですけど、今まだ名前は「滋賀経絡臨床研究会」ということになっていますがこれは他の会の関連とか滋賀がこれまでにお世話になってきた先生との関連で独立した団体の名称はなっていますけど、私たちがやってきた中で何の拍子か偶然が偶然に重なって本部を追い越して総合テキストというものを今回発行することになりました。ここの中に収録している取穴を参考書に、やり直していこうではないかということなのです。ペラペラ喋るばかりよりも資料に基づいて進める方が前に進みやすいので、後から目の前で出来る実技はやりたいと思っていますからまず「経絡治療の臨床研究 やさしい解説と実践取穴法」の「本書の読み方について」から、経絡・経穴編の製作過程までを読んでもらいます。

 

 

本書の読み方について

 

1.編纂に当たって(編集委員会)

 俗に三千年の歴史を有するといわれる漢方医学の根幹は、陰陽・五行論と経絡・経穴と言い切っても過言ではないでしょう。

 しかし、経絡は完成した身体機構なのでしょうがわれわれの把握が追いつかず、時代により・書物により変遷され未だに定説を得ていません。これが鍼灸を正当な医療として認めさせない原因となっていて、われわれの推進する経絡治療(本書ではあえて経絡治療という名称を用います)だけではなく、方法論に違いはあるとしても鍼灸の発展・鍼灸の科学化にとっては重大な障壁となっています。

 しかしながら経絡流注はこれから先も新たな発見や追加があるとしても、四肢の要穴(特に五行穴・五要穴)に関してはこれから大きな変更が加えられる可能性は少ないでしょう。そこで、われわれの研修会では「できて当たり前」なのに何度修練しても素早く・効率良く・的確にできない取穴に関して、鍼灸を志した経験者なら読むだけで誰もが素早く・的確に取穴できる書物があってもいいのではないかと考えました。これが本書出版のきっかけです。

 

1.1 経絡・経穴編の製作過程について

 とはいえ、全くの最初から制作するということは能力からも時間的にも並大抵ではなくわれわれだけでは到底不可能です。そこで当時活用させてもらっていた東洋はり医学会発行の「要穴の部位と取り方」を参考書に実行を開始したのであります。

 第一段階としては、要穴の中でも使用頻度の高いものに限って新たに考案された簡便な取穴法も含めて項目を追加することにより「文章の力だけで本当に間違いのない部位へ導けるのか」を追求しました。それが完璧ではなくともかなりの確率で可能だという調査結果が得られました。

 これを受けての第二段階としては、四肢の要穴すべてに追加項目を書き込む作業を行いました。ところがこの段階が終わった時点で気付いたのですが、参考書と追加項目の間で部位の表記だけでなく、取穴方法が反対側から行わせていたりなど矛盾を相当に引き起こしていました。

 そこで第三段階は、部位はすべて本間祥白著「実用鍼灸経穴学」からの引用に差し替え、参考書の取穴方法は思い切って廃棄させていただきました。そして追加項目を部位の表記と矛盾しないように大幅な加筆によって調整しました。さらに追加項目は取穴方法の提示に加えて解剖学的なヒントや薀蓄などを含められるように整理し、視覚障害者の音声パソコンでの発音と点字のことを考慮し書き換えを行いました。

 これは思いもかけず全く新しい経穴書として生まれ変わったこととなりました。作業をしてきたわれわれ自身の驚きでもあります。

 そして、製作と並行して研修会で行っていた継続講義「経絡と流注について」をもまとめて収録することにより、本治法に使用する経穴を重点にした経絡・経穴部門が完成しました。

 

 

 

 このようなことで、サラッとは書いてありますけど偶然が偶然を呼んでこの本の一番の目玉となっている経絡・経穴部門、それも取穴法が完成したことになります。この本の名前をどのように付けようかと研修会中にみんなで決めたのですが、どうしても入れたい項目が「実践取穴法」でありこの本の中で何をやっているのかということで入れたい。それでこの名前になったわけです。

