この文章は2008年9月29日の院長ブログからの転載です。


夏期研実技編(その2) 菽法の高さから脉診の基準を整える


 前回からの「夏期研実技編」シリーズですが、このブログのユーザー名が"myakushin2001"であることからも分かるように、私は脉診へのウェイトを最重要視しています。
 普段の講義や漢方鍼医会内部の発言では、「二木は脉診を軽視しているかウェイトは小さいのでは?」のように誤解されている節もあるかも知れませんけど、脉診ほど便利で情報量が多いものはなく予後判定ができるのも脉診しかないとぞっこんであります。
 ぞっこんであるからこそ脉診という魔力に盲目にならないようにと自ら歯止めを掛けているのです。そして敢えて最初の脉診は胃の気による予後判定に集中させていますし、証決定の最終段階で整合性が合致しているかの確認を重視しています。個人的には西洋医学の病名も脉診から判別できなければならないと考えていますし実際もかなりができる上に、病症が軽ければ治療回数を脉診から予言することもできています。

 とはいえ普段の臨床室ではどうしても問診開始と同時に脉診も始めているのが現状であり、問診内容と脉診が一致するような誘導尋問をしていることも事実の一部です。
 だからこそ客観的な脉診での浮沈へ基準線を引いておくことは大切であり、これは漢方鍼医会が発足した当時に様々な文献から取り入れた菽法脉診の脉位を決定する方法ながら、いつの間にかおろそかになっている事項だったので、夏期研実技の柱にピックアップしておきたかったものなのです。
 そして、実技解説の中でも一番に取り上げておきたかったものです。

 つまり、 3.最も難しいのは脉診の統一とその運用だが、菽法脉診を行っているといいながらも指の重さが気になる人は多く動かし方もバラバラなので、この統一から始めるべきだと思いました。

 何が違うのかといえば浮脈の位置、つまり三菽の位置でしょう。
 菽法の菽とは豆の重さのことであり、三菽とはイコール指の重さであると古典にも記されています。これを実現させるには、まず橈骨形状突起に中指を合わせ、次に示指と薬指も左右から挟むように合わせた状態を造り、これで指を脈動部へ移動させた状態が三菽となります。
 三菽の場合には脈拍を触れる部位と触れない部位があると思われるのですが、脉を感じないということはそれだけ優れた触覚を有していることなのですけど、ある程度経験ができると「あれっ!脉が触れないぞ」と脈動を感じないことに不安を持ってしまうものです。
 いや、始めて脉診の修練をした時に指導者から「脉が変わったでしょう」と問いかけられるものですから、必死に脉の変化を捉えようとするあまりに脈動が指の下にあることをこの時点から意識しているのかも知れません。

 それで、まず「脉が指に触れないと安心できない」という概念を取り払うことが最初の関門でした。
 そのために「橈骨形状突起の部位にまず中指を置いてから示指と薬指を沿え、そのまま脈動部へ指をスライドさせる」という表現を用い、それでもすぐ指を立てる癖の人がほとんどなので「一秒という数字に何も意味はないのですがスライドさせた状態でとりあえず一秒は我慢する癖を付けてください」、という表現も加えたのでした。
 これで「浮」の位置が固定されます。これを正確な軽按の位置と言い換えてもいいでしょう。

 脉には深浅の幅があるのに、脉が最初に触れる位置を浮としたのでは浮沈を論ずる根拠がこの時点で崩れてしまいますし、何よりも脉診できる範囲を自分で狭めてしまっています。
 余談になりますが夏期研修陵後に別団体の人たちと実技を一緒にさせて頂く機会があったのですけど、とにかく指が重い。菽法脉診という概念がないのである程度は仕方ないとしても、まず脉を触れる位置を浮としていますから脉を議論するのに話が噛み合わないのです。私と噛み合わないのはもちろんのことですが、そちらの団体の人でも噛み合っていないということは触覚の鋭さによって浮の位置が異なっているためであり、浮沈すら噛み合わないのであれば伝統鍼灸学会で脉診の話がいつまで経過しても噛み合わないことに変に納得してしまいました。

 ここまでは第14回で修練項目の中へ取り入れられたのですけど、何かまだ違っている感じがしました。
 「何が脉診へ基準線を引くのに違っているのだろう」と漠然と考えていたのですが、、ある時に実技をしていて自分自身にもそのような傾向があったことに気付く出来事がありました。
 ここで復讐になりますが菽法の位置の決定方法は、まず指を脈動部へスライドさせて三菽での脉診を行い、次に思い切りつぶすくらいまで深く沈めてから少し指を上げて十五菽の脉診を行い、その中間で九菽を求めて九菽と十五菽の間で十二菽を・三菽と九菽の間で六菽をと定規を策定します。
 そして肺は三菽、心は六菽、脾は九菽、肝は十二菽、腎は十五菽の位置に胃の気が触れればよく、その位置から外れていたなら菽法の位置へ脉が落ち着くような選経・選穴を病理考察から行います。付け加えるなら一本目の鍼で菽法に落ち着くか近づいたなら、その後は胃の気が菽法の位置から外れない選穴を行わねばなりません。もちろん証決定や治療の進行確認は脉診のみで行うのではなく四診法での総合判断なのですが、菽法脉診を駆使すればより詳細な治療の進行確認ができるようになります。

 三菽の位置を徹底し治したことは前述したのですが、そして十五菽も割と簡単なのですが問題は指を上げてくる時でした。
 脉診している指の圧力を九菽まで上げてきてから十二菽へ降ろすことは我ながらできていたように感じたのですけど、六菽に上げてそのまま三菽の最上位へ戻してくると・・・、「あれれ!?」指をスライドさせただけの状態より遥かに重かったのです。
 つまり、指を沈めて行く動作は得意であっても上げてくる動作は、やはり「脉が指に触れていないと不安」という心理が働いているようで不得意であり、性格に菽法の高さへの操作ができていなかったようです。
 頭で考えるよりもずっと脉の深浅の幅は大きく、特に指を上げてくる動作はもっと大胆に行わねばならなかったのです。
 ここでも自分勝手に脈診する範囲を狭めていたことが分かり、脉診から得られる情報量を我流に走るがゆえに、大幅に落としてしまっていたようです。

 この部分の矯正ですが、とりあえず自分の感覚で菽法の高さを指で動かしてもらい、指を上げてきた時に三菽に到達しないことを指摘してもっと大胆に動かすよう訓練をしてもらいます。
 これを第15回では取り入れたのですけど、全体には行き渡っていなかったことに少し悔いが残っています。

 でも、これで漢方鍼医会の脉診技術には一つの標準が徹底されました。
 「脉診三十年」などと昔に悪口を言った人がいますが、今でもその言葉を信じている人も多いかも知れませんが、脉診にも基準線を引くことは十分可能であり菽法脉診を土台として深浅の幅を徹底したのは一例に過ぎません。
 脉診流鍼灸術とは決して非科学的な分野ではなく、日々進化を続けている最先端の医療なのです。


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