この文章は 「にき鍼灸院」院長ブログ からの転載です

ていしんを試作中(その9)、適切な衛気・営気の手法について


松田先生と対談中  「ていしんを試作中」シリーズも第九弾であり、一応のまとめに入って行かねばなりません。「ていしん」でどうして治療効果があるのかではなく、どうやったなら治療効果がより出せるのかがまとめになるでしょう。

 「ていしん」でどうして治療効果があるのかですけど、これは簡単であり既に何度も書いてきたことです。生命が誕生した時から自然治癒力を維持・向上させるために自律神経など物理的な存在と同時に経絡という機構が備わっており、それを効率的に扱うために考え出された道具が鍼灸であり、その中に「ていしん」という種類があっただけのことです。
 九鍼十二原篇にいわれる九鍼には、手術道具のような鍼もあり毫鍼・長鍼・大鍼といった刺鍼するものもありますけど、「ていしん」の他にもざん鍼と円鍼という接触のみの鍼も解説されています。紀元前だから鍼の製作技術がそれほどでもなく、苦し紛れに「ていしん」という種類がでてきたのではないことが分かります。「用途に応じて使い分けなさい」と記されているのですが、細い毫鍼が制作可能になると刺鍼するという魔力にとりつかれて深く・素早く刺鍼することが技術のように思われてしまい、また思うような治療効果がないと「もう少し深く入れてみようか」と安直な方向へ走らせてしまう傾向になってしまったのでしょう。これが現代の毫鍼で刺鍼することが鍼だと勘違いされている原因でしょうね。

 しかし、経絡治療をベースに臨床をしていると「効果が期待したほどではないから深く刺鍼してみようか」にはなりません。けれど「あっちの経穴はどうか」「こっちの経穴も」と施術量が増えてしまう傾向は否定できないでしょう。そして深く刺鍼はしなくても、「自分が納得した脉」「自分が納得した手応え」は求めるようになり、毫鍼を用いる限りはミリ単位ではあってもやはり深くなってしまうでしょう。
 私もこれに漏れず自分では極めて浅く陽気を流す施術のつもりだったのですが、ミリ単位ですが深くなっていたようで陽気の部分を突き破っており、もしも?と「ていしん」に持ち替えて刺鍼の魔力から解き放たれたのでありました。そして、今では臨床で何ら不都合がないので「ていしん」のみの治療を行っているだけであり特に毫鍼を否定するつもりはないのですけど、圧倒的に便利であり治療効果にも差がないので後戻りする気がないだけの話です。

 ところで「ていしん」を経穴や患部に当てているだけで治療効果が得られるかといえば、そんなバカな話はありません。まずは証決定があり、これは選経・選穴に直結して正しい取穴のための知識と手が動くことによって鍼をする準備が整います。そして鍼が操作できるものは「気」しかないのですから、経絡の外を素早く巡る衛気を操作するのか経脈内を流れる血中の陽気を捜査するのかという手法の段階となります。いわゆる本治法においては、このような流れです。
 そして臨床の中から分かってきたことなのですけど、いわゆる標治法では「この病体は衛気を欲しているのか」「この病体には営気が必要か」などを判断し、それに合わせて衛気か営気の手法を行うことが重要です。「この部分は堅いから衛気の手法だ」「ここは冷えているから衛気の手法だ」などと病理に従っているつもりだったのですけど、治療効果が思ったほどではないのでひっくり返してみたならビックリしたのが最初ではありましたけど病体が欲している・病体に必要な側の手法を施さねばなりません。本治法で衛気を用いたから標治法でも衛気とは限らなかったのです。