 今の項目をもう少し詳しく解説しますと、例えば太白を取穴する時に色々な説があるわけです。脾経の流注は赤白肉の間を走っているのでそれに沿って指を進めるのだとか、アキレス腱の側から押し上げていくのだとか親指を動かせば腱が触れるのでその腱上を目当てに取るのだとか、様々なわけです。それで色々と試してみると脾経の流注は足の内側では赤白肉の間を走っているのですから、第一中足骨先端の膨隆部では一度足底側に寄ってからまためくれ上がるようにして足背の方へ上がってきているので、膨隆部に沿って指をくるっと弧を描くように進めれば脾経の流注は必ず赤白肉の間にありますから、そのようにして反応点を見つければいいのではないかということになりました。実際にやってみると、これは実に効率がいい。これを先程出てきた東洋はり医学会の冊子に、「ヒント」という形で書き加えていきました。

 このようなことを毎月の研修会で、一回に二経のペースで行ったと思います。その後には編集委員会と称して毎月飲んでいたのですけど(笑い)、見直してみると疲れから「奇経の取穴とは違う」などとひどい書き方がしてあったり、綺麗に書いてあるヒントの部分のようになっていないと頼りない状態になり「一律に書き加えようか」ということになり私が勝手に書き加えた部分もあるのですけど必ず研修会に持って帰って、「このような取り方で大丈夫なのか」と全ての項目にヒントを書き加えていったのです。

 この時点で、非常に膨大な量になってしまいました。それと先程も書いてあったように、実は元々の参考書と我々が書き加えたヒントが真反対の方向から取らせているケースが結構あり、「これはまずいぞ」ということになりました。それで「これなら我々が書き加えたものだけで行けるようにしようじゃないか」ということになり、そこまで来たなら今度はどうしても本として発行がしたい。するとクレームが付いては困るということで本間先生の本からの部位に全て差し替えて、これでも少し部位と取穴法の表記に差が生じている箇所もあるはあるのですけどここは「部位の表記とはやや矛盾するようだが」と書き加えて本間先生の本から教えてもらったことも多く、資料を作成することが出来ました。

 それからここで付け加えておくと「流注編」というのも収録されているのですが、これは田布施先生の影響が非常に大きいのです。漢方鍼医会のテキストを作ろうという動きの時に、まず私は小池まき子先生と一緒に大阪漢方に合流して「脉診部門を担当しなさい」ということになっていました。いつだったかテキストの骨格を決めるために徹夜に近い前日合宿をしたことがありましたけど、その前段階としてすり合わせをするために大阪へ出かけて話をして、夜もそこそこだったのでご飯も食べないと、ということになり田布施先生と一緒に飲みに行ったのです。そこで「私は学生時代に何をやったかといえば流注を絶対的に覚えたんだ」ということを力説され、それですぐ滋賀のスタッフに「流注の継続講義をやれ」と指示したのです。自分がやるとは言わなかったのですけど(笑い)、これは適正に合わせたということにしましょう。そのようにして「流注編」というのも作成しました。

 このようにして全員で作成した本なのです。ちなみに大阪を中心として担当した脉診の項目の一番最初に書いた基礎の資料は、「脉状観察について」という項目の中に加筆・修正してこの本の中にも収録してあります。

 

 もう少し話を進めまして、この先に「モデル点」と「取穴法」が出てきます。抄録の中にも書いたのですが、モデル点という言葉すらご存じない方が結構おられるのではないかと思います。取穴を行っていくには《モデル点の取穴》ということ、例えば太淵はどこにある・太白なら先程のようにして取ればいいのかとモデル点の取穴がまずあります。モデル点が分からなければ、もうこれは全く経穴を取ることなど出来ません。それでこの段階があって、さらにそれを生かすように探る。この二つがないと「取穴」ということにはならないと思います。二つの段階があるということをまず頭に置いてもらって、配付した資料に従って進めていきます。

 

 

