少し遅れて学会誌をテキストデータから聞いているのですけど、ようやくという感じですけど経絡の流れが求心性なのか循環なのか、そして何故問題なのかの本質がわかりました。
経絡の発見の経過が求心性であるため五行穴や五要穴は求心性なのですけど、治療の理論を構築するためには循環をしてくれていなければ都合が合わないので十一経絡へ一つ強引に足し算をして循環説を構築しているというのがダイジェストです。
でも、取穴するときには学校で教えられた流注の胞肓でないとうまくいきませんし、これはさんざんに懸鐘がされていることで伝統鍼灸の研修会で異論を唱えているところはありませんから、細かな流注を除けば問題にする方がおかしいでしょう。
要するに、本治法をしてからしばらく放置するというか休憩してもらうというか、次の段階へすぐ入らなければ勝手に経絡の状態を整えてくれるのであり、本治法での縦方向の手法など不容だったということです。
本治法の後にしばらく休憩時間を入れて経絡を一回りさせた方が効果の増大は大きいと言い続けているのですけど、本質を誰も理解していなかったということです。
ついでに書けば邪論での治療とは、間髪入れずに治療を完了させてしまいたいための手段だということでしょう。もちろん陰経へ営気の手法で直接障害物を取り除くというアプローチを確立してくれたことは有意義なのですけど、確実に障害物があるときだけに限った方がいいというのが最近の感想です。