開業時の人数を思い出して

先日に首藤傳明先生の本を最初から聞き直しているという話を書き込んでいるのですけど、開業時の日誌というか患者数の記録をきちんと残しておられてそれを隠さずに記載されているのですけど、一度目の東京オリンピック前だとはいいながらも厳しい数字にこちらのほうが背筋が伸びてしまいました。
「開業から10年くらいまではなかなか楽に食べられる状況ではなかった」と首藤先生自らが語られたのを直接聞いてはいるのですけど、いわゆる坊主という0の日がここまで多かったとは。数ヶ月経過しても往診で一気に数を出しても平均すると一日に一人くらいであり、これは本当に厳しかったですね。
私はといえば彦根という土地が新しい物好きであり、新聞広告が効果を出せる時代だったので初日が15,二日目が14,三日目が午後に0だったものが地元の有力者という人がオヤジの顔で治療を受けてくれたならこれが感動してもらって夕方に人を連れてきてくれて10と、開業半年を経過して二桁を下回った日のほうが少なかったという超ラッキーな滑り出しでした。今は午前中だけで二桁を下回ると不満なのですけど、世間の鍼灸院では一日で二桁に到達しているところのほうが遥かに少ないのが実情でしょう。
まぁそれは真似できない特徴的な治療形態であること、そして「痛くない鍼」であることが絶対条件であり、成功している先生はそれらをクリアできる努力を必ずされています。真似できない治療形態というのはいわゆる経絡治療であり、それがわかっているならどうして一般の鍼灸師はそれを取り入れないのか、本当に不思議でなりません。首藤先生は経絡治療へ舵を切られて、今でも本当に忙しそうです。