 取穴について、以下は「経絡治療の臨床研究」からの引用です。

 ところで、理論的に選穴ができたとしても本当に効果のあるツボなのか・正しく取穴できたのかは、どうやって判定をするのでしょうか。これを高橋清市氏を中心とする当時の東洋はり医学会愛知支部が『生きて働いているツボ』として研究をまとめてくれています。その後に発展・開発されたものを含めて要約すると、

 

 

 それでは後ろの方にまとめたものが書かれているのですけど、現在の愛知漢方鍼医会が提案して大きく発展したものであり、その開発過程から関わっておられるので生の声を渡部先生からコメント頂きたいと思います。

 

 

  (渡部恵子先生)「生きて働いているツボ」という言葉自体は、私たちが作った言葉です。というのは、ここに「愛知支部十五周年記念誌」というものを持っているのですけど、これは私が東洋はり医学会に入会して十四年目に作ったものです。この中に「生きて働いているツボ事始め」というものを載せたのですけど、その文章を少し読んでみます。

 『入会して五年目、即ち昭和五十三年「生きて働いているツボ」の取り方について本部の質問会にて質問。これが東洋はり医学会において生きて働いているツボへの公式の発言である』。ここで初めて、「生きて働いているツボ」という言葉が出来たのです。これに関しては私と当時の支部長(高橋清市先生)、それに光森さんと三人で臨床研究して次の事柄について、本部の先生に質問という形で出したのが、

1.経穴に指が触れると、脉がポッと出る。

2.鍼が深すぎると、今まで出ていた脉が、スッと消える。

3.押し手が浮くと、即ち気が漏れると脉が広がる。

4.押し手が重くなると、脉が硬くなる。

 このように数点、「このようなことがあるけどどうなのか」ということで質問してみたのです。その時に会長のコメントは、「そんなことはやったことがないのでよく分からん。しかし、」それが事実とすれば素晴らしいことだ」という、先生には珍しく褒めて頂いたような言葉を頂いた記憶があります(苦笑)。

 その当時というものは脉の上でそのようなことが現れるかどうかがよく分からない頃でしたし、多分に(本部の)先生たちでも疑問視しておられる先生方が多かったようですけど、このようなことに気が付いた一番最初というのは、まだ支部長(高橋清市先生)がまだ入会して間もない頃で静岡支部に通っていた頃に、昭和五十年に三支部合同での講習会がありましてその時にもう亡くなられた糟屋(かすや)先生という先生が、鍼がツボに当たると脉が変わる」それから「ポッと出たりしますよ」程度のことをお聞きした。またその後で静岡支部の遠藤先生からも鍼を当てた時の初歩の変化というものも教えて頂いたのですけど、その当時の私たちには力がなかったのでよく理解できませんでした。理解できなかったのですけど、そのように言われたことを基礎にして臨床の合間であるとか臨床の場でも鍼を当てたり瑚Iを当てたりその都度脉を診たりとか、そんな変化を観察して一つにまとめて昭和五十四年の二十周年記念に愛知支部の代表として光森氏に発表して頂いたのが「生きて働いているツボの取り方」というものでした。同じ年に東京の九段会館で日本経絡学会において同じ演題で支部長が研究発表をして、「経穴(ツボ)とは何たるか」それから「押し手・刺し手と脉状の関係」また「一人で出来る臨床的訓練法」それから「自己訓練法」といったものを発表したわけです。

 自己訓練法というのは、例えば自分が取穴をしてそのツボに本当に手が当たっているのかどうかを自分の身体で勉強するというのか訓練する方法がなかなか見つからなくて、その時に耳前動脈に片手で触れて例えば肝経の太衝とか脾経の太白に触った時に耳前動脈の脉状が変化することを捉えて、「あっ今ツボに当たった」「ツボの端っこだ」というように訓練する方法を編み出したというのか考え出して、それが現在の「生きて働いているツボ」というものにつながってきたのです。昭和五十三年の時に私がよく分からないなりにも「こんなことがあるんだけれど、これはどうなんだろう」って、東洋はり医学会の質問会でぶつけたことが今につながってきているというのが、大変なことだという思いとそのような勉強を続けてよかったなぁという思いと、今あります。

