回復しなければ手段を模索し続けなければならないのですが

 3つ前のエントリーでなんのために存在している医者なのかということを書いたのですけど、瀉法鍼さえあれば亀裂骨折の処置は難しくないのであり、昨日にご機嫌で来院されました。
 最初に疲労骨折だと告げたときにはショックだという反応をされたのですけど、とんでもない痛さの腰痛であり医者の反応も専門外は知らんという状況でしたから、とりあえず信じようという感じでした。
 それが挨拶をしたなら満面の笑みですから、この時点で劇的に回復していることがわかりました。医療は患者のためのものであり、回復が思わしくないなら回復できる手段を模索し続けなければならないはずですが、そういう努力をしているのはほんの一握りというのが実情なんですね、やっぱり。