気が付いたなら「春分の日」を過ぎていました

気が付いたなら「春分の日」が過ぎており、五気では当然のごとく春ですが六気だと二の季に入ってきました。このズレがあるのがちょっとややこしいのですが、広大な国土の中で発展してきた医学なのでその地域の特性が残ってしまったと理解しています。
五気も六気もどちらも捨てがたい特徴を捉えており使いでもあるのですが、時邪は常に身体に受けているものであり普段はそこまで考慮しなくても証決定に差し支えないという、経絡治療の考え方が、やはり現実的だと思っています。
ただ、六気で該当する経絡の井穴を摂按すると切り分けツールとして活用できます。そして病理考察が成り立たないほど全身が崩れているなら、時邪の影響が大きすぎるということで五気に従って瀉法を施します。