 以上です。

 

 

  (二木)渡部先生、ありがとうございました。そのような歴史のあるものを少しでも活かして行こうということで、私たちも研究をしてみたのです。では、資料の続きになります。

 

 

 @鍼灸学科で教科書から教わる、通常の取穴を『モデル点』の取穴と呼ぶことにします。『モデル点』と聞けば重要性が低いかのように思われがちですが、『モデル点』が素早く・的確に取穴できなければ「生きて働いているツボ」には到達できず、本書が書き出したものも『モデル点』なのです。

 

 A「生きて働いているツボ」とは、『モデル点』を中心に若干の範囲を移動して出現する反応点であり、気血の(現在の)出入り口です。例え方が幼稚かも知れませんが犬小屋につながれている犬を想像してください。ご想像通り犬小屋が『モデル点』であり、犬が「生きて働いているツボ」となります。つまり、犬は犬小屋に入っていることが大半なのですが、鎖の届く範囲で歩き回ることもあります。まさか太淵が肘まで散歩に出掛けることはなく、若干の範囲とは犬がつながれた鎖の届く範囲くらいのことで(灸跡があればその脇に出てくるなど)、犬を的確に捕まえられることが「生きて働いているツボ」を取穴することであり、『モデル点』に一致していることも多いのです。

 また井上恵理氏の例え方では、経穴とはバスのようなものだからバス停に停まるといってもその時々でずれてしまう乗降口に合わせなければならない、いかに的確に合わせるかであると言われていました。

 

 B以前は陥下・C血性鈍麻は虚の所見で、隆起・発赤過敏は実の所見とされてきました。しかし、陥下は触知できても他は明瞭ではなく、それよりも証に対して五行穴それぞれの作用が異なって働くため、特に区別する必要はないと思われます。要するに選穴は触覚や脉診で行うのではなく四診法で導き、その導いた経穴のモデル点で指に止まる触覚を大切にすることです。

 

 

 「モデル点」と「生きて働いているツボ」については、大体このようなことです。もう少し付け加えるなら虚の所見・実の所見というものが以前はありましたけど、今は特に考える必要がないと書きました。これはおわかりのことでしょうけど、選穴によるからです。池田先生が「補って補って直す癖がある」とよく言われています。例えば火穴によって身体を暖めるあるいは熱を取る、これは衛気の手法・営気の手法と合わせてそのように作用を発揮してきますので「実的なツボだから瀉法をするんだ」「虚的なものだから」などと頭から思ってしまうと話が混乱するので区別しないで、それよりもツボの性格を考えて運用すべきだということでこのように書いたのです。「モデル点」「生きて働いているツボ」という考え方については、ただいまの犬小屋につながれている犬とか少しずつずれてしまうバスの乗降口という例え方で分かっていただけたのではないかと思います。

 では、この「モデル点」がある程度分かったとして実際に取穴する時なのですけど、これが取穴法ということになります。説明の前に、これも高橋祐二先生に取穴法について提案者でもありますから、生の声をお聞きしたいと思います。

 

 

 (高橋祐二先生)高橋です。先程渡部先生が「生きて働いているツボ」の出展をお話しされていましたけど、これは私の記憶によりますけど多分東洋はり医学会の福島弘道先生が、沢田研先生の取穴のことを例にお話しされていたと思うのです。それで沢田研先生は、「ツボには生きているツボと死んでいるツボがあるから、生きているツボにお灸をしなければ効果がない「といつも仰っているから(注釈:沢田先生はお灸の先生)、「生きているツボを取らなければならない」としょっちゅう話されていたと記憶しています。

