そして問題の補者についてです。シンポジウムと実技供覧を見比べて重箱の隅をつついてくる人などいないのですから余計なところを細かくしなくてもいいのに、やってもいないことまで書くのでボロが出てしまう。
まず補法については徐刺即抜そのものはやっているのですからいいのですが、瀉法の即刺徐抜など臨床でやっていないことを書いてしまうと、「見せてくれ」と言われて困ってしまうかもしれません。「もしも本当に質問が出たならどうしますか」詰問すると、「東洋はり医学会時代のものを出すことになる」って、だから第三段テキストなど発行そのものをしないほうが良かったのです。
それから相変わらず補法の説明で「補うことによりそこにあれば邪は飛散する」と書いて、次に瀉法では「ジャを抜き取る」とありますから、漢方鍼医会は邪気の処理を中心に治療を組み立てているように読めてしまうと指摘しましたが、このあたりからムキになられてきてしまいます。
さらに瀉法では鍼口を閉じないと書かれてあるので、「この下りから補法は鍼口を閉じていると理解されるが」と再び詰問すると、「押し手だけで保護はできるんだ!!」って、それこそ古典のどこにも書かれていないことでムキになられますから、このあたりが現状では限界なのだろうとこちらも見切りをつけるべきだと思ってしまいました。
非常にイライラして悲しい気持ちになったミーティングであり、地方からも菽法脈診は何行から出てきたものならそれを運用するのも何行がベースであるべきと問われるのに、ていしんの条文が霊枢にしかないのでそこからスタートすると頑ななこと、霊枢や難経の時代の毫鍼もていしんも現代とは全く違うのですから、どうして先祖返りをするかなぁ。