今、素直に驚いたのでそのまま書き込んでいますが、自分が書いた補瀉シンポジウムの抄録の中で、「補法は衛気で虚しているところを補い、瀉法は営気を抜き取って参気する」の部分です。
この中で「補法は衛気で虚しているところを補い」は順当ですが、「瀉法は営気を抜き取って参気する」の「さんき」を散気だと文字を当てていましたが参気だったんですね。
つまり、難経が言うには「陰気を参加させるんだ」ということで文字通り身体を冷やす胞肓に向かわせている、だから瀉法につながるということを書いてくれています。陽気は身体を温め陰気は身体を冷やす、これで衛気の瀉法ではなく営気の補法を用いる意味がしっかりしました。抜き取らなければならないときには瀉法が必要ですが、通常は体内で調和をさせれば治療ができるのです。
手法としての衛気の瀉法を確立できた今だからこそ、抜き取る手法が飛び道具であり影響が大きすぎるので何行がこのような方法を考え出したということ、シンポジウムでここまで語れるだろうか?