 それで東洋はり医学会の話になりますけど、まだ発会して杉山神社でやっている頃に今の古典鍼灸研究会の西村シオウ先生に経穴についてお話しして頂いたことがあるのです。古典による経穴書を五十種類集めて、それを検討した結果書き上げたものをお話しして頂いたのです。それを元に「生きて働いているツボ」をどうやって取ればいいかを検討した時に、まずちゃんとした経穴に手が行かなければどうしようもないということで、東洋はり医学会で経穴委員会というのを発足させたのです。そこに私の師匠である小里勝之先生が一応委員長のような形で在籍していたものですから、私は目が見えるということで書記を務めていたわけです。七・八人の先生が取穴をされますと、例えば肝経の太衝でも人によってはずっと下の方に取られますしやたらと上へ上がっていたりと、上下の差が5cmもあるということが発生し、これは本当にしっかりさせないと生きたツボは取れないということになり経穴書を作ることになりまして作ったということなのです。書いたのはその当時目が見えるのがほとんど私だけでしたから私が書いて福島先生に提供し、福島先生が文章を直すという作業を何回か繰り返してあの経穴書が出来たといういきさつがあるのです。

 その中でツボの取り方というものが、その当時はギューギュー押して取っていたのです。押して取っているとどうも脉が堅くなる傾向があるとそのあたりから気がつき始めまして、なるべくゆっくり取った方がいいのではないかということになり軽くするようになったのです。私が独立して、経穴というものを意識するようにやっていましたら少し軽く撫でて取ると非常にわかりいいということに気が付いてやっていたのです。それで漢方鍼医会の何回目かの夏季研の時に研修で取り入れたら、「これは分かりいい」ということで今の取穴法につながってきたというのがいきさつなのです。

 このようにして「生きて働いているツボ」というものの取り方について、今我々は研修をしているというところだと思います。あまり時間がありませんので詳しいところまでは話が出来ませんが、触覚で取ることですから個人差があると思いますけどなるべく意識して探すようにしていけば誰でも正確にツボが取れるようになるのではないかと私は考えまして、今までそのようなやり方でやってきたということです。以上です。

 

 

 (二木)高橋先生、ありがとうございました。もう少し続きを読んでもらいます。

 

 

 具体的には、取穴したい経穴の付近を最初は大きくから徐々に範囲を狭めながら軽擦をして、経絡を活性化させるなら自然に指が止まる感じで取穴ができます。大げさではなく本当に自然に指が止まるのですから、この現象だけでも経絡否定派に対して経絡の存在を尊重すべきだと声を大にしたいものです。

 

 

 これが夏季研で提案して頂いた高橋先生の実技をちょっとまとめたものです。今日は実技まで出来ませんけど、この後にも何回かは出てきますけど一つ絶対に大事なことです。「軽擦」となっていますけど、ほとんどの方が軽擦になっていません。これは自然体で立っていないからです。

 自然体は夏季研の衛気・営気の手法の中で散々出てきたものですけど、経穴を取る時にもまず自然体でないと軽擦にはなりません。そうでなくほとんどの方が軽擦ではなく重擦になっています。まぁ重いです。そうだと硬い脉しか出ない。さらになかなか指が止まらないということにもつながってきますので、自然体を重要視しておいてください。そうすれば、高橋先生の言われるように必ず取穴出来ます。それから「意識して取穴する」こと、これも大切だと思います。それでは、続きをお願いします。

 

 

 D取穴上の注意点を列記します。

 ・取穴や軽擦は「自然体」で行う。

 ・軽擦はまさに「軽擦」で皮膚面が沈むようではそれだけで重い。押し手の示指腹をもって行い、一方通行で肩や肘から引くようにし、決して尺取り虫にはならない(逆方向の軽擦はそれだけで瀉法となる)。

 ・経穴の位置を行き過ぎてしまった場合には、最初の位置に戻って何度でもやり直せばいい。

 ・その他の手指はすぐ押し手が作れるように添えておき、取穴できても構えられなかった場合は最初からやり直す(患者の四肢は動かしてもよく、術者は一番楽な疲れない姿勢を取るのがよい)。

 

 

 「意識してやる」ということが大切です。それから、後ろの方に出てきていましたけどここ数年間は基礎練習をやっていませんでしたから間違っていることは「尺取り虫」です。「あっ行き過ぎてしまった」からと、ピュッと指を戻すことです。これは絶対に脉状を乱します。例えばモデル点を取る時に経絡流注に逆らって求めるということはありますけど、一度モデル点を求めてその反応が顕著になっていれば比較的後から取穴しやすいものですから、基本的に逆方向の軽擦はしないのです。これをよく覚えておいて欲しいと思います。

