リスクを背負って毫鍼を使うのか、技術習得に挑んでていしんを使うのか

 昨日のエントリーで「ぎっくり腰を起こしたので入院するからキャンセルを言われた」という施術所の話を書いたのですけど、それを読んでいたパートさんも大笑いでした。何のために鍼灸治療を職業にしているのでしょう。
 それよりも「いちいち鍼の痛みがあった」という部分に引っかかられて、「ていしん以外の鍼はそういうものなのでしょう」と尋ねられましたから、痛い鍼しかできない鍼灸師は技術が未熟なのだと断言しました。
 私が下積み修行へ入ったとき、臨床現場と学生が行ってきたものとでは数が違いすぎますから毫鍼の長さも材質もそして太さが違うので手になじむまでに数ヶ月は苦労したものの、半年足らずでほぼ師匠が行っていた大量の置鍼を代行するまでになったという話をしていました。
 切皮をする限りどんな名人がやっても何パーセントかは痛みが避けられないのですけど、切皮の感覚があるのは5分の1くらいで有井多美になってしまうのはその中から半分以下だと話しました。つまり、100本で数本は痛みを与えてしまっていたが80本は切皮そのものに気づかないように練習しました。それがプロの技術なのです。
 仙人のような人がやっても1000本もすれば、数本は痛いことがあるでしょう。そのリスクを背負いながら毫鍼を用いるのか、リスクを背負わない代わりに技術習得の困難な道のりを歩んでていしんを用いるのか、患者さんはどちらを望んでいるでしょうか。

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