脈診は「鏡」です

 昨日の臨床の中で私自身にびっくりしてしまった事件だったのですけど、患者は二ヶ月前からの左股関節痛で非常に苦しんでおり医者からは手術を迫られて、怖くて最後の救いを求めてきたという、鍼灸院側からすれば結構あるあるのパターンです。
 遭遇してきた股関節の激痛はほとんどが恥骨の亀裂骨折であり、結論として今回も恥骨の亀裂骨折で一度の治療で歩行が楽になり喜びの表情をされていました。恥骨のことを気づかないのはある意味で西洋医学の限界なのですけど、それにしても手術で回復できる見込みが本当にあるのだろうか。
 それよりもびっくりしたというのは、今までなら痛み止めを大量に服薬していたならまず脈診で一発目で見抜いているのであり、骨折も同時に見抜けていたはずです。ところがマイブームで腹診と合わせて病理産物からの証決定に前のめりになっていますから「アレッおかしいなぁとは思いましたけど、薬害が見抜けないでいました。
 今から執筆する部分なのですけど、脈診というのは鏡であり「見たいもの」を反映してくれるのですから、病理産物のことが最初から頭にあると病理産物のための脈診になってしまいます。望聞問と同時並行で脈診も開始するのですけど、最初は何も考えずに脈が訴えたがっていることを感じようという姿勢がやっぱり大切ですね。