 それでは、これから司会者の吉田先生に協力して頂いて実際に何穴か取ってみたいと思います。何穴かは資料に記載しておいたのですが、吉田先生からもリクエストがありましたので太淵と魚際を取穴してみます。

 

3.太淵  兪土原母穴

 (部位) 手関節前面の横紋上、橈骨茎状突起の下内側にある。

 (取穴) 橈側手根屈筋の橈側に沿って最も手掌に近い横紋まで押し下げ、その横紋に沿って橈側外端へ進み取穴する。やや手首を背屈・尺屈させて、肺経を伸ばしておくことが肝要である。横紋は弧を描いているので注意して取穴する。かなり外方になる感覚である。

 蛇足であるが、太淵に限らず目的とする経絡を引き伸ばしておくことは取穴を正確にするだけでなく、治療効果を大きく向上させるので常に気を配っておいて欲しい。

 

 (実技での説明)まず手掌を持って背屈・尺屈させておいてください。「橈側種跟屈筋県の橈側に沿って下り」、このあたりの表現はしっかり押さえておいてください。他の経穴書を見た時でもそうですし、参考書ではその時の感覚的な表現で上がったり下がったりと書かれていたので、これは解剖姿勢でいうと指先の方は下りです。一番手掌側の横紋に当たったら、その横紋に沿って外端に行きます。この時に皆さんよく間違えているのが、背屈も尺屈もさせない状態で取穴していると、大体90度くらいじゃないかとピュッと勝手に自分の感覚で横切っているのです。そうではないですね。これは背屈して尺屈させておくと横紋は非常に大きな弧を描いています。必ずこの横紋に沿って外端に行きます。すごく外に感じると思います。「これは大腸経ではないのか」と言われることもあるのですけど、大腸経は橈骨上を走っていますし一番近い経穴は陽谿になりますが、これは長短拇指伸筋腱の間にあるのですから長拇指伸筋腱を乗り越えていないので、これは絶対に肺経です。

 それから他の会ではそうでしたし東京で取穴した時も「外端過ぎる」と言われる方があるのですけど、「外端」とは外の端だと言っているのですから「外端過ぎる」という表現の方がおもしろいと思うのですけどね。

 それでは、魚際を取穴していきます。

 

 

2.魚際  栄火剋穴

 (部位) 第1中手骨底の前内側の陥凹部にある。

 (取穴) まず太淵を取穴し、赤白肉の間に沿って下り、指のはまりこむところに取穴する。太淵の1寸下あたりになる。拇指と小指をやや対立運動させておくことが肝要で、凹みが分かりやすくなる。

 

 

 (実技での説明)この魚際というツボは色々と説があるのですけど、我々が経穴書を作る中で一つ思いついたのが「ちょっと工夫でこのうまさ」と料理の神田川さんじゃないですけど「ちょっと工夫でこの簡単さ」ということです。魚際は第一中手骨に沿って押し上げていったところとか一番手根側の高まりから落ちたところとか色々な説があるのですけど、魚際は太淵の下一寸というのが大体一致しているようですし赤白肉の間にあることも一致しているようですから、拇指を少し小指の方に曲げて対立運動をさせておくと肺経の流注が太淵の真下に来るので、太淵を取穴してその下一寸、ちょうど太淵から高まりがすぐにありますからこれを乗り越えたところに取穴します。このようにして取穴するとよく分かる、このような工夫をしてみました。

 

 

三里  合土自穴

 (部位) 下腿前外側、膝眼(外膝眼)の下方3寸、脛骨の外側にある。   

 (取穴) 脛骨粗面下端より、腓骨小頭へ仮線を引き、脛骨側3分の1に取穴する。脛骨粗面は押し上げていくと下端を誤解しやすいので、逆に押し下げていくと、大きな脛骨粗面隆起の下にさらにすそ野が広がっているのが分かる。ここが解剖学でも示されている正確な下端である。この下端に拇指を当て、示指で腓骨小頭を探して拇指に引き寄せて脛骨側3分の1あたりで反応を探すと間違いなく取穴できる。