 では、どうして本治法で用いた手法と標治法での手法が一致するケースと食い違うケースがあるのかですけど、長らくここは不明でした。
 中間答申というところにはなりますけど、これは津液がどのようにしてやればうまく流れるかの違いではないかと推測されます。津液はそれ単独では動けないので気によって引っ張ってもらわねばなりません。津液は経脈の中を流れて全身を循環していますが、経脈の外へ出て組織を潤してもいますから、気についても同じことではありますけど本治法で全身の流れを整えた後を受けて標治法においては局所的な改善をどのようにアプローチするかが焦点となります。多くのケースでは陽気へのアプローチにより経脈の内外にある津液はどちらも動いていけるようになりますから、標治法では衛気の手法を用いるケースが当然といえば当然ですけど多数であるといえます。
 ところが経脈内の津液が重苦しい状態になっていると、経脈内を流れている血中の陽気である営気の手法が必要となってきます。けれど、お血が認められても局所的であれば衛気の手法でいい場合もありますし、むくみがひどくてもそう理が開いているときには締めてやることで津液の漏れが解消されるので衛気の手法でいい場合があります。むくみがひどく冷えて筋肉の潤いもなくなりそう理が閉じていれば営気の手法となるでしょうし、汗をかいていても発熱があれば営気の手法となるでしょうし、同じ発熱でも冷や汗で一時的なものであれば衛気の手法となります。
 これらを整理すると通常はまず衛気の手法からアプローチするのが正攻法であり、明らかに考慮すべきケースはそう理が開いてしまっている場合には衛気の手法が必要であり、そう理が固く閉じている場合には営気の手法となります。これでもダメな場合には経脈内の津液が重苦しい状態となっているので、営気の手法が必要ということになります。これは「病症の証」ということで、全身の病理とはリンクしているものの必ずしも一致しておらず局所的には入り組んだ状態になっていることも珍しくないので、完全な予測は困難です。
 しかし、これでは二分の一のロシアンルーレットをしているようで「早く当たればめっけもん」では困ります。せっかく病理考察して証決定から治療を進めてきたのに、完全な予測は困難としても標治法で行き当たりばったりでは意味をなくしてしまいます。そこで臨床現場では腹部でも背部でも構いませんから二段階の深さでの触診をして、この病体には衛気の手法か営気の手法かをまず判断し、病理との関係を考察しながら鍼を当てて欲しいと思います。もちろん触診での判断が必ずしも正しいとは限らないので、特に慣れないうちは両方の手技を実際に行ってみて確認するということも必要でしょう。

 そこへ前回ていしんを試作中(その8)、充分に気を補う?で書いたように、手法の時間について再認識して手法全体のことを再構築すべき時だと思います。
 前回に書ききれなかったことなのですけど、最高ポイントで抜鍼すべきであり手応えがあってからでは遅いと言葉では簡単でも、どこが最高ポイントだったのかを修練する方法にここからは話を進めていきます。

 具体的には腹部を用いての臨床的修練法の改良ということになるのですけど、今回は指導をする立場から解説した方が分かりやすいのでそのように記述していきます。なお、基本刺鍼修練において、一連の動きはマスターできているものとします。
 まず腹部で標治法レベルにおいて、「この病体には衛気か営気なのか」を判断します。判断ができてもできなくても、指導者が衛気と営気の両方の手法を行ってみて、参加者全員でどちらが適合なのかを確認してから先へ進みます。気の全身に及ぼす影響力の大きさを、再確認するいい機会ともなるでしょう。この確認ができたなら、
 第一段階として、腹部で押し手だけ作ってもらい重さが適切かどうかを確認します。確認は脉診や肩上部の改善もそうなのですが、尺膚でそう理の状態を触診するのがとても分かりやすいでしょう。適切な重さであればそう理は締まり弾力と艶を感じられるのですが、衛気の場合には重すぎると開いて艶も弾力もなくなり汗が出たりもします。営気の場合には軽いとそう理の潤いが足りず、適切な重さで潤いが出てきて、重くなりすぎると開いてきます。
 第二段階として、実際に手法を行ってもらい適合する手法であれば腹部はもちろん脉も肩上部も全て改善しますし、逆の手法であれば悪い反応を示さなければなりません。反応が顕著であればあるほど、手法は適切であるといえます。両方の手法を行うことにより、客観的な衛気・営気の手法修練となります。
 第三段階として、最高ポイントでの抜鍼を修練してもらいます。第二段階までクリアできたなら、まずは意識的に鍼を長く接触させて脉やそう理が開いた状態をまず作り出します。続いて接触する時間をどんどん短くしていって、特に尺膚のそう理が衛気の手法であれば一秒から三秒程度の施術で一番締まることを身を以て体験してもらいます。腹診や脉診や肩上部も同時に改善しているはずですが、尺膚のそう理がとてもいい状態になっていることと同時に腹部がより暖かくなっていることに気付くことでしょう。
 営気の手法であれば、やや長く四秒から六秒くらいとなるはずです。時間に関してはイメージが沸かないという指摘から具体的に書いていますけど、モデルの状態と手法の完成度により当然変化をします。あくまでも「そんなに短時間で」を表現するための目安ですけど、実際にその通りなのです。
 また第三段階については、臨床レベルの人のみが修練すべきと思われます。初心者では疑念を余計に強くしてしまったり、あるいは気がコントロールできていない段階ですから短時間に手法を完成させねばと緊張して基本が身に付かないなどの恐れがあるからです。

 とにかく、これは研修会で切磋琢磨の修練をしないと納得できないことだと思います。気について敏感な会員が、『今までの治療効果以上に陽気を補っているという感覚で全身の周囲に暖かな風が吹いているようだ』と感想を述べてくれています。
 最終回のつもりの次回では、特に脉診と「ていしん」のことについて取り上げる予定です。掲載した写真は、先日の松田博公先生との対談中の風景です。


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