雑念を払うためこんなに役立っていたなんて

右眼球をどストライクで打撲してしまった一大事が発生してから、本治法の手法を行うときにそれまで必ず行っていた呼吸と合わせることができないままになっていました。長く研究をしていても未だにまとめきれていない呼吸と手法ですが、眼球の状態が落ち着いてきたなら脈の出来上がりに不満を感じることが多くなっていたので考えてみると、呼吸を合わせていなかったのです。
当初は目やにでまぶたがくっついていたり涙が流れ続けたり、そこへ強烈な痛みがありますから「必死」以外の何物でもなく、強引に気を出していたでしょう。だから仕事が終わると毎日ダウンしていました。
眼球の状態が落ち着いてきたなら持続的に治療ができることのほうが大切になってきますし、自分自身の内部の気を使い続けるというのは枯渇へまっしぐらになってしまいます。それで今週に入ってからまた呼吸と合わせるように戻してきています。
頭の中で1・2・3・4と数字をカウントしているのですけど、これは衛気と営気のタイミングのためですが、今やりなおしていると雑念を排除するのにこんなに役立っていたなんて…。