 

 

 (実技での説明)この三里も色々なことが言われます。学校では膝蓋骨に手のひらを当てて中指の先端が三里になるのだとかですが、刺激治療であればこのあたりが一番簡単に取れるのではないかと思いますけど、ほとんどのケースが脛骨を下から押し上げて指が突き当たったところが脛骨祖面の下端だろうとして、腓骨小頭と結んで取穴していると思われます。フロアの先生もご自分の足で下から押し上げて行ったところに拇指を当てて、腓骨小頭に今度は中指を当てて拇指の方へ引いていただければ分かると思います。このような形で取穴されていたのではないかと思います。ここは脉が出たり出なかったりするのではないでしょうか?響くのはある程度響くのですが正直な話、大体皆さんが三里じゃないかと思っているこの近辺はすごくよく響くのです。これを調べていくとある時に大発見をしたのです。脛骨祖面を上から下へ指を持っていくと、いつもの下端に来ます。ところが、その先を調べていくと裾野が広がっていることが分かりました。これを解剖学の教科書でも調べてみると、こっちの方が絶対的に正しいのだとされていました。

 何度か上から下へ押し下げていってもらうと切れ目が分かるのですけど、大きな山を下ったあとに裾野が広がってその後平坦になっています。ここに拇指を当てて腓骨小頭に中指もしくは示指を当てて、これを結んだ線上で拇指に引き寄せて三分の一の箇所です。先程の三里からすると、一横指から二横指くらい下になります。でも、こちらの方が絶対に脉が出ます。

 先程も喋りましたがこの本を作る時には何重にも「脉が出るか」とか、響きということについては沢山まではしていませんけど経絡反応が敏感な人が響くかどうか、それから実技中に証決定が出来たなら必ず無理にでも試してみると言うことをやって作成してあります。

 それでは後二つ、商丘と太谿を取穴してみます。

 

 

商丘  経金子穴

 (部位) 足の内果の少し前下方の陥中にある。

 (取穴) 内果の下で後脛骨筋腱の前縁に沿って下り、舟状骨に達したら、その上縁に沿ってやや前方の反応に取穴する。

 間違えにくいように位置関係を整理しておくと、足関節をほぼ直角に背屈すると、内果の下に後脛骨筋腱があり、その付着部より前方に舟状骨と内側楔状骨が触れられる。さらに、その内側楔状骨前端より内果方向に走る前脛骨筋腱が触れ、三角形のように見える。後方の角が脾経の商丘穴。前方の角が肝経の中封穴。上方の角は何も該当していない。

 

 

 

 (実技での説明)解剖学の骨の名称は盲学校の教諭が研修会の中におられるので、かなりこっぴどく僕たちの「骨がある」などと最初はしていた表現を「それは違う」といわれて調べて書き込みました(苦笑)。分かりやすいようにまず直角くらいに曲げてもらって、内踝の直下に後脛骨筋腱があります。これの前縁に沿って下ります。そうすると骨に突き当たるので、やや前へ進みます。本当に気持ち前くらいです。かなり前へずれていることもあるはあるのですけど、これは後脛骨筋腱の前縁に沿って下り骨に突き当たったら骨の上縁に沿ってやや前方の反応点なのです。よく勘違いされているのが内踝の前下方ということで、ちょっと窪んでいる部分に取ると考えられていることです。ここではありません。

 ちなみに記載がありましたけど、後脛骨筋腱と皺状骨・内側欠場骨と指を進めていき、進んだ先には前脛骨筋腱が付着していますので前脛骨筋腱に沿って内踝の方へ戻ります。これで三角形状になっています。後方のアキレス腱側の角が脾経の商丘、前方の拇指側の角が肝経の中封と覚えると分かりやすいです。蛇足ですが中封は、前脛骨筋腱の内側に沿って下り付着点からやや戻った反応になります。

 

 

太谿  兪土原剋穴

 (部位) 足の内果の後角を去る5分、拍動部にある。

 (取穴) @足首を直角にして緊張させ、内果の頂点とアキレス腱を結んだ線の中央に取穴する。内果の上に示指の根本を置きアキレス腱に対して垂直になるように伸ばしてから、内果の方向へ引いてきて半分にすると間違いなく取穴できる。

 A足が底屈している臨床的な取穴法としては、@と同じ方法で取穴してから足底寄りに少し下った反応に取穴する。部位の表現とは矛盾するようだが、この方が流注として正確である。実際にマジックなどで印を付けて確認していただきたい。

 

 

 (実技での説明)一番目の取穴方法は、これは極めて単純です。足首を直角に曲げて内踝の上に指を置き、アキレス腱側に延ばして半分まで引き戻してきたところです。動脈硬化になっているお年寄りでは少し触れにくいかも知れませんが、動脈の拍動も結構触れます。しかし、これでは臨床での取穴は出来ません。先程の商丘ではモデル点の修練法として足首を直角にしたのですけど、臨床では底屈していてもあまり問題なく取穴出来ます。ところが太谿の場合にはこの方法で一生懸命に取穴していたのですけど、「どうも違うぞ」ということになりました。

 それでどのようにして取穴するかといえば、先程と同じように内踝の直上に指を持っていきアキレス腱の方に延ばします。そして半分まで引きます。けれど、ここではありません。足底側にやや下った反応に取穴します。これは流注的に正しいのか正しくないのか、Aの方が圧倒的に脉が出ることは確認していたのですけど疑問でした。そこで@のところにマジックをつけてみると感覚的には皮膚のことですから脛骨側でやや上方にずれるのではないかとの予測もあったのですけど、実際にマジックを付けてみたらマジックの点は下の方に移動します。皆さんも帰宅されたなら、是非実際にやってみてください。

 

 このような形で構成した書物なのです。色々と話が飛びましてお聞き苦しかったとは思うのですけど、「これだけ取穴が大切なんだ」ということは強調できたと思いますし、修練方法も工夫さえすれば出来るんだということだけは伝えられたと思います。

 

 (吉田)それでは時間のこともありますので、少しだけ質問を受けたいと思います。

 

 (新井康弘)質問ではないのですが、本当に正しいツボを取穴するということは大変なことなのです。特に慣れているつもりでも自分の癖というものが出てきますし、みんなで取穴をし合うということは必ず必要になってきます。また新しい先生は取穴の修練をある程度の形に乗っ取って出来ると統一的なものになりますから、実技の中に取穴の時間というのも毎月毎月二穴程度でいいですから要点を捉えて、その上でみんなの意見を研々学々やった方がいいと思います。土台として・叩き台として皆さんの意見を発表し合うということがいいと思います。とても良い参考資料だと思います。

 

 (吉田)先程私がモデルになって取穴して頂いたのですけど、やはり自分が最初に述べたようにいい加減に取穴していました。三里の脛骨祖面にしても二木先生が上から押し下げていった時でも自分が思っていたよりももう少し下でした。

 では二木先生、最後に付け加えることがありましたら、どうぞ。

 

 (二木)かなり自信満々で持ってきている経穴書なのですが、完成したとは思っていません。現時点で僕たちが出来る範囲のことは・滋賀で出来る範囲のものはやってきたのですけど腹診点の時もそうだったのですが、あの時もかなり完成しているだろうと思っていたのに全国のレベルに持ってくるといい意見が出てすごく発展しました。これは「僕たちがやったんだ」ということをひけらかすのではなく、鍼灸の発展のためにということで敢えて出したものなのです。ですから滋賀のものを押しつけようという意図は全くありませんし、これから学んでいただければもちろん嬉しいことですけどもっといいもののために・鍼灸の発展のために研修してまとめたつもりですので、ご活用いただけるようお願いします。

 どうも、ありがとうございました。

 

 

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二木